第8話 おっさん、海賊に襲われる
オースネスの村を出て数時間後、一行は村の北にある港に到着した。日はもうとっぷりと暮れている。
「ここからヤーパ行きの船が出てるはずだけど……」とミナは見回したが、港は火が消えたように静かだった。
船員の一人が近づき、申し訳なさそうに言った。
「お前ら、船に乗りたいのか?すまねえ、今は夜になると航路上に不気味な海賊が現れて、船が沈められるって話なんだ。出航は明日朝になるぜ」
「ふむ、海賊が……」ガルドは腕を組む。
「どうする?出発は明日にする?」
「いや、どうせなら俺たちで倒してやろうぜ、海賊」
リリスに聞かれたガルドはそう答えると、ポケットから召喚ボールを出し、放り投げた。「サイエン、召喚!」
光が弾け、白衣のサイエンが現れる。
「おこんばんはですぞ! 今日はなんの用ですかな?」
ガルドは事情を説明し「サイエン、急で済まないが船は作れないか?」と尋ねるが、サイエンは眼鏡を光らせ、首を振った。「出来ないことはないですが……船はさすがにワタシ一人じゃ時間がかかりすぎますな」
「時間がかかるって、どのくらいだ?」
「3日、というところですな」
「そんなに……」ガルドが腕を組み、唸る。
サイエンはため息をついた。
「気が進みませんが……ディララを呼ぶしかありませんな」
ガルドが「今お前を召喚中だが、このボールで複数人を呼べるのか?」と聞くと、サイエンがニヤリと笑ってポケットから金属のパーツを取り出した。「今の状態だと厳しいですが……ちょうど、召喚ボールのアップグレードパーツを作成していたところですぞ! これを!」
彼女が「M」字形のパーツをボールに取り付けると、ボールが紫色に輝いた。「これで複数召喚が可能になりますな!」
「M……マスター……」ミナが呟きかけ、ガルドが慌てて遮った。
「おい、ミナ! 変なこと言うな!」
「これはマルチプル(複数)、のMですぞ。決してマスターではございませぬぞ」サイエンが念を押す。
サイエンがボールを手に、ディララを召喚する。「ディララ、カモーン、ですぞ!」紫の光が弾け、褐色の少女ディララがめんどくさそうに現れた。「なんやねん……って、ねぇちゃーん!」ディララはサイエンを見つけ、目を輝かせて駆け寄り、キスを狙う。サイエンは華麗に身をかわし、「ディララ、 この方たちの船を作るのを手伝って欲しいですぞ!」と頼んだ。
ディララは唇を尖らせつつ、「ねぇちゃんの頼みなら、しゃあないな! 3時間で作ったるさかい、後で来てや!」と請け負った。ガルドが「3日はかかるんじゃ……」と呟くが、ディララは「3時間で充分言うてるやろ!」と笑い、港の作業場に消えた。
「おっちゃーん、ちょっと造船所貸してんかー!」遠くからディララの大声が聞こえる。
ガルドは「一旦街へ戻るか」といい、踵を返した。
数時間後、日は既に落ち、空には星が輝いている。一行が港に戻ると、中型の蒸気船が完成していた。木と鉄の船体は滑らかで、煙突から蒸気が漏れ、甲板には操縦席が備わる。ガルドが感心して呟いた。「すげえ…こりゃ本物の職人技だ」
「ええやろ!ねぇちゃんとの共同作業、自信作やで!ちなみに船のデータ取りしたいから、ウチらも乗るで!」ディララが胸を張り、サイエンが「うむうむ、絶好の研究機会ですな!」と続けた。一行は二人を加え、夜の海へ出航した。
海上は静かで、星空が水面に映り、煌々と輝いている。ディララが操舵し、横でサイエンが彼女に話しかけながら真剣な顔でデータを取っている。ガルドは甲板に立ち、前方の見張りを行う。ミナとリリスは左右の海面を監視し、波の音だけが響く。と、しばらく航行していた蒸気船の周囲に、突如霧が漂い始めた。ガルドが目を細め、「霧!前方に…明かりだ!」と叫んだ。
