SPIRIT~特殊没入型人機歩兵隊~

天野織

第1話 再起

 エニジアン歴1095年4月10日午前8時06分。スラム街の一角、ボロ家の中──

 カチャ、カチッ──

 仁王立ちする機械の鎧から、男は左腕を外す。

 この鎧は、かつては男の相棒兼武装としてエニジアン中を共に飛び回り、”天翔”の名で知られた飛行可能型人機が一機、イカロスである。

 それら人機には、人の意志を汲み取り、さらには人体の動きにシンクロして動作する、という技術が組み込まれている。この機能により、人間の手足であるかのように自在に操作できる他、機械の重さを全く感じさせない操作性、一体感を実現している。それは、たとえ一部のみの装着であっても有効になる機能だが──

 ガンッ

「クッソ」

 男の左腕に装着された機械の腕がボロ家の床に衝突し、重厚な音を立てる。

 彼の意志とは真逆の結果。イカロスとの適合率が下がったまま、回復していない証拠である。

「今日もダメか──」

 ため息交じりに呟く。

 イカロスが静止して以降、毎日のようにテスト──一部を装着して意のままに操れるか確かめる行為──を繰り返してきたが、一度として回復の兆候を見せたことはない。

 そうして、元相棒がただの鉄くずになっていることを確認したにも係わらず、男は武装を解除しなかった。シンクロが切れた人機はトレーニングにうってつけの道具だったし、なにより、一日中着けていればいつ適合率が回復しても確認できるからだ。

 スゥ────

「せーーの」

 よいしょ、と掛け声と共に人機を纏った左腕を持ち上げる。その勢いのまま、布団......と呼べるかも怪しい布の塊の上に無造作に着陸させると、機械の左腕に沿うかのように深く湾曲する。

「ハァ────」

 その皺は、かつての英雄の零落ぶりを表しているようで、思わずため息が漏れた。

「なぁ、イカロス。お前はいつになったら俺を認めてくれるんだ......」

 と、呟きつつ、左腕に向けていた視線を正面に移す。

 ──そこには、パイロットに任命されて以来、変わらぬ姿形で共に生きてきた、翼のある純白の機体が直立していた──。

 詳しい原理は分からないが、この蝋でできたようにも見える純白の翼こそが、この人機を飛行可能型ユニットたらしめる核心であり、それと同時に、イカロスという機体名の由来となった。

 いつも通り、輪郭をなぞるようにして目を滑らせ、機体の状況を確認する。

 頭──、右腕──、右足に左足──、そして、最後に胴体──

 ──結果として、目立った傷は今日もなかった。しかし、戦いの中でできたであろう細々とした欠損が各所に見られ、やはりそれらも、かつての栄光に満ちた日々を思い起こさせる。

 特殊没入型人機歩兵隊。SPIRIT(SPecial Immersive Robot Infantry Team)の名で知られるその部隊は、 十数名の精鋭で構成されたエニジアン国家警察の最高戦力であり、そこに所属する者は皆、英雄として全国民から称えられる。

 そこへの入隊条件はただ一つ。毎年二機ほど生産される没入型人機──省略して人機と呼ぶ者が多い──に対して、全テスターの中で最も高い適合率を叩き出すことである。そして、人機の適合者として選ばれた暁には、SPIRITへの入隊と同時に該当する人機が専用装備として与えられる。 

 早い話が、人機のパイロットオーディションに合格したものがSPIRITに集められるのである。

 この男、アルベルト・プランクもまた、そんな狭き門を潜り抜けた英雄の一人であった。

コンコンコン──

 ボロ家を労わるような控えめなノック音が玄関越しにこだまする。いつも通り、勤勉な弟子が迎えに来てくれたのだろう。

「先生、起きてますか?」

「今行く!」

 若干声を張り上げて応答し、布団に沈んだ腰を持ち上げる。その状態からわずかに手を伸ばして扉を開けると、弟子のアイザック・グラハム・ベルの姿がそこにあった。

「おはようベル」

「はい。おはようございます、先生」

 彼女との出会いは、俺がこのスラムに流れ着いた日にまでさかのぼる。

 当時、エリートの代名詞たる「SPIRIT」がスラムの住民にまで落ちぶれた──という事実は、住民たちを多いに震撼させた。ある者はコンプレックスを刺激されたために俺を罵倒し、ある者はよそ者の失敗を陰ながら嘲笑し、またある者は英雄のおこぼれにあずかろうと媚びへつらってきた。

 そんな中で、ただ一人、ベルだけが俺に弟子入りを頼み込んできた。

 聞けば、娯楽のないスラムという場所で生まれ育ち、ただの一度も外に出たことがない彼女にとって、英雄SPIRITの活躍は幼き頃よりの憧れであったのだという。

 であるのならば、俺では「憧れ」の言葉には似合わない──そう考え、最初は弟子入りの話は断っていたものの、来る日も来る日も頭を下げに来る少女に根負けし、ついには弟子入りを認めたのだった。

 ──そうした縁があって、今もこうして師弟関係を続けている。

「ベル、今日の予定は?」

「今日は、午前中は先生と見回り、午後は3時から姐さんのお手伝いです」

「あいよ。じゃあサクッと見回りを終わらせて、指導の時間を確保──」

「おい──×△■ら──ろ!」

 突如として、遠くから男のものと思われる野太い怒号が響く。

 どうやら喧噪の発生源は、俺の住むボロ家から一本の道でつなげられた広場にいるようで、そこを見やれば、声の主を覆い隠すように人だかりができていた。

「──向こうで何かあったみたいですね......」

「......はぁ。らしいな。......まったく、か」

 ここがスラムである以上、そういった光景は特段珍しいものではない。だがしかし、それを仲裁しようとする──いや、仲裁人間は極わずかしか存在しなかった。

 そこで、元特殊部隊である俺の腕っぷしを見込んだこの町の顔役──ベルのいう「姐さん」──によって仲介人に任ぜられたのである。

 故に──

「止めてくる。お前はそこで待っていろ」

「はい。お気をつけて──」

 と、最低限の業務連絡を済ませつつ、玄関に立てかけてある槍を右手に取り、広場に向けて走り出す。

 ──広場に到着するのに2、3分──

 ──されど、そのわずかな間は、スラムの荒くれ者たちの導火線を燃やし尽くすのには十分であった。

 「◎×が!」「どのツ○下げて」「殺すぞ!」「ふざ△んな!!」「やっちまえ!」「お前△■○●×んてねぇんだよ!」「帰れ!」「死ね」「○■の○●×が!──

「すまない!!どいてくれ!!俺を通してくれーー!!」

 あちこちから飛び交う怒号に負けじと声を張り上げ、ひたすらに群衆をかき分け進む。

 幸い、野次馬たちの興奮ぶりに対して人数はそれほど多くなく、ほどなくして人だかりの中心部、一番最初に怒号を発した暫定被害者のもとへとたどり着いた。そこにいたのは──

