7.春の祭りは不穏をかもす①

 白き剣山と呼ばれる大陸を横断する大山脈によって切り取られた北の大地ベーネには主に4つの国が存在する。南東に位置するマルヤフナ王国も含めて冬は長く、春が短いのは土地柄としてどこの国々も似たようなものだが、やはり豊かな街もあれば物寂しい村だってある。


 そんな本来ならば細々と日々の暮らしを享受するだけのマルヤフナ王国の廃れた辺境のそのまた端っこに位置するこの村で、ここまで大々的な祭事が行われているとはアルマスも思っていなかった。


 右を見ても左を見ても着飾った人が歩き回っている。村の中心地にある大広場では大人子どもに限らず人が溢れている。近隣の村はもちろん下手すると少し離れたところにある街からすらも人が流れてきているのかもしれない。


 そもそも村とはいうにはここは規模が大きすぎる。舟の行き交う河川もなければ大きな街と街を繋ぐ街道沿いにあるわけでもないのにこの繁栄ぶりは何なのだろうか。特徴といえば『白霞の森』が近くにあるだけで目立った産業や事業もなさそうなのに村人皆が裕福そうな格好をしているのも気になるところだ。


 さすがに城壁がある街や都市と比べるべくはないものの、とてもではないが寒村などとは呼べないだろう。


「どーにも胡散臭い」


 ぱっさぱさのローストハムを飲み下しながらアルマスはぽつりと呟く。


 魔女の館からの帰り道は意外なことに魔女の手助けがあり大して苦労することなくすんなり帰ることができた。雪だか氷だかで出来ていそうな狼の姿をした妖精が引くソリに乗ってあっという間に村まで着いた。


 これはいい。多少荒っぽくて何度も木に身体をぶつける羽目になったがそれを上回る嬉しい誤算だ。


 村で行われている儀式前の祭りにはやはり参加することになった。村長が強く勧めるものだから何かしら面倒な挨拶や役割でもあるかと身構えていたのに特に何もないし、それどころか食事を振る舞われた。広場の隅に置かれたテーブルの上にはアルマスのために用意された料理や酒がたんまりとあり、好き勝手に飲み食いしていいらしい。


 これもいい。肉も野菜も素材の味を生かした味という感想しか出ない、率直に言って大して味のしない料理の数々に辟易するが食べれないほどではない。酒はちゃんと飲めるものになっているだけマシだった。


「な、なにか気になることでもおありでしょうか?」


 恐る恐る声を上げたのはアルマスの背後で少し離れて立っている栗毛の女の子だ。村長の孫と紹介された彼女は客人扱いを受けているアルマスのお世話役らしい。


 まだ10歳くらいの年頃なのに音楽に合わせて楽しそうにはしゃぐ広場の方を見向きもせず、甲斐甲斐しく料理や酒をよそってはアルマスが飲み食いしている様子をじっと見ている。


 そして、皿が空になるとせっせとまた料理を取り分けるのだ。別に側を離れても構わないと言ったのになぜか頑なに拒んでいた。妙に緊張した態度の彼女に対し、アルマスは手を振ってなんでもないと伝えた。


 舌に残る甘さが特徴的な蜂蜜酒を雑にあおる。芳醇な香りを嗅ぐだけでも良い代物だとわかるが、口に含んで味わうことはしないでがぶがぶ飲み干す。別に貴族の晩餐会でもないのだからお上品に振る舞うこともあるまい。


「なんか違和感があるんだよなぁ」


 ついでにいうと魔女と村人との関係、もしくはその在り方にも疑問を覚える。


 聞けば魔女の儀式云々とは別に元々この時期は春の訪れを祝うお祭りを行っており、儀式に合わせてその祭事も兼ねているらしい。陽気な音楽を背景に楽しげに笑う人々の前で壇上に立った整えられた髭が似合っていない村長が大きな声で話していたので間違いない。