霧のかかった海上に、ぼんやりとした灯りがぽっぽっぽっ、と増えていき、あっという間に視界を埋め尽くしていく。
「右にも灯り!」ミナが報告する。
「左にもよ! 近づいてくる!」リリスが杖を構えた。
灯りは小舟から発せられていた。ギィギィと不気味なオールの音を立て、乗っているのは海賊服をまとった骸骨だった。骸骨たちが持つ松明が怪しい光を放つ。正面にひときわ巨大な帆船が出現し、船長らしき骸骨が剣を掲げてガラガラの声で叫んだ。「我は『キャプテン・ウェッソ』! ここを通る者はみな沈めてやる!」
「来たな海賊野郎!」
「ふん、一斉攻撃!」
船長の合図で骸骨海賊たちが矢を射掛けてくる。
「かかって来い!【鉄壁】!」
ガルドは光の壁で矢を弾く。
「やらせない!」
リリスは正面に炎の障壁を展開し、矢を燃やして防ぐ。
「【土壁瓶】!」ミナが瓶を割って岩盤の壁を発生させ、海賊の矢を弾く。
ガルドは召喚ボールを投げ、「キャノ、出てこい!」と叫ぶが、ボールから冷たい声が流れる。「只今、召喚に応じることができません」
「な!? ナスタ! メロ!」ガルドが次々と呼び出すが、「召喚に応じることができません」と繰り返される。「くそ、なんでだ!?」
リリスが【烈焰弾】を放ち、ミナが【爆発瓶】を投げ、「くらえ!」と爆炎で海賊を撃退していく。ガルドは剣を振るい、飛び乗ってくる骸骨を斬り倒す。「だめだ、数が多すぎる……【鉄壁】が切れる……!」
その時、海から轟音が響き、ディララのゴーレム『コステベク』とサイエンの『サイエン29号』が水面を突き破って現れた。
「遅れてすんまへん!」ディララが額のライトを光らせた「コステベク」で矢を弾き、ハンマーを振り下ろして小舟を沈める。サイエンが「これが科学の力ですぞ!」と鋼鉄の拳で骸骨を豪快に粉砕する。二人は海上を疾走するゴーレムを駆り、海賊達の小舟を次々と沈めていく。
「いいぞ!二人とも!」
ガルドは鋼鉄の巨人たちに喝采を送る。
「遅れました、であります!」キャノが翼を広げ、紫の光から現れる。「メロ、参上!」「ナスタ、来たぜ!」メロとナスタも続けて召喚され、海賊船に立ち向かう。
ガルドが指示を飛ばした。「よし、キャノ、リリスを背中に乗せてくれ!リリスは空から火炎で砲撃! ナスタ、周辺の海を凍らせろ! ミナ、凍結を冷凍瓶でサポート! メロ、俺を船長の海賊船まで連れてってくれ!」
キャノが「リリス殿、乗ってください!」と翼を広げる。「ええ、行くわよ、キャノ!」リリスはキャノの背中に乗って空を舞い、空中から火炎弾を放つ。ナスタが「【レドーニャ・ブリズ】!」と海面を凍らせ、小舟を足止め。ミナが冷凍瓶を投げ、「これで動きを止める!」と氷の刃で海賊を串刺しにする。メロが水流で飛ぶボディボードを生成。ガルドを乗せ、「行くよ!」と海賊船へ突進した。
「ここまで乗り込んで来るとは!わざわざ死にに来たか!」
「死ぬのはお前の方……ってもう死んでるか!」
海賊船の甲板で、ガルドとメロはキャプテン・ウェッソと対峙した。ウェッソはボロボロの海賊服に身を包み、錆びたカットラスを振りまわす。
「夜の海は我が領域! 貴様らを海の藻屑にしてやる!」骸骨の眼窩に瘴気が揺らめき、剣から黒いオーラが滲む。
ガルドが【鉄壁】を発動し、「てめえを、沈める!」と鉄鎧を輝かせ、カットラスの一撃を弾く。そのまま横薙ぎに剣を振り、ウェッソの体を両断した。
「やったか?」ガルドが叫ぶ。
だがバラバラに崩れても、瘴気が瞬時にキャプテン・ウェッソの骨格を再構築していく。
「何!?」
「ハハハ! 我は夜の間は不死身!攻撃は無駄だ!」