「犯罪者どもが!俺は本来、お前らみたいなのとは違うんだよ!見下してんじゃねぇ!!」

「あぁ!?もっぺん言ってみろ!!」

「俺はエニジアン国家警察だ!!犯罪者とはちが──」

 目が合った。

 その途端、騒動の元凶たる男の顔から目に見えて怒気が引いていく──。

「あ、あんた、もも、もしかして、”天翔”のイカロスなの..か──?」

 よほど動揺しているのか、所々つっかえながら俺に質問してきた。

 元SPIRITの人間を見てのこの反応といい、着ている制服の外見といい、元エニジアン国家警察である、という彼の主張は嘘ではないとみて良さそうだった。

 ──とはいえ、それはそれで頭が痛くなる。なにせ、ここに来た当時の俺も彼と似たような反応をしていたのだから。

 と、感傷に浸りながらも、男の質問に返す。

「そうだ。俺が”天翔”のイカロスだ。が頭に付くがな」

「なんでこんな所に......」

「なんでって、そりゃあ、ここに俺の居場所があるからだな」

「居場所──」

「ああ。──ところで、この騒ぎは一体何なんだ?」

 と聞いたところで、男の瞳に再び怒気が宿る。

「それが!あのガキが大量に金貨が詰まった袋を持って逃げようとしてたから止めようとしたんだ!なのに、『おじさんも仲間なんだね』とか、わけの分からない事を言い始めて!終いにゃ俺の財布まで盗んでいきやがった!!」

 男は真正面に佇んでいる子供を指さしながらまくし立てる。

「俺は間違ったことはしちゃいねぇ!なのに、ここの住民どもはこぞってこのガキを庇いやがる!所詮──」

「そこまで!!」

 「「「!────────」」」

 急な大声に驚いたのか、シン──と広場が静まりかえる。

「そこまで、だと?あんたもグルなのか、”天翔”」

「!?まぁまぁ、落ち着け、大体事情は分かったからさ」

 想定外の飛び火に驚きつつも、男を宥めようと試みる。

 すると、チッという舌打ちののちに──

「──わかったよ」

 と一言。

「ありがたい。──お前らも、ここからは俺が預かるから、頭冷やして各々の仕事に戻ってくれ!ああ──エミー・マイトナー、お前はここに残ってくれ。警官殿に説明したい」

 この言葉をきっかけに一部の人間は方々に散り始めたが、何人かは溜飲が下がりきっていないのか、何か言いたげな表情をしながら留まろうとしていた。そんな彼らも、周りの冷静な人たちによる説得、および強制連行の末、次々と数を減らし始める。

 そして、広場に集った人影は一人、また一人──、と徐々に姿が見えなくなっていき──

 ──そうして、最後の人影が去ろうというときに、元警官が口を開いた。

「人払いは済んだだろう?さっさと、何が起きているのか説明してくれよ、”天翔”」

「そうだな。またせてすまない。まずはこいつの紹介からさせて──」

「いい。自分でできる」

「つったって、俺の言葉の方が信じてもらいやすいと思うけどな」

「......わかった。任せるよイカロスのおっさん」

「あぁ、任せ──」

 どちらでもいい、早くしろ──と言わんばかりの視線を察し、足早に本題へと話題を切り替える。

「こいつはエミー・マイトナー。いわゆる義賊をしていてな、とはいえ、今は犯罪組織からしか金をっていない」

「だからどうした。それと今日の出来事とにどんな関係が?というか、あんたも元警官だろ?子供が犯罪組織を相手に盗みを働いているのを黙認してていいのかよ」

「ちゃんと止めてるし、この後叱るさ。けど、こいつの事情も分かってる。弟の病気を治すためには高い薬が必要で、ある程度のリスクを覚悟しなきゃここじゃそんな大金は手に入らない」

 当然、子供にそんなリスクを冒させることは本意ではない。できることなら、この子の変わりに薬を用意してやりたいが──

「......昔の俺なら、すぐに用意できたってのに、本当、自分のことで手一杯なのが情けねぇよ」

 ──悲しいかな、今の俺にできることは何もなかった。そんな嘆きが思わず口を突いて出てしまい、慌てて取り繕う。

「すまない、話が脱線したな。とりあえず、こいつは義賊をしてて、今は犯罪組織だけを狙っている。そして──」

「──この目で見たんだ!」

 と、我慢ならなかったのか、突如としてエミーが乱入してくる。

「今日僕がターゲットにしていた組織とあんたと同じ制服を着た男が取引していたのを!」

「何?俺と同じ制服──だと?」

「そう。三日前、下見をしに組織の人を尾行していたら、おじさんと同じ制服を着た男が組織に大量の金貨を払っていたんだ」

「......本当、なの..か?......制服を着たままこんなとこに来る間抜けがいるとは思えんが......」

「本当だよ。というかさ、そんなことを疑問に思うより、自分の身の潔白を証明する手段を考えたほうがいいんじゃない?」

 ぽかんとする元警官を無視し、エミーは続ける。

「なんてったって、そんな状況で組織から金を盗んだのを咎める人が現れて、しかも同じ制服を着ていたなんて。共犯者ですって言っているようなものだよ?」

「いや!──俺、は......そんな......」

 どうやら弁護できる言葉を探すも、空振りだったらしい。徐々に勢いを無くし、最後はただの呟きと化していた。

 しかし──

「と、とにかく、それは俺じゃない!俺は今日初めてここに来たんだ、どんな犯罪組織があるのかだって知らない!」

 と何とか反論。

 それを聞いて詰問者は──と、ちらりと見やると、こちらに向けてウインクを返し、再び問い質す。

「あっそう。でも、それじゃあ信用には値しないかな。もっと確かな証拠、ない?」

「証、拠────────」

 必死に記憶を手繰り寄せているのだろう。長い沈黙が続く────────。

「......」

「どう?ないの?」

「......」

「ねぇ」

「......」

「3、2──」

 強制的に答えを言わされそうになり、ようやく意を決したのか、長い沈黙が破られる。

「────────ない」

「「......プッ」」

 ない、と答えたときの表情が、まるで地獄にでも突き落とされたかのような、今までに見たことがないほどの青ざめようだったため、エミーと二人して思わず吹き出してしまう。

 一応、俺は何とか笑いを堪えることができたが、エミーはというと......

