僕たちはニセモノ
白神小雪
第1話 出逢い
東京・練馬区光が丘。
巨大な団地群の灯りが遠くでまだらに瞬き、夜の気配が濃く沈んでいる。日付が変わろうとしている時刻、都立光が丘公園はまるで時を止めたように静まり返っていた。
俺、田柄唯二は、耳にイヤホンも入れず、ただ無言で公園の遊歩道を歩いていた。日課の深夜散歩。
講義を受けても頭に残らず、バイトに入っても心は空っぽ。そんな繰り返しの一日を終えると、どうしても歩かずにはいられなかった。
「……今日も、何もなかったな。」
自嘲のような吐息が、夜気に溶けて消える。
大学三年。そろそろ就活の話が周囲から聞こえ始める。けれど自分には夢もなく、特別な能力もない。哲学科に身を置いているが、議論にも積極的に参加せず、気付けばノートの余白に落書きばかりしている。
そんな自分を、俺は「空っぽの殻」だと感じていた。
足を止め、ふと夜空を仰ぐ。都心から少し離れたこの場所でも、星は薄ぼんやりとしか見えない。
だが――その瞬間だった。
「やあ、唯二。」
背後から声がした。
驚いて振り返ると、街灯の淡い光の中に、一人の青年が立っていた。
見慣れた背丈。見慣れた顔。――鏡に映したように、まったく同じ。
心臓が跳ねた。言葉が出ない。
「やっと出逢えたね。」
その男――いや、“もう一人の自分”は、ゆっくりと歩み寄ってくる。
瞳の奥は、唯二よりも深く澄んでいて、何かを見透かすような鋭さを帯びていた。
「俺はカゲ。……いや、君自身でもある。」
頭の中が真っ白になる。理解が追いつかない。
だが確かにそこに立つのは、自分と寸分違わぬ存在だった。
「唯二。君が“本当の自分”を見つけたとき――どちらかが消える。そういう決まりなんだ。」
夜の静寂を裂くように、その言葉ははっきりと響いた。
俺は唇を震わせ、ようやく声を絞り出す。
「……ニセモノは、どっちなんだ?」
カゲは笑った。
そして囁くように言った。
「それを探す物語が、今から始まるんだよ。」
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