第6話産業廃棄物
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### 最終話:午前0時のシンデレラ
あの「最終処分」から、半年が過ぎた。
夫だった男、マサは、この世から完全に"消えた"。物理的にも、社会的にも。戸籍の上ですら、彼はもう存在しない。関東桜満開組の力をもってすれば、一人の人間を「初めからいなかったこと」にするなど、造作もないことだった。
私は、完全に廃棄処分したはずだった。
水曜の夜。私は一人、高級マンションのリビングでワインを飲んでいた。組の仕事も母に任せ、今は穏やかな毎日を過ごしている。全てが元通り…いや、"ゴミ"がなくなった分、以前よりもずっと快適な生活だ。
テレビからは、どうでもいい深夜のバラエティ番組が流れていた。
『さあ、続いてのコーナーは!「人生やり直し!午前0時の生懺悔(なまざんげ)」!今夜の挑戦者は、この方です!』
画面に映し出されたのは、みすぼらしい作業着を着て、土下座する男の姿だった。顔には汚れたモザイクがかかっているが、その情けない声、その惨めな丸まった背中は、半年経っても忘れるはずもなかった。
マサだった。
『僕は…僕は、とんでもない過ちを犯しました…。愛する妻を、何度も裏切ってしまったんです…』
彼はテレビカメラの前で、これまで犯してきた全ての愚行を、一つ一つ涙ながらに告白し始めた。風俗嬢とのツーショット写真。抜けなくなった合鍵。懲りずに繰り返した嘘。そして、その度に妻から与えられた、地獄のような罰の数々。
スタジオは騒然とし、司会者は必死に彼を止めようとする。
『ちょ、ちょっと待ってください!その話、コンプライアンス的に大丈夫なんですか!?』
しかし、マサは止まらない。彼は全てを失った今、最後の望みを賭けて、この公共の電波という手段に打って出たのだ。
『ユキコ…!もし、これを見ているなら、聞いてくれ…!』
彼は顔を上げ、モザイクの奥から、まっすぐにカメラを見つめた。
『済まなかった…!俺が、俺が全部、馬鹿だったんだ…!もう浮気は二度としない!だから…どうか、許して下さい!愛してます!』
その絶叫は、哀れで、滑稽で、そして、ほんの少しだけ、私の心を揺さぶった。
でも、私にはまだ、人の心が残っていたようで。
あの産業廃棄物。
最期の最期まで、私に迷惑をかける。
テレビの中の彼は、シンデレラのように、午前0時を過ぎれば魔法が解けることを願っているのだろう。許しという名のガラスの靴が、自分のもとに届くことを。
私は、彼の懺悔を聞きながら、静かに涙を流していた。
鼻をかみ、テーブルの上に置いていたスマートフォンを手に取る。
そして、一本の電話をかけた。相手は、このテレビ局の筆頭株主でもある、"親戚"の叔父さんだ。
『もしもし、ユキコか。どうした?』
「叔父様、ごめんなさい。今、そちらの局で生放送中の番組なんだけど…」
私は涙声で、しかし、はっきりとした口調で告げた。
「**うちで飼ってた"ペット"が逃げ出しちゃって。ええ、もう二度とないように、きちんと"処分"しますから。…ご迷惑をおかけしました**」
電話を切る。
私は静かにリモコンを手に取り、テレビの電源をオフにした。
画面が真っ暗になり、マサの姿も、声も、全てが闇に消える。
「さあ、お風呂はいろっと」
私は立ち上がり、バスルームへ向かう。
これで、本当に、全て終わり。
私の涙は、彼への同情や憐れみから来るものではなかった。
ただ、完璧に処分したはずのゴミが、最後の悪臭を放ったことへの、後始末の面倒くささに対する、苛立ちの涙だった。
お気に入りのバスボムを湯船に溶かすと、甘い香りがふわりと立ち上った。
私の新しい人生が、今、始まる。
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