「く......ふふ......」

 ぷるぷると震えながら、そして──

「アハハハハハ────────」

 盛大に笑い飛ばした。

「ふー、ごめん、ごめん。ちょっと言葉が足らなかった。実は僕ら、犯罪組織と警察の癒着の真相を明らかにしたいって思っててさ。ただ、どう頑張っても二人だけじゃ無理だったし、仲間が欲しいと思ってたんだ」

「仲間......」

 あっけにとられた表情で元警官は返す。

「そう。だから、こちら側の戦力として相応しいか確かめるために、信用に値する人がどうか聞いたの」

「そ、そうか......」

「ちなみに、君が身の潔白を証明するには真犯人を捕まえる以外にないし、仮に犯人だったとしても手元に置いておけるのは大きいから、無理やりにでも仲間に入れるよ。つまり──」

 と口にし終えた途端、エミーは元警官に詰め寄り、相手の顔を正面から覗き込むような姿勢で睨みつけた。そして──

「さんっざんここの住民を馬鹿にしていたけど、との協力を拒否する権利はねぇからな!せいぜい働け!」

 凄むような口調で吐き捨てる。

 それに対し、元警官、思わずたじろぐ。

「すっ、すまない──君にも正義の心があるんだな。犯罪者だからと誤解していた。本当に申し訳ない!」

 と土下座しながらの謝罪。

 それを見て、分かればよろしい、と答えたエミーの顔はどこか満足げだった。

 ──実は、エミーのこちらに向けてウインクをする、という仕草は「嘘をつく」という合図であった。故に、二人の攻守が逆転したタイミングで事の顛末を察することが出来ていた。知らずにいた元警官には大変申し訳ないが──。

 ──と、事態が収束に向かったのを確認し、アルベルトは口を開く。

「これにて一件落着──ってことでいいな?二人とも」

「異議なーーし」

「......同じく」

「よし。それじゃあ、人を待たせているんで、後のことは歩きながら話そう」

 そう言って、客人をエミーと共に立ち上がらせ、そのまま二人を連れてベルを待たせている小屋へと向かった──


「待たせたな、ベル」

 小屋の前で待たせていた弟子に話かける。

「お帰りなさい先生、エミーさん。それと......」

「この人は元国家警察官の────......失礼、名前を聞いても?」

 そういえば名前を聞いてなかったな──と思いつつも問いかける。

 すると、胸に手を当て、穏やかな口調で自己紹介を始めだす──。とてもつい先ほど住民と揉めていた人物とは思えない丁寧っぷりだ。

「私はトーマス。この方の言うとおり、元国家警察官です」

「......だそうだ。このトーマスさんは、俺たちがかねてより捜査している件で役に立つと思って、仲間に入れることにしたんだ」

「そうだったんですね......では、今日の見回りは皆さんもご一緒に?」

 とベル。

「そのつもりだ。土地勘を身に着けてもらわんとだし、お互いの能力を知るって意味でもしばらくは一緒に行動した方がいいだろう。みんな、それでいいな?」

「はい」「りょうか~い」「承知した」

 と三人そろって返事。合意が取れたところで話を続ける。

「取り合えず今日は二手にける。喧嘩の仲裁で時間を取ってしまったんで、時短をしたいんだ。協力してほしい。んで、肝心の編成だが、俺とベルが東側、トーマスさんとエミが西側でどうだ?」

「えーーーー、場所に文句はないけどさーー、僕と警官のおっさんが一緒?」

「すまない、人選に文句があるのはわかる。でも、大人が一人はいた方が良いと思うし、お節介かもしれないがんじゃないかと思って」

「......まぁ、そういうことならしょうがないかー。よろしくね、警官のおっさん☆」

「あ、あぁ、よろしく頼む......」

「よし、決まりだな。それじゃあ早速出発しよう。エミ、しっかり案内するんだぞ」

「わかってるって。心配性だなぁイカロスのおっさんは」

 ぶっきらぼうに答えるエミーの言葉を最後に、4人は各々の目標とする方角へと足先を向ける。

「──あぁ、そうだ、終わったらここに集合。片方が戻ってから30分経っても全員集まらない場合、何かメッセージを残して探しに行く。こんときの捜索は30分おきに帰ってくる。以上が注意点だ。各自、徹底して遵守するように。いいな?」

「「「了解」」」

「そんじゃ、状況開始!」


──それからおよそ一時間三十分後。

「......」

 壮絶なものを見た。

 見回りなどという仕事は、警官であった頃に飽きるほど繰り返していたはずだった。なのに、今は足に上手く力が入らない。それにも関わらず、俺の一歩前を行くエミーと名乗る子供には少しの動揺も見えなかった。まるで、これが当たり前だった──と言わんばかりだ。

 そんな対照的な彼女の背中を見て、ふと思い至る。

 追いつける気がしない──

 ──思えば、心のどこかでこの子の置かれている状況を軽んじていたのだろう。弟の病気を治すために高額の薬を要している、ということは知らされていたが、まさかあそこまでの病だとは思ってもいなかった。

 大人の自分ですら思わず息をのむような状態で横たわる弟、手入れの行き届いていない家、すでに遺影と化した両親──どれだけ挙げても言い尽くせないほどの惨状。これを強いられ、それでもなお善行を為そうとするなど、果たして自分にもできていただろうか?

