第1話:一ノ瀬直也の元カノ?

――どうやら、やはり、この隣の二人は五井物産のITセクター所属らしい。

しかも名前が聞こえてきたぞ。


「……玲奈、あなたはどう思うの?」

「あら亜紀さん、そんなの決まってますよ。麻里さんは“元カノ”ってカードに加えて、DeepFuture AI日本代表の看板を振りかざしてこちらに食い込んでくるんでしょうね」


(おっと。玲奈に亜紀、か。なるほど、ウチの本社でも名前を聞いたことがあるぞ。一ノ瀬直也と一緒に動いている敏腕とかって言っていたな。……って事は、やっぱり只者じゃないな、この二人)


玲奈と呼ばれた女が、シャンパンが入ったグラスを軽く回しながら続ける。

「直也としても、表向きDeepFuture AIの名前を出されたら無視はできませんよね」


(……ちょ、待て。DeepFuture AIだと? あの次期ビッグテック候補って言われてる連中か。ウチも出資交渉くらいは試みたけど、まったく相手にされなかったな。五井物産が大きく出資しているって話しは聞いていたけど、もうそこまでの関係性なのかよ)


DeepFuture AIは次期ビッグテックの筆頭とされているAgentic AI領域の雄だ。もう実態はスタートアップって感じではない。完全にユニコーンだ。……もちろんモビルスーツの話じぁないぞ。


亜紀と呼ばれた女がため息まじりに言い放つ。

「あれはチートでしょう。元カノってのが何よりも気に入らないのよ。大体、直也を信じきれなくて別れたって経緯があるのに」


(……は? 元カノ? DeepFuture AIの日本代表が五井物産の一ノ瀬直也の元カノってことか? 何だそりゃ。どんな昼ドラ展開だよ。っていうか、日本法人できるのかよ。マジか、そりゃ大変なニュースだな)


玲奈が静かに頷いた。

「でも、それは空港ラウンジで“水に流す”ことになってしまったんですからね」


亜紀がグラスを置き、声を荒げる。

「あの持ち出し方が卑怯なのよ。DeepFuture AI日本代表宣言の直後にあんなことされたら、絶対許さないって言ってやったのに!」


(……は? 宣言直後に何かあったのか? ん? ん? まさか……)


玲奈が少しだけ目を細める。

「でも……高級ラウンジでキスするなんて、不意打ち過ぎますよ」


(……ラ、ラウンジでキス!? オイオイオイ。お前ら冷静に喋ってるけど、それ会社の“キーマン”と“元カノ”の修羅場だろ? 案件の話じゃなくて完全に恋バナじゃねぇか!)


亜紀が首を振り、吐き捨てるように言う。

「直也くんも甘すぎ。元カノだからって。終わったままでいいのに、なんでまた始めることになってるのよ」


玲奈が苦笑いした。

「それはAAC代表夫人の美沙さんのアドバイスですから……。ステークスホルダーにそう言われたら、何も言えません」


(AACって、あの“Agentic Ad Companion”の提供で急激に成長している会社かよ。あそこも全く相手にしてくれないのに、五井物産は関係が深いってのか?代表夫人まで絡んでるのかよ。もう人間関係がぐちゃぐちゃじゃねぇか。何がなんだかサッパリ分からねぇぞ)


亜紀は真剣な表情で言う。

「もう麻里はあまりにも危険。ここは玲奈と私で腹を割って相談するしかないと思うの」


「ほお。……承りましょう」玲奈シャンパンを傾けながら応じる。


(……え、なんだこの流れ。これはドロドロの展開か?)


案の定だ。

「WW1の際の英仏協商みたいなものよ」亜紀が切り出す。「利害は違えど、共通の敵に対抗するために事実上の“同盟”を組む」


(ん?そのDeepFuture AI日本代表の麻里って女がWW1時点のドイツって事か?恋バナで持ち出す話しとしては、やけに色気がなさすぎだろ)


玲奈も頷く。「戦国の“合従策 vs 連衡策”ですね。秦を前にした列強の選択。あの構図そのものです」


(おいおいおい……恋バナを戦国の七雄で例えるなよ。何だこのバリキャリ女子たち。例え話があまりにも歴史ネタすぎてついていけねぇぞ。幼女戦記とかアーリーキングダム好きにしか分からねぇぞ、コレ)


二人の声が重なる。

「結論は一つ――一時的にでも“同盟”するしかないわね」


(……マジかよ。直也ってヤツ、仕事ができるクセに女にもモテるとか。なんなんだ、そいつは。許しがたいヤツだな。しかし、こりゃ完全にこの二人にターゲットにされてるな)


そして、気付けばまた――。

「今度は赤ワインお願いします」

二人はさらりと追加オーダー。


(おいおい……プレエコでシャンパンに次いで、今度はワインかよ。やっぱりこの二人、酒強いわ。流石だな……)

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