総理大臣は人間のクズ

しまかぜゆきね

1. 知塔スイは人間のクズ

 自分さえ良ければ良い。


 私がそう言えば、周囲は私のことをクズと呼ぶだろう。


 だが、私は本当にクズなのだろうか。


 賢い人間が他人のために行動するときとは、必ず自己の利益が見込めるときだ。


 無償の奉仕とか、献身とか、自己犠牲とか、そういうことをする奴らはただ頭が悪いだけだ。それで「オレ、良い事したなぁ」と一時の快楽を得たいだけのバカである。


 私はそうはならない。賢い人間は、自己の利益を最大化する。

 だから私は例えクズと呼ばれようと、他人を蹴落とし自分だけの勝利を追求するのだ。


 そのために、努力もしてきた。


 日本の一般家庭の長女として生まれた私は、友人も作らず勉強し、東大法学部に入り、財務省主計局に入り、与党・自由国民党に入り、そして25歳で国会議員になった。


 そう、私は総理大臣になり、日本の頂点、最高権力者となるつもりだ。


 そんで、側近に靴を舐めさせる。


 私の名前は知塔ちとうスイ。


 私は今年、1年目にして総理大臣補佐官に抜擢された。


 それが地獄の始まりだとは、知りもしなかった。



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 私、知塔スイは新人議員にして総理大臣補佐官に抜擢された。


 今の総理大臣は憂世うきよチトセ24歳。史上最年少の女性総理大臣である。


 名家出身で、親・祖父・曽祖父が有力国会議員の世襲4世。旧皇族の流れも汲んでいる。


 周囲の長老議員に持ち上げられ、あれよあれよという間に総理大臣へ。

 

 議員の間では操り人形だの軽い神輿みこしだのと散々言われているが、国民人気は高い。


 若く美しい外見、歯切れの良い発言、意外に手堅い政策が評判だ。


 ともかく、私はその人の側近に任命されたのだ。


 しかしピュアなチトセ総理には悪いが、正直、私に忠誠心などない。


 だまし、取り入り、そして寝首をかいて私が総理になるための道筋を築くつもりだ。


 なんなら、総理をそのまま私の操り人形にしてまっても良い。


 いずれにしても、私は最高の権力を手に入れるのだ。


 そんで、部下に靴を舐めさせる。


 そんなことを考えながらデスクワークをしていると、部屋の外から呼ぶ声がした。


「知塔さん」


 この声は、前任の穂萎ほしなさんだ。


「はい、今出ます……っどうも穂萎さん」


 扉を開け、挨拶をする。


「あ、知塔さん。よろしくお願いします、穂萎です」

「知塔です。こちらこそよろしくお願いします。それで……ご用件は?」

「はい。まずは、就任おめでとうございます。それでなんですが、総理が会いたいと言っているそうなので、その伝言に」

「なるほど。あるがとうございます」


 話を聞くと、どうやら初仕事……総理と初めての打ち合わせが行われるようだ。

 もちろん面識はあるものの、しっかりと話すのはこれが初めて。


 私は穂萎さんに案内してもらいながら、総理執務室に向かうことになった。

 廊下を歩きながら雑談をする。


「そういえば、穂萎さん。今回は補佐官が私だけなんですね」

「…………そうですね」


 なんだ、その間は。

 穂萎さんは目を逸らしながら続ける


「まあ、色々大変だと思いますが……本当、大変だとは思いますが……まあ、もし思い詰めるようなことがあったら無理せずに……」


 よほど激務らしい。


「大丈夫です。私はこれまでどんなに辛くても努力してきたんです。忍耐力には自信があります」


 私はそう言って穂萎さんを安心させる。

 そんなことを話している間に、執務室前に着いた。


「わざわざありがとうございます、穂萎さん」

「いえ、お礼は……それよりも、私を恨まないで……私はただ言われた仕事をやっただけなんです……」


 執務室に近づいた途端、穂萎さんは様子がおかしくなりブルブル震え出す。


「ど、どうしました」

「いや……いや……総理ぃ!! そんなことしたらだめええええ!!」


 どんどん顔面蒼白&目が虚になった穂萎さんは、最終的に「ぎゃあああああ!」と発狂してどこかへ走って行った。

 ……なんだ? 総理にえっちなことでもされたのか?


 だが、私はどんなことをされようと屈しない。

 むしろ総理を私の操り人形にしてやる。


 私は頭をフル回転させながら、執務室の扉をノックする。


「入れ」


 総理の声がした。子供みたいな声だ。


「失礼します」


 私が中に入ると、総理はフカフカの椅子に座ってこちらを見ていた。

 実際目の前にすると、小柄な体型・ショートカットの髪型・童顔で、本当に中学生のようだ。

 私から挨拶をする


「内閣総理大臣補佐官を拝命しました。知塔スイです」

「総理大臣の憂世チトセだ。ま、座りたまえ」


 促されるまま、私は総理の前に設置されたソファに座る。

 それを見て総理が、首を横にふる。


「違う。ここに座れ」


 そう言って指さしたのは、総理の席の前の地べただった。

 私はますます脳内をフル回転させる。意味がわからないからだ。


「それはどういう……」

「いいから」


 言われるがまま地べたに座る。


「総理……それで……」

「よし」


 私が座るのを確認し、総理は言う。


「靴を舐めろ」


 私の脳内回転に、ABS急ブレーキが作動した。


 総理大臣私の上司は、頭がおかしいのかもしれない。


 そう思った。


 しかしこれが序章に過ぎないことを、私はまだ知らなかった。

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