 改めて、広場でのやりとりに感服する。

「すごいな、君は」

「そうでもねぇって。ここじゃ、みんながそれぞれの運命に抗っている」

「そう......だったのか......」

「あー、今朝のことはそんな気にすんなって。それに──」

「そこの二人、止まりなさい!」

 突如として、勢いのある豪胆な声に会話が遮られる。よほど自信があるのだろうか。節々から傲慢さがにじみ出ているような声だった。

 俺もこんなふうに見えていたのか──という気恥ずかしさを覚えつつも、警告をひとまずは聞き入れてエミーと共にその場で待機する。

 ──とはいえ、目を付けられるような行いをした記憶はない。故に、何事か──と声の主へと視線を向けると、そこに立っていたのは──

「俺はSPIRIT所属の通称”スサノオ”。んで──」

「僕はその同僚です。”羅刹”で通っています」

 筋骨隆々とした銀髪の大男、”スサノオ”に、小柄な黒髪の少年のほうが”羅刹”──間違いない、本物だ!何度か目にする機会があったからわかる。

 だが、そんなビッグネームがなぜ二人も揃ってこんな辺鄙な場所へ!?

「......SPIRITともあろうお二方がここで一体何を?」

「僕たちは調査をしに来たんです。ここに拠点を構えている犯罪組織の動きが活発になっている、との報告を受けたので。それに、組織の人間が確認された場所の付近では決まって怪しい子供も目撃されている──と」

 そう言いながら、”羅刹”はエミーを凝視する。

「......その目撃情報とあなたの特徴が一致しているんですよ。ですので、組織との関係を教えてください?ついでに、そこで一体何をしていたのかも。──あぁ、偶然そこに居合わせた──なんて言い訳は通用しませんよ?なにせ、証言は一度きりではないので」

「......」

 エミーは沈黙する。”羅刹”の詰問を上手く回避する手札を持ち合わせていないのだろう。

 何も答えなければ組織との繋がりを疑われるのは想像に難くない。しかし、組織との関係を否定すれば何をしていたのかを詰められる。そうなったとき、金を盗むためだ──とは到底答えられるわけでもないし、かといって、何度も目撃された以上は上手く誤魔化すのも難しい。

(......時間を稼ぐしかない)

 エミーから聞いた話では、今俺たちがいるところはこのスラム街を東西に分けたとき、ちょうど中間にあたる場所らしい。それはつまり、東側を巡回しているアルベルト達ともう少しで鉢合わせる、ということを意味している。故に、合流するまでの時間さえ稼げれば勝算はある──と考えたのだ。

「あの~、俺たちもその犯罪組織ってのを追っているんですけど、よければ、協力してくれません?」

「協力?僕たち二人で事足ります。それより、さっさと質問に答えてください」

「いやいや、まだ子供ですよ?一旦、落ち着いてもらうためにも、まずは我々大人で話し合いましょうよ」

「あなたよりはそちらの子供の方が落ち着いているように見えますが。──それに、無駄に引き延ばすよりも、さっさと吐いてしまったほうが、裁判では有利になるのでは?」

「私はあなたたちの心配もしているんですよ。なにせ、子供を脅して嘘の証言をさせた──なんてことは避けなきゃいけない立場でしょう?」

「......埒が明かない」

 黒髪の少年が呟き、それと同時に、急激にこちらへと詰め寄る。

「──起動、申請」

 ──SPIRIT隊員情報照合──成功しました──申請承認、起動シーケンス実行──武装名”羅刹”──

 無機質な機械音声が鳴り、それと同時に、機械が起動したとき特有のモータ音が鼓膜を揺らす。さらには──

 ガチャガチャガチャッ──

 と鋼鉄どうしが擦れ合いながら、兜が顔を覆い、腕甲が腕に纏わりつき──徐々に服を突き破って、鎧の全容が明らかになる。

 前方からの抵抗を減らすのであろう曲線的なつくりが全体に見られる、シャープな人機。一目見てスピード特化とわかるデザインだが、小柄な少年に合わせられたサイズ感がより一層それを強調している。華奢な腕にぴったりと沿うような細いラインは弱々しいイメージを与えるようにも思えるが、黒を基調とした暗殺者然としたカラーリングがそれを許さない。

 それを証明するかのように、その右腕はこちらの首元へと伸び──

「あガッ──」

 一瞬にして、鷲掴みにされる。

「あのさ、何を勘違いしているのか分からないけど、君も怪しいんだよ?」

 機械の鎧の口元は動いてないが、そこから加工された音声が発せられた。

「な、に──」

「少し考えれば分かるよね?一介の犯罪組織の調査ごときにSPIRITぼくたちが二人も駆り出されるわけないって。──僕たちが来たのはさ、くだんの組織とエニジアン国家警察うちの仲間がつるんでるって噂の真偽を確かめるためなんだよ」

「!──」

「だからさ、そんな服を着てここをうろついているなんて、──この上なく怪しいんだよなぁ!」

「ッ────ゲホゲホッ」

 少年は声を荒げるとともに、首を絞めつける手に力を込めた。それによって襲ってくる急な圧迫感に思わず顔が歪み、咳き込む。

「さあ、そこのガキともども、とっとと洗いざらい吐け!今なら多少は減刑できるよう、取り計らってやる!」

「やめて!その人は関係ない!それに、いくら犯罪者だからってそんなことしていい理由にはならないでしょ!」

 絶体絶命の状況に、エミーからの助け舟が差し出される。しかし──

「──そんなこと、だと!?お前らは知らんだろうが、世の中には大多数の幸福のために殺さなくちゃいけない奴がいる!それがたとえ犯罪者でなくとも、将来的に悪行を為すことが確定しているような、極悪人もいる!そいつらを片っ端から排除しなきゃ、善人が安心して暮らせる世界にはならない!!」

「おい、”羅刹”!そろそろ落ち着け!任務に支障が──」

「甘いんですよ、先輩。それに、こいつが黒でないと確定したわけでもない」

 ──”羅刹”の固い意志の前に敢えなく撃沈する。

「さあ、どうなんだ?答え──」

「──僕もおっさんも組織の人間じゃない。それに、僕がいつも組織の拠点で目撃されてたのは、組織の金を狙ってたから」

「ゲホッ──エミー?」

(どうして?君には、薬を必要としている弟が居るのに、なぜ?──)