復活したウェッソが嘲笑い、カットラスの連撃を加える。ガルドはキャプテン・ウェッソの剣撃を防ぐが、衝撃で膝が沈む。「くそ、一撃が重い!」
「【水竜の弾丸】!」とメロが水の弾を放ち、ウェッソの腕を狙う。「動きを止めるよ!」水が骨を直撃するが、強力な瘴気が水を弾き返す。
「水ごときで我を止められるか!」
彼がカットラスを振り上げ、【鉄壁】が切れたガルドの肩に浅い傷をつける。
「こいつ!」
ガルドは剣を振り回し、ウェッソの体に連続斬りを浴びせた。骨が飛び散り、瘴気が乱れるが、すぐに骨が再生する。
「ハハハ! 無駄だと言ったろう!」
ウェッソがカットラスを振り下ろし、鎧を直撃する。
装甲が軋み、ガルドが後退する。
「貴様の命、いただく!」
「ガルドさん、避けて!」とメロが【水竜の弾丸】を連射。ガルドが横に跳び、キャプテン・ウェッソに弾が命中する。ウェッソがよろけた隙にガルドが剣を構え直し「メロ、瘴気を乱せ!」と指示する。
メロが「【浄水の螺旋】!」と青い水流を螺旋状に放つ。水がウェッソの瘴気を剥がし、骨の動きが鈍る。「なんだ、この水は!?」ウェッソが驚く中、ガルドが突進し、剣を骸骨の中心に突き刺す。
「これで、どうだ!」
瘴気が揺らぎ、骨が崩れるが、また再生。
「夜の闇がある限り、我は滅せん!」
ウェッソが高笑いしながらカットラスを振り、ガルドを甲板の端に追い詰める。
「我が不死身なのは夜だけだが、まだ夜明けまで数時間はあるだろう。果たして貴様の体力が持つかな?カハハ!」
ガルドが【鉄壁】を再発動し、「くそ、しぶとい!」と剣で応戦。ウェッソの剣撃が速くなり、ガルドの剣にひびが入る。「この程度か、貴様!」ウェッソが笑い、瘴気の刃を追加で生成する。ガルドは二刀流の攻撃を【鉄壁】で防ぐが、腕に衝撃が走る。「ちっ、まずい…!」
その時、甲板に一筋の太陽光が差し、キャプテン・ウェッソが驚いて夜空を見上げた。夜空に、太陽の光が輝いている。
「バカな、太陽の光だと!」
「名付けて【天破の水鏡】! 宇宙に水の鏡を作って、遠くの太陽光を反射したよ!」光がウェッソを照らし、瘴気が蒸発し始める。
「な、なんだ!? この光は!」
骸骨が震え、動きが鈍る。
ガルドは「よくやった、メロ!」とウェッソに飛びつき、腕を掴んで動きを封じる。
「キャプテン・ウェッソ、動くな!」
メロが「テラハ、決めるよ!」と光を集中させ、太陽光が骨を直撃。瘴気が溶けるように消えていき、キャプテン・ウェッソが断末魔の悲鳴を上げる。「ぐああっ! 闇が……消える!」骨が砕け散り、瘴気は完全に蒸発。ウェッソは跡形もなく消滅した。
同時に、小舟に乗った子分の骸骨たちも一斉に灰に変わっていく。
キャノがリリスを乗せて「任務完了、であります!」と空から降りてくる。
ナスタが「ふん、ミナ、なかなかやるな」と拳を鳴らし、ミナも「ナスタさんさすが!」と笑い返して、二人はタッチを交わす。
ディララはコステベクから降り、「ねぇちゃん、ええ仕事したな!」と胸を張り、サイエンも「 よくやりましたぞ、ディララ!データ収集完了ですな!」と眼鏡を光らせる。
「ほんじゃ、またな!」
ガーディアンたちは紫の召喚ボールに触れ、次々に光となって帰還した。
サイエンは最後に残り、ボールの再調整を行う。
「ふむむ、あれだけの大人数を召喚するのはまだ負担が大きいですな。最大呼べるのは三人、いや二人と思ってくだされ」
「覚えとくぜ」
ガルドが応じ、サイエンも研究所に戻っていった。
数時間後、朝日が海を照らし、ガルドが甲板から叫んだ。「陸地だ! 炎の国ヤーパだ!」船はヤーパの港へ滑り込み、炎の試練が待つ大地に一行は降り立った。
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