12.むかしむかしのえいゆうたん②
「そんなの魔女じゃないって言うのかと思ったよ」
広場の噴水の縁に座り込むリーリヤにアルマスは果実水を渡す。
図書館でのボランティアは無事に終了した。人形劇を楽しんだ子ども達を見送って、会場の後片付けもとっくに終わっている。
今は中央区から北にある商業区に移動して小さめの広場で休んでいるところだ。
果実水を両手で持ったまま、リーリヤはぼうっとしている。
アルマスもリーリヤの横に腰掛ける。
図書館での読書会と人形劇はだいたい昼の鐘が鳴った頃に始まり、午後の1回目の鐘が鳴る頃に終了することが多い。
フルクートでは1日に7回鐘が鳴る。朝が来たことを示す早朝の鐘、午前には2回、うち1回は仕事開始の合図を兼ねているところが多いと聞く。そして、昼の鐘を挟んで、午後にも2回あり、特に2回目は1日の終わりを示す夕方の鐘を兼ねる。最後に夜が更けた頃もう一度鳴る。
今は午後の1回目の鐘が鳴ってからしばらく経っているが、夕暮れを知らせる2回目の鐘まではまだまだ時間がある。
真っ昼間の広場には遊び回る子どもと日向ぼっこをするお年寄りがいるだけだ。ここではゆったりとした時間が流れている。
「・・・私のこと試したの?」
リーリヤからの問いに怒りは感じなかった。だからというわけではないが、アルマスは誤魔化すことをしなかった。
「まぁ、そういう面もあった」
今日の『本の日』でやる人形劇の題目はアルマスも事前に知っていた。教会だっていつも魔女を悪役にした話をするわけではない。それ以外にも説き明かすべき説教などいくらでもある。
それでも今日を選んだのは題目が『魔女』と『花の乙女』の物語だったからだ。
魔女を虚仮にされたリーリヤが感情的になってしまわないかという点はアルマスもずっと気にしていた。
こればかりはその時になってみないとわからないものだ。いくら怒りを抑えようとしても堪えきれないときもあるのが人間だ。特に魔女であればなおさら。
「よく耐えたよ、実際」
あのときのリーリヤはぎこちなくはありながらも『そ、そうね。よかったわね』と返事をしていた。無邪気な女の子達を前にして自制することが出来ていた。
「そういう、約束だったし」
果実水を飲み干すまでの間、アルマスとリーリヤは心を休ませるような二人だけの静寂に浸っていた。
市場に行こう、と言い始めたのはアルマスだった。
一息ついてリーリヤの表情もほぐれた頃に思い立ったようにアルマスは告げた。
「市場?なにしに?」
「そりゃ買い物しにでしょ。今日は好きな物食って、好きな物を見て、好きな物を買おう。昨日、今日と頑張った君へのご褒美だ」
「好きな物って言われても。ないわよ、そんなの。それに市場なんてほとんど行ったことないし」
リーリヤはどうにも乗り気でない。気分が乗らないということもあると思うが、彼女のことだ、行ったことがない場所への抵抗感が少なからずあるのだろう。
仕事のような必要なことと言われればなんとか重い腰を上げても、特段用事もないとなると余計に気が重くなる。その気持ちを察することくらいアルマスは出来る。
それでもアルマスは引き下がらなかった。
「じゃあ、まずは好きな物を探すことから始めようか。なに、この街のはそこそこ期待できるよ。それに行ってみれば案外楽しめるものさ。それとも、今更怖いとでも言うのかい?」
「は?怖いわけないじゃない。・・・いいわよ。行けば良いんでしょ。別に怖くなんてないし」
あからさまなアルマスの煽りにリーリヤは容易く乗ってくる。
人と接する機会が少なかったリーリヤは、魔女であったという自負も相まって挑発に弱い。というか慣れていない。それがここ数日でわかったリーリヤの一面だ。
余りにも思い通りの反応過ぎてつい口元が緩んだアルマスは、リーリヤが不機嫌になる前に笑いを引っ込めた。
「そっか、そっか。なら行こう」
二人は連れたって、少し進んだ先にあるもっと大きな広場を目指す。そこまで行けばいろんな店が出ているはずだ。
道中の話題は最近のステーン家での様子だった。
「そういえばトビアス達とは上手くやれてる?」
「イレネさんとトビアスさんは良くしてくれる。けど・・・」
「けど?」
リーリヤは眉を寄せてしかめっ面をする。
「あの子はなんなの?話しかけようとしてもあからさまに無視してくるんだけど」
あの子とはステーン一家の最後の一人ヘレナのことだ。
今年で確か13歳になる黒髪に青い瞳をした少女だ。母親とも父親とも違う先祖返りの髪色に最近悩んでいる気難しい年頃真っ最中。それでも血縁上は従兄にあたるアルマスには恥ずかしがりながらも素直な良い子である。
「きっと君が何かしたんじゃない?」
「してないわよっ。・・・多分」
「最近の話じゃなくても君が引き籠もってるときに辛く当たったとかさ」
「それは、ある、かも、しれないけど。え?それが原因なの?どーしよ、何言ったか覚えてない」
気分が沈んで何もかもどうでもよかった頃の話じゃ、誰に何を言ってしまったかを覚えていなくても仕方がない。
あの頃のリーリヤは荒れ狂う感情の波の中で自分の心を守るので必死だったはずだからだ。
「もしかしたら全然違う可能性もあるしね。時間をかけて打ち解けていくのが一番だよ、きっと。そのためには会話をする意思を示すのが重要だと思うよ。そうすればいつか彼女も心を開いてくれるかもしれないしね」
「そう、ね。そうよね。帰ったらもう一回話しかけてみる」
「うん。その意気だ。それはそれとして、ほら、着いたよ」
さっきまでいた小さな広場よりも何倍も大きいこの場所には様々な露店が立ち並んでいる。
テントが繋がるように幾つも並んでおり、広場を複雑な迷路に変えてしまっている。
野菜、果物、肉に魚といった生鮮食品の区画もあれば、服や小物などの店が集まっている区画もある。
「なに?今日はお祭りでもやってるの?」
今はまだ昼間と言うこともあり、夕食前の買い物に勤しむ主婦や暇な時間を持てあます老人達が気ままに店を覗いているのが目立つ。それでも市場と言うだけあり、結構な人が行き交っている。
その上、広場の中央付近ではおひねり目当てで大道芸人やライアー片手に歌を披露する吟遊詩人もいる。夜の酒場に出向くまでの小遣い稼ぎだろう。
確かに初めて田舎の村から出て来たようなお上りさんであればリーリヤと同じ感想を抱きそうだ。
「いやいや、市場じゃこれが普通だよ。お祭りのときはもっと比較にならないくらい賑やかになる。人もお店の数も倍以上さ」
「そ、そんなに・・・?私には無理そうかも」
想像の中の光景にリーリヤは気後れしている。
多分、実際のお祭りともなればリーリヤの想像を遙かに越えるだろう。この街の祭典には他の街や村からも大勢の人が観光に訪れる。
大通りにひしめく人だかりを見たリーリヤが卒倒する姿が目に浮かぶ。
それと比べれば人慣れしていないリーリヤの練習としては今くらいの人混みがちょうど良いのかもしれない。
既に帰りたそうにしているリーリヤを引っ張って、アルマスは目的の屋台を目指すことにした。
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