 と絞められた首からは搾り出せない声を、心の中で叫ぶ。

「だから、お兄さんが捕まえるべきなのは、おっさんじゃなくて僕。さっき言ったよね?減刑できるよう、取り計らってやる──って。今でも間に合うよな?」

 それを聞き、”羅刹”は急に穏やかな表情へと戻る。

「──ええ。話が早くて助かります。それでは僕と来てもらいましょう」

 そう言うと、俺の首にかけられていた右手を放し、自由になったばかりの手で手招くようなジェスチャーをエミーに見せる。

 これで、ようやく声が出せるようになった──が、そこから発されたのは自分でも予想できない第一声だった。

「ハァ、ハァ、──エミー、何を──」

「──おっさん、後は頼んだ」

 問いかけに対し、エミーは覚悟を決めたと言わんばかりの清々しい表情で返す。

 ──なら、俺も覚悟を決めよう。

「最後のやり取りは済みましたね。では、手錠を掛けますので、こちらへ──」

「待てよ」


 ──およそ三十分前

 壮絶なものを見た。

 見回りの途中、ついでに薬を届けたいから──とエミーに言われ、家にお邪魔させてもらった時の出来事だった。

 床に横たわる弟の手足は痩せこけ、人体というよりはもはや、枯れ木がくっついている──と言われたほうが納得できる有様だった。無論、エミーのことだ、自分よりも弟を優先して食べ物を摂らせていることだろう。その証拠に、看病する間にボロボロの服から覗く腕は、幼いとはいえ華奢にすぎる見た目だった。

 それでも、エミーの弟の栄養失調としか思えない細さを見れば、闘病の壮絶さが嫌でもわかってしまう。

 その上、やせた体を無慈悲に覆う赤い斑点が、痛々しいまでに視界に飛び込んでくる。逸らせど逸らせど、弟を見ている限りは赤い斑点が目に入る。

 顔を見れば、不衛生な環境に長く置かれた影響か歯は欠け、髪は抜け落ちたのかかなり少なく、極めつけに、発熱に苦しんでいるような苦悶の表情を、頬を赤らめながら浮かべている。

 エミー曰く、これでも昔よりは回復しているらしい。であるのならば、初期はどれほど苦しんでいたのだろうか。

 部屋を見渡せば、壁に遺影が二つ。もっとも、俺が知るそれとは異なり、セピア色に古ぼけた写真をちぎって無理やり一人を収める構図にした、スラムらしい物であったが。

「......大変だったろ?」

「いや、そうでも」

「......そうでも、か──。なあ、不謹慎かもしれないんだが、運命を恨んだことはないのか?」

「さすがに恨んだことはあるよ。僕を何だと思ってるのさ。──でも、弱音なんかは言ってられないよね」

「......信じているんだな。奇跡を」

「うん。僕たちのお父さんはさ、余命宣告されてて、三年前の冬は越せないだろうって言われてた。でもその時は、弟の薬を入手できるルートを開拓できるかどうか、っていう瀬戸際でね。夏までは時間がかかる見込みで、意地でもそれまで生きていなくちゃいけなかった」

「それで、どうなったんだ?」

「結局、交渉は一昨年の秋ごろまで伸びたんだけど、親父おやじは生きて、薬の入手ルートを確保した。そのときも冬は越せないって言われてたけど、去年の春まで生きてたんだ」

 さらに、エミーの話は続く。

「そのとき、一緒に桜を眺めながら親父おやじは言ってた。『俺は物語に出てくるような英雄じゃないけど、それでもお前らのおかげで余命を覆す程度の奇跡は起こせた。だからきっと、端役に過ぎない凡人にも英雄じみた奇跡を起こして運命に抗う権利がある。』って。──だから、奇跡と親父おやじの言葉を信じてる」

 そう語るエミーの顔はどこか誇らしげだった──。

 

 ──そして、時は現在に戻る。

「最後のやり取りは済みましたね。では、手錠を掛けますので、こちらへ──」

「待てよ」

「......どうかされましたか、元警官のお方」

「おい、おっさん、何して──」

 目を見張るような表情でエミーは問う。

 何をしているのか。──そう、端役に過ぎない凡人にも英雄じみた奇跡を起こして運命に抗う──、俺もそうしたくなった、したくのだ。

 思わず不適な笑みがこぼれ、同時に宣言する。

「その子に組織から金を盗るように脅迫したのは俺だ!弟の命が惜しければ俺の命令を聞け、ってな具合でな!そうやって世間知らずのガキを騙して、元の生活に戻るための資金をたんまり稼がせてもらったぜ!」

「......今さらそんなことを明かされても、庇うための嘘にしか聞こえませんね」

 フンッ──と鼻で笑いながら一蹴される。

 だが、注意は逸らせた。これでいい。

「だろうな。だが、発言だけを証拠にその子を捉えようとしている以上、を無視することはできないんじゃないか?」

 ”羅刹”の耳がピクリと動く。図星、ということなのだろう。

「いいでしょう──。では、その組織とは一体どのような団体なのでしょう?あなたの発言がその場しのぎの嘘でないなら、答えられるはずですね?」

「それは──」

 事実、今日ここに来たばかりの俺には組織の情報など知る余地もなく、いましがたの発言は文字通りの「その場しのぎの嘘」である。

 強烈なカウンター。それをモロにくらい、頭が真っ白になる。できればもう少し時間を稼ぎたかったが──

「答えられない、と。でしたら、あなたに用事はありません」

 抵抗もむなしく、空振りに終わる。

 ......いや、まだ手はある。自分でもそんなことをするとは夢にも思っていなかった蛮行だが。

「では改めて手錠を────」

 ガンッ

 トーマスの手から放たれた石が漆黒の鎧の後頭部に衝突し、鈍い音を立てた。見れば、衝突した箇所には目立つ白傷が刻まれている。

(狙い通り──)

 と微笑を浮かべ、”羅刹”を煽る。

「ご立派な機体に傷がついちまったなあ!これで、公務執行妨害罪が成立。俺を見過ごせなくなっただろ!」

「......」

 沈黙。鎧越しにも怒りで震えているのがわかる。

 ならば、とそばに落ちている石を拾い、再び右手を振りかぶる。

「おいおいどうした!もう一発──」

 ギュン

 と、その右手が完全に振り下ろされるよりも先に、漆黒の鎧は音を立てながら急接近する。そして、右の拳を後ろに引いて構え──

「なら、!」

 それを俺の顔面目掛けて繰り出す。

 しかし、鋼鉄の拳は──ガキィン──と音を立て、俺の顔面に直撃するよりも前に、火花を散らしながら真横から投げられたと交差する。

 その後、俺の目の前で地面に突き刺さった槍は、しかして見事に拳の軌道を逸らしており、おかげで拳の直撃を免れた。

「槍!?一体誰が──」

 ”羅刹”が襲撃者を確認しようと首を90度右に回すと、同時に、”スサノオ”も後ろを振り返る。その二人が、”羅刹”を一歩引いた距離から見守る”スサノオ”の少し奥、スラムの西側から東側へと続く通路に見た、一つの走る影。

