第八節 未来への愛文代筆

 焼け跡の街には、少しずつ活気が戻りつつあった。

 新しい市場の声、木造家屋の再建の音、ラジオから流れるジャズ――小さな音たちが、街に未来を告げている。


 舞は古い長屋の縁側に腰を下ろし、手元のノートを開いた。静かに筆を取る。


――料理と言葉は、未来を繋ぐもの。


 そう、今は確信していた。

 焦げた芋の香り、酸っぱい梅干しの余韻、甘いチョコレートのひとかけら。すべては過去の記憶としてだけではなく、誰かの心に届けることのできる「言葉」となり、未来へと繋がれていくのだ。


 舞はノートに、いつか誰かが目にしてくれることを願い、愛文を書き込んだ。


――――――――

拝啓 未来で生きるあなたへ

 

 この手紙を読むあなたの舌にも、かつて誰かが感じた味の記憶が、そっと宿りますように。

 焦げた芋の香り、酸っぱい梅干しのひと口、甘いチョコレートの溶ける瞬間。それらはただの味ではなく、愛や祈り、日々のささやかな幸せの証です。

 どうか、その味を思い出し、あなたの未来を支える力にしてください。


敬具

 愛文代筆屋 有馬舞

 

――――――――

 縁側の向こう、夕陽が長屋の壁を茜色に染め、落ち葉の上に長い影を落としている。舞は深く息を吸い、街の音に改めて耳を澄ませる。

 子どもたちの笑い声、鍋をかき混ぜる音、再建の槌音――すべてが、未来への手紙の旋律へと重なっていくようだ。


 舞は静かに微笑んだ。

 味は記憶を呼び覚まし、記憶は言葉へと生まれ変わる。

 そして、言葉は見知らぬ誰かの心に届き、時を越えて愛を繋いでいく。


 縁側に漂う夕餉の匂いに包まれながら、舞はそっと目を閉じた。舌が覚えたひとしずくの味は、これからも人の心に寄り添い、未来を生きる誰かを温め続けるだろう。

 味覚から始まった愛文代筆は、これからも未来を結ぶ架け橋として……。


 ――完――


 ーーーーーーーーーーーーー

 ◼️本作品はフィクションであり、実在の人物・発言等とは一切関係ありません。

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余韻【肆】 ー未来への愛文代筆(味覚)ー 枯枝 葉 @kareeda-you

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