第6話 おっさん、ロボへ乗せられる

ガルド、ミナ、リリスは、ヴェンティアを後にし、土の町トプラ・トプラを目指して旅を続けていた。道中の景色は、緑豊かな丘陵地帯から次第に変わり、砂と岩が広がる荒野へと移りゆく。陽光が岩肌を焼き、風に舞う砂粒が肌を刺す。ガルドはミナとリリスの後ろを歩きながら、思わず一人ため息をついた。



「ゼクスたちのこと、考えてんの?」リリスが振り返り、赤毛を揺らしてガルドを見た。彼女の青い瞳が、優しく輝く。

ガルドは剣の柄に手を置き、目を伏せた。

「……ああ。あいつらが俺を追放したのは、銀狼の牙の戦い方を大きく変えるためだから仕方ないって、自分を無理やり納得させてた。あいつらが効率的な戦法を見つけたなら、それでいいって思ってた。なのに……どうしてこんなことになったんだ。俺はどうすればよかったんだ」

彼の声には、かつての仲間への複雑な想いが滲んでいる。「どうして『昔、仲間だったことを誇りに思えるパーティ』でいてくれなかったんだ……」



ミナがガルドの横に並び、亜麻色のツインテールを揺らして言った。「ガルドさん、お人好しすぎるよ。あいつらが賊になったのは、自業自得だよ! ガルドさんが悪いんじゃない!」彼女の緑の瞳は真っ直ぐで、励ますように笑う。



「でも……」ガルドが言いかけた瞬間、ミナが彼の手を引っ張った。「あ! トプラ・トプラが見えてきたよ! 行こ、ガルドさん!」彼女は駆け出し、ガルドの手を握って走り出す。

「お、おい、ミナ!」

その光景を見て、リリスも笑いながら後を追った。



トプラ・トプラは、太陽の光眩しい、活気あふれる街だった。乾燥レンガでできた家々が連なり、褐色の肌の人々が色鮮やかな布をまとい、市場を往来する。蒸気と鉄の機械がゴウゴウと音を立て、人々の活気に華を添える。街角では蒸気ポンプが水を汲み、鉄製の歯車がカタカタと回る。スパイスと焼いたパンの香りが空気に混ざり、砂埃が薄く舞っていた。



「土の大精霊様、どこにいるんだろうね?」ミナがポーチを握り、キョロキョロと辺りを見回した。

「さあな。聞き込みでもするか」ガルドは市場の人波を眺めた。

リリスが杖を手に、ふと立ち止まった。「ねえ、あの看板!」彼女が指したのは、大きな木製の看板だった。そこには、明らかに「土の珠」のような丸い魔石と、矢印が描かれている。三人が近づくと、看板にはトプラ語で文字が刻まれていた。



リリスは眉を寄せ、つぶやいた。「この地方、昔から資源と資金に恵まれてて、他と貿易する必要が少なかったのよ。だから今も統一語じゃなくて、トプラ語が主流なの。……私の知識でも読めるのは…『ドゥニャ=デメヌ』と『ゴーレム』くらいかな」

「ドゥニャ=デメヌ? ゴーレム、は分かるけど……」ミナが首をかしげた。

「とにかく矢印の方向に行ってみようぜ」ガルドが剣の柄に手を置き、先に立った。三人は看板の矢印に従い、砂埃舞う大通りを駆け抜けた。市場の喧騒を抜け、蒸気機関の煙をくぐり、通りを進むと、巨大なコロシアムが姿を現した。



コロシアムの外壁は赤茶色のレンガで、円形の構造物が空に向かってそびえたっている。入り口には人が群がり、興奮した声が響き合う。まるで祭りのような熱気だ。ガルドは入場ゲートで統一語版のパンフレットを手に取り、開いた。



「『ドゥニャ=デメヌ』は『土の試練』って意味だってさ。参加料を払って、ガーディアンのディララとゴーレムバトル。勝てば『土の珠』がもらえる。……当然ながら、ディララは今まで無敗らしいぜ」



「試練を金儲けの道具に使うなんて、ふざけてる!」ミナが頬を膨らませ、ポーチを握りしめた。

「参加料とチケットはいくらだ?」ガルドが受付の男に尋ねると、男はトプラ訛りの統一語で答えた。「へい、まいど! チケットも参加費も、3000ディネルやで!」

「高っ! お菓子のデリシャス棒が300本買えるぞ!」ガルドが目を丸くすると、リリスが苦笑しながら突っ込んだ。「おっさん、例え方が古臭いよ」



「それはそうと、持ち合わせなんてねえぞ」ガルドがミナと顔を見合わせてうつむいた。すると、リリスがローブの内側からサッとカードを取り出し、受付に差し出した。「3枚、チケット頼むわ」彼女はあっさり購入し、ガルドとミナに1枚ずつ渡した。

「さすが王都育ち、太っ腹だな!」ガルドが感心すると、リリスはニッと笑った。「ま、王都の魔法使いは伊達じゃないってね」



コロシアムの中は超満員だった。円形の観客席は熱狂する人で埋まり、砂の闘技場に陽光が降り注ぐ。中央では、丸い胴体に短い手足がついた奇妙なゴーレムが向かい合っていた。

ガルドがパンフレットを手に説明した。

「このゴーレム、中に人が入って操縦するんだとさ。動きは操縦者の技量次第か」



挑戦者『アイアンナイト』のゴーレムは、西洋の兜に手足がついた騎士風。鉄の装甲が鈍く光り、両手に剣を握る。対するチャンピオンのゴーレム『コステベク』は、モグラのような尖った顔で、左手に巨大なドリル、右手にハンマー状の拳を持つ。



試合開始の銅鑼が鳴り響いた。アイアンナイトが先制、スキル【連撃】を発動し、疾風のような速さでコステベクに斬りかかる。剣撃がコステベクの装甲を叩き、火花が散る。観客が沸き立つが、コステベクは微動だにしない。モグラ型のそのボディには傷一つ付いていない。



コステベクが右のハンマーで地面を殴った。ズドンと鈍い音が響き、闘技場が激しく揺れる。アイアンナイトが砂に足を取られ、動きが鈍る。

コステベクは地面を掘り、地中を潜航する。次の瞬間、挑戦者の真下からドリルが突き上がり、アイアンナイトの胴体を貫いた。挑戦者のゴーレムが火花を散らし、崩れ落ちる。大歓声がコロシアムを揺らした。



「す、すごぉい……」

ミナが目を丸くし、ポーチを握りしめた。

「ディララのゴーレム、化け物ね」

リリスも杖を握りしめる。

ガルドは剣の柄に手を置き、呟いた。

「俺たちも参加しなきゃだが……その前にまず、ゴーレムを探さなきゃな」

コロシアムの熱気は収まらず、既に次の試合の準備が始まっている。ガルドはミナとリリスのほうを振り向いた。「絶対ディララを倒して、土の珠を手に入れるぞ」

二人は真剣な顔で頷いた。



コロシアムを出て、市場を通りながらガルドはミナとリリスに言った。

「ディララのゴーレム『コステベク』に対抗するには、俺たちも操縦型のゴーレムが必要だ」

「でも、ゴーレムってどこで手に入れるの?」ミナが首をかしげた。

ガルドはポケットからボールを出し、ニヤリと笑った。