 見間違えるはずもない、それは──

「わりぃ!遅れた!無事か、エミー、トーマス!」

「「イカロス!?」」

 元SPIRITと驚くべき再開を果たした現役のSPIRITは、二人そろって驚愕の声を上げる。

「一体なぜ、あなたがこんなところに──」

 攻撃された分、驚きがより大きいのか、一歩先に”羅刹”が漏らす。隠そうとする努力は見られるものの、地面に突き刺さったまま放置されている槍を見れば、その動揺は明らかである。

 その問い、あるいは現役SPIRITの二人すらも無視してアルベルトはひた走り、東西の境を超え──、”スサノオ”を追い越し──、そして、俺と”羅刹”の間に着地していた槍を手に取りつつ、二人の間に割って入る。

「よくやった、トーマス。後は俺に任せろ」

「すまない、任せた!」

「あぁ。──さあ、あの子を連れて行かせはしない。俺を倒さない限りは──な」

 アルベルトは、白の機械鎧を纏う右腕で柄の前を掴み、左腕は後ろに添えて槍を構え、啖呵を切る。それを受けての”羅刹”の応えは──

「いいでしょう。あなたがなぜ犯罪者の肩を持つのかは分かりませんが、それが間違いだと教えてあげましょう」

 ──同じように、拳を構え、啖呵を切る。

 刹那、空気が凍りつく。

 武器を構える二人の視線から、殺気が溢れ、空気中に充満する。

 そういう場面にはスラムの見回りを通して慣れたつもりだったが、これを見れば、氷山の一角に過ぎなかったと嫌でも思い知らされる。

 なにせ、二人から感じられる気迫は、スラムの端々で散見される喧嘩のそれとは次元が違うのだから。

 その証拠に、元警官としてそれなりに場数を踏んだにも関わらず、全身が鳥肌立っていた。

 ──突然、”羅刹”が強く踏み込み、地面を蹴る。

 突進。それに合わせるように、アルベルトは右肩を後ろに引くようにして上半身を左に反らしつつ、その勢いを利用して槍を突き出す。

 そのまま”羅刹”が直進すれば、槍に突っ込む形になっていただろう。しかし、そんな常識では測れないのが人機の戦闘である。

 なんと、ぶつかる直前、左足を軸に右方向への急旋回、それにより衝突を避け、ついでとばかりにすれ違いざまに裏拳をアルベルトの肩へヒットさせたのだ。

 勢いそのまま、壁にぶつかる──直前で、またも旋回。再びアルベルトへ向けてを突進開始。

 アルベルト、体勢を崩しつつも、ぎりぎりのところで回避に成功する。

 ”羅刹”、速度任せの無理筋な攻撃を躱され、上手く旋回することが出来ず、右に大きく曲がりながら家との衝突を避ける。

 そして、体勢を整えるかのように180度向きを変えるも──その瞬間には、既にアルベルトが槍を構え直して走り出していた。

 一秒と少しが経った後。”羅刹”を槍の間合いに捉えたと見るや否や、槍による刺突を繰り出す。

 隙を見逃さない、正確な一撃。顔面にクリーンヒットするも、装甲に阻まれ、表面で切っ先が止まる。しかし、それと同時に──

「ブリューナク、起爆!!」

 アルベルトの号令と共に、”羅刹”を爆発が襲う。轟音が鳴り響き、黒煙が”羅刹”を包み込んで姿を隠すが──。

 ブワッ──

 と突如として、煙の中から猛スピードで”羅刹”が飛び出し、正面衝突したアルベルトを吹き飛ばす。

 地面に崩れるアルベルト、それに対し、”羅刹”は二つの足で家屋の側面に着地。そして、蛙のように壁を突き放しては跳躍し、別の家屋の壁へと飛び移る。

 それを二度、三度、四度......と繰り返し、アルベルトをかく乱する。トーマスの目では到底追えないスピードで。

 時々、アルベルトのすぐ側に降りては攻撃をくらわせ、壁に戻る──いわば、ヒットアンドアウェイを挟んでいるのであろう。動きは見えないが、アルベルトの傷が増えていることは確認できる。


「グッ──ガハッ────」

 何度か攻撃が当たり、思わず苦悶の声を漏らす。しかし、”羅刹”の手が緩められる気配は一向にない。

 致命的な攻撃は槍で捌いているものの、攻撃の頻度と現状を鑑みるに──

(このままじゃジリ貧......)

 見たところ、相手の装備している人機はスピード型。そういうタイプは打たれ弱いというのが相場だ。であるからして、肉を切らせて骨を断つ──ある程度の犠牲は許容してでもでかい一撃を当てさえすれば──

「ッ!────」

(ここにきて鳩尾みぞおち!?)

 急所に機械の腕がめり込み、たまらず声にならない叫びを挙げる。汗腺という汗腺から冷たい油汗が滝のように溢れ出し、ゾワッという気色悪い悪寒が全身を駆け巡る。

 その苦痛に思わず膝を屈し、地面に伏せる。そうしてむき出しになった背中が、突進の集中砲火のターゲットとなり、またも苦痛に顔を歪める。

(限界、なのか────)

 絶え間なく襲い掛かる人機。随分と年をとってしまった体では、もはやそれに「でかい一撃を当て」るどころではなく、折れかけた心を繋ぎ留めるので精一杯だった。

(まだ......まだ、耐えないと──)

 ──だが、それも長くは続かず、手足から力が抜けはじめる。消えかけの意識、筋疲労にる痺れ、ボロボロの全身──あと少しでも喰らえば完全に意識が飛ぶ、というのがはっきりと自覚できる。

 しかし、それ以上の追撃が行われることはなかった。

 ”羅刹”が動きを止め、勝利を宣言したのだ。

「あなたを倒せばその子を捕えても構わない──そう言いましたね?これでお分かりいただけたでしょう?」

「......」

「返事ができる程度には手を抜いたんですがね。買いかぶりすぎていたのでしょうか。──まぁいいです。二人は連行させていただきます」

 ──視界の端に黒い人機がエミーとトーマスににじり寄っているのが映る。

(立て、立つんだ!二人を守れるのは俺しかいない!)