 というかどちらかというと春を祝うお祭りの方が主目的な様子だった。なにせ村長の発言の中に魔女なんて単語は一切出てこなかったほどだ。じゃあ森の魔女の儀式のことはまったく認知されていないのかというとそんなことはない。


 村長の言葉はなかっただけで、村人達は普通に魔女について会話をしている。大半はぽそぽそと酒の肴に陰口を叩くようなものだったが一応は村人達もそのこと自体は把握しているらしい。しかし、どうにも好意的な捉え方はされていなかった。


 アルマスとしては別に魔女と懇意にしているわけでもないし、そこを気にしているわけではない。むしろこういう魔女の棲み処の近くでは魔女と友好的な関係を築いているほうが珍しいのではないかと思う。アルマスが知っている他の魔女も現にそうであった。


 古来より魔女は人々から畏怖され、尊敬され、そして同時に忌避されてきた存在だ。森の奥深くに棲みつき、人に害為す妖精を従える彼女らはただの人間から見たら恐ろしい妖精と同様の恐ろしい化け物に映るものなのだろう。


 しかし、彼女らが森の安寧を保つがゆえに人々はささやかなれども森からの恵みを享受することができる。決して近づきたくはないが、いないと生活が立ちいかなくなる重要な存在。それが魔女なのである。


 だから魔女が村人から疎まれていること自体はおかしくはないのだが。


「あまりにも軽視されている、という感じだ」


 畏れ敬う気持ちが薄まり、嫌悪の感情だけが残った。そんな表現がすとんと胸に落ちた。


 なぜ村人が魔女を軽んじるに至ったのか、その理由を考えようとしてアルマスは首を横に振った。


「やめやめ。ただでさえ味しないのにもっと不味くなる」


 どのみち魔女と村人のこじれた関係の行きつく先はアルマスの知ったことではない。


 さて次はどれを食べようか。さっきからどれも似たような野暮ったい味しかしないが、半日森を彷徨っていたこともあって腹は空いてる。どうせなら見たことがないものを摘まんでみたい。『白霞の森』が近くにあるのだから都市では見ない珍味だってあるはず。妖精と縁が深い土地には独自の植生を形成している話が多いのだ。


「よく、食べれますね」


 机の上を物色するアルマスを変なものでも見たかのように反応する女の子はその子どもらしい大きい瞳を見開いている。


「やっぱこれって君たちにとっても不味いの?」


「えっ、あ、そうですね。春のお祭りの日は昔ながらの伝統料理を振る舞うので。美味しくないので子どもはみんな苦手です。大人たちが飲むお酒は美味しいらしいんですけどまだ飲めませんから」


「ふぅん」


 質素な味付けはひょっとしたらこの地方の特色なのかとも思っていたけれども、やはり今時こんな簡素な料理を好んで食べているわけではないのか。まあ、村人の様相を見ても普通の田舎とは違って金に困っているようには見えないから普段は香辛料や調味料もふんだんに使った料理を食べているのかもしれない。


「ただ飯食ってる分際で言うのもなんだけど、どうせなら美味い御馳走用意してくれればいいのにね。君もそう思うだろ?」


「はぁ、まぁ、はい。でもそういう意味で言ったのでは・・・」


 女の子は煮え切らない様子で何かを言いたそうにしていたが結局口を閉じてしまった。


 どこか嚙み合わない女の子との会話を切り上げてアルマスが食事に戻ろうとしたとき、間の悪いことになにやら偉そうな雰囲気を纏った男が近寄ってきた。村長だ。背後にはやけにがたいのいい若者衆を何人も連れている。


「失礼。魔女のお客人殿。少しお時間いただいてもよろしいですかな」


 言葉自体は丁寧なものの、素直に言うことを聞くようにと言外に圧力を放っている。いつの間にかアルマスの周囲を取り囲んだ若者達もアルマスを見る目が鋭い。まるで獲物を前にした狩人みたいだ。


 これは断れないやつだ、と察したアルマスはあからさまに溜め息を吐いた。

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