 そうこうしている間にも”羅刹”はじりじりと距離を詰め──しかしてその歩みはトーマスに遮られる。

「■○●×──!」

「■×?●■●×──!」

「●○●×、××■○!!」

 ほとんど聞こえないが、トーマスがエミーを庇ったことでもう一悶着起きていることだけはわかる。

(全く、情けない話だ──。任せろと言った手前、俺がケリをつけるべきなのに......)

「■○●×──!」

 相変わらず口論は続いている。

(まだ彼は戦っているのか──。──ならば立て、彼の献身に報いろ!守ると誓ったものを守り通せ!!)

 全身に力を込め、槍を左手で握り直す。

 冷たい鋼鉄の感触、いまにも落としてしまいそうになる重厚感、渾身の力でそれらに抗い、地面に突き立てる。

 四肢──特に人機の一部を纏う右腕──を半ば無理矢理に動かし、なんとか槍を支えにして立ち上がる。

「おい......俺、は──ハァ──まだ......戦える!」

 思いがけない横槍に”羅刹”は振り返り、驚きつつも応える。

「もう無理ですよ、その体では」

 ハァ──と深く息を吸って呼吸を整え、さらに返す。

「ハッ──。俺はまだ戦える、気が早ぇんじゃねぇか?」

「満身創痍──これ以上は命に係わりますよ?」

「構わねぇ。それとも怖気づいたのか?」

「......」

 沈黙。これは怒りによるものか、あるいは──

「ハッ──。アハハハハハハ────」

 機械らしく加工された嘲笑が響く。

「いいだろう!そこまでして死に急ぎたいのであれば、お望み通り相手をしてやろう!!」

 してやろ『う!!』──と、言い終わるや否や、”羅刹”は俺めがけて殴りかかる。

 咄嗟にでガードし、金属音が響く。

(今、一瞬軽く──?)

 その瞬間の異常にただ一人、”羅刹”のみが気付く。同期が切れた人機ではありえない感触──手応えだった。

「オラッ」

 槍の一薙ぎ──それを後方へと身を翻して躱し、”羅刹”は家の壁にピッタリ密着する。

 すかさず槍を投擲。追撃をおみまいする──が、アルベルトから見て”羅刹”の左30cmほどのずれた場所に着弾する。

「残念、武器を捨てる決死の一撃も当たらなかったね。これでいさぎよく──」

「いいや、これでいいんだよ」

 ──これほどまでに戦局が傾いていながらも逆転を許した要因は経験と土地勘、あるいは隣人愛なのだろう。現に、俺はその家に住んでいた人が既に亡くなっていることを知っていた。だからこそ──

「起爆!」

「な!?──」

 驚愕に顔を歪ませた”羅刹”のすぐそばで、長槍ブリューナクが爆ぜる。

 現役SPIRITの常識に基づき、元SPIRITである以上は住民を巻き込むような真似はしないだろう、と高を括っていたと見える。それ故に、予想と反する行動に対しての驚愕を隠せなかったのだろう。

 これが、彼と俺の間にある唯一の差である。

 ──強烈な閃光が迸り、それに黒煙と轟音の急激な拡散が続く中、スラムに建てられたようなボロ家が爆発に耐えられるはずもなく倒壊を始める。当然、爆発とボロ家の倒壊に巻き込まれた”羅刹”も大きく体勢を崩し、空中へ投げ出される。

(──今だ!!) 

 限界が近い体を引きずりつつ、”羅刹”との距離を詰めるように跳躍。そのまま右手を固く握りしめ、拳を形作る。

 この一発ですべてが決まる。

 倒せれば勝ち、そうでなければ負け。エミーとその弟の未来を左右するこの戦いの勝敗は、この拳に委ねられている。もし、負けでもしたら──

 恐ろしい未来に思わず身震いする。

 思い一撃を与えるため、あえて、おもりに過ぎない人機を装着した腕での殴打を選びはしたが......相も変わらず、抵抗するかのような重みは残ったままで、そのせいもあってか不都合な結末ばかりが頭を過る。

 だが──

 ──ふと、このスラムでの思い出がよみがえった。

「あなたは私のヒーローなんです。ずっとずっと、あなたたちの英雄譚に憧れていました。だから顔を上げてください、”天翔”のイカロス様」

(......ベル)

 ここに辿り着いたとき、始めて罵倒以外の言葉を投げかけてくれた......。

「何言ってんだよ!”イカロス”のおっさん!......僕も弟も、まだ諦めちゃいない!あんた、外では英雄だったんだろ!?なら、もっとすげぇ奇跡を起こしてくれよ!」

(エミー)

 犯罪者も義憤に燃えることがあると、スラムの住民にも、精一杯日々を生きる熱があると、教えてくれた子......。

「すまない、任せた!」

(それに、トーマス)

 今日会ったばかりなのに、エミーを──俺の友達を、守ろうと立ち上がってくれた後輩。

 そうだ──

(俺はこの街が好きだ。数えきれないほどの思い出と、返しきれていない恩がある。支えてくれた仲間に、新しく出来た友達、そして、本音でぶつかった住民たち──)

 思い出せ──

(守りたい人たち、必ず守ると誓った人たち、そのために武器を取り、みっともなくかつての相棒に縋り続けている意味──)

 SPIRITを志したときの信念──

ていのいい理想論でも、届かない綺麗事でもない、俺の我儘──)

 一人でも多くの人が幸せになれるように、この力を振るう!

 ──激情が止めどなく溢れ、全身を震わせていた恐怖が調伏されていく。

 改めて拳を強く固く握りしめ、全霊の力を一点に集中させる。この一撃で勝利を掴むのだ──。

「うおおおおっっ────」

(すべてを守り通したいなら、力を示せ!何一つ失わない強さを──!)

 ”羅刹”の腹を目掛け、一直線に拳を押し出す。たとえ人機越しでもこの重さなら──

「──承認────」

 ──それは、二度と聞きくことはないだろうと半ば諦めていた機械音声。

 ──それは、完全ではないが己の右腕から発せられた相棒の解答こたえ

 ──すなわち、人機イカロスが再び俺を相棒として認め、俺の意志に同期したこたえた証。

 音声の途切れ際、途端に右腕が軽くなる。皮膚と一体化したような操作感、まさしく人機が同期した証拠である。そして、軽量化それに続くように──

 ギュイイィィイイ──

 とイカロスを飛行可能型ユニットたらしめる無数のファンが一斉に駆動し始め、さらに軽さが増す。

 それらのファンによる推進力は右ストレートの加速へと転換され、”羅刹”に拳が届いた時には”羅刹”を欠損させるまでに至っていた。

「おおっ──」

 猛烈に拳を加速させ、直線的な軌道から逸らせようとさえしてくるファンのパワーを抑制しつつ、”羅刹”の腹にイカロスの腕をねじ込み続ける。

 ギュイイ──

 と駆動し続けるイカロス。

 その推進力に押され、メリメリと音を立てながら”羅刹”は後ずさる。そして──

「おおらぁっ──」

 ──ズドォォーーーーン!!

 と”羅刹”が盛大に吹き飛び、爆破された壁とは反対側の壁に、爆音を響かせながら叩きつけられる。

 壁は大きく凹み、ずるりと垂れ下がってきた”羅刹”は意識が飛んでいるようだった。 

「”羅刹”!」

 ──と呼びかけながら、”スサノオ”が駆け寄る。

 そのまま”羅刹”の側にしゃがみこんだかと思うと、耳を口の付近へと近づけた。これで何の反応もなければ──

(仇討ちのために”スサノオ”が戦うかもしれない)

 という一同の憂慮は、当の本人のホッと息をつくような動作にかき消される。

 そして、”スサノオ”は”羅刹”を担いで立ち上がり──

「命に別状はなさそうだ。すまなかったな、”イカロス”とそのお仲間さん方。一方的に喧嘩を押し売りしちまって」

 と軽く頭を下げる。

「いや、こちらが煽ったのが原因だ。申し訳なかった」

 トーマスも頭を下げ、謝罪の意を述べる。

 それを軽く頷いて受け取った”スサノオ”は、崩れた家から這い出て、ちょうどそれと同時に再び口を開く。

「じゃあ、俺はこいつを病院に連れていく。次会ったら、敵でないことを祈るよ。それと、”イカロス”」

「ああ。こちらこそ。ところで、お前わざと──」

「皆まで言うな、”イカロス”」

「──わかった。借し一つだな」

「そうだな。──じゃあな、また会おう」

 左手をひらひらと左右に振りながら別れを告げ、”スサノオ”は去っていく。途中、息を切らしながら走ってくる弟子のベルとすれ違いざまに挨拶を交わし、やがて、その背中はスラムの中へと消えていく。

 それと入れ替わるようにベルが合流し、俺の手前で停止する。

「──ハァ──ハァ、せんせ──い!?」

 乱れた髪を掻き揚げるのと同時に語尾が上ずる。この惨状を見て大いに驚いたことだろう。あんぐりと口を大きく開けたまま、俺、風穴が開いた家、エミーとトーマス、俺......と代わる代わる視線を動かし、現状に対する疑問の答えを見つけようとする──も、何も分からなかったそうだ。

「な、何があったんですか??──」

 と口をパクパクさせながら問い、何事か──という動揺をありありと表現する。

「あー、その──端的に言うと、SPIRITの一人と戦った」

「へ?」

「おまえがさっきすれ違った人が、黒い人間大の機械を担いでたろ?それと一戦交えたんだ」

「そ、そうなんですね。でしたら、こうなるのも納得というか──」

 そう言いながら改めてベルは周辺を見渡す。

 崩れた家の破片、抉れた地面、傷だらけの師匠の体......、ベルの視界にも際限なく飛び込んでくるであろうありとあらゆる痕跡が、ここで起こっていたであろう死闘を証明している。

 一連のやり取りを経て、とうとうベルは納得したかのように軽く頷いた。

 そんな折に、トーマスが口を挟む。

「ありがとう、アルベルト。俺たちを助けてくれて」

「こちらこそ、俺が駆けつけるまでエミーを守ってくれてありがとう。あれの相手をするのはキツかったろうに」

「まぁな。──とはいえ、”スサノオ”が手を出してこなかったのは不幸中の幸いだったな。もし二人がかりで来られてたら、あんたが間に合うどころか一分もしないうちにお縄についてたろうぜ」

「だろうな。”羅刹”は新入りだから知らんが、”スサノオ”の実力は良く知っている」

「あんたでも”スサノオ”の相手はキツいのか?」

「いまの状態では、な。それに、”羅刹”にしたって、地の利で勝っただけだ」

「いやー、そうなのかー。ほんと、なら尚更、なんで”スサノオ”は加勢しなかったんだ?それとも、できなかったのか?」

(......いや、あいつに介入する意志は終始なかったぜ。”羅刹”の戦闘を黙って見守ってたのは、”羅刹”が倒されたときに治療を理由に俺たちを見逃すことができるから──だから、俺に向かって「ありがとう」なんて口にしたんだ)

 と声に出しそうになるが、「皆まで言うな」という”スサノオ”の言葉を思い出し、胸にしまう。

 むむむ、と悩むトーマスをよそに会話を切り上げ、この場に揃った全員に聞こえるよう声を張り上げる。

「みんな!無事だな?治療が必要な者は申し出てくれ!」

 無言の承認。それなら──

「なら、見回りを再開しよう!集合場所は変わらず、時間は今から1時間30分後に変更!」

「「「了解!」」」

 この返事を皮切りに俺たちは再び散開し、見回りを再開する。

 トーマスとの出会いに始まり、”羅刹”との戦闘を挟んだ面々は、既に疲労困憊である。重い足取りに、気落ちした顔、ひどい有様で予定の時間を少し過ぎた1時間45分後あたりに再開した頃には、お互いに笑いあう他にないほどフラフラで、見回りが必要なのはどっちだよ!──と思わずツッコミたくなってしまった──。

 

 

 

 



 




 


 

 





 


 

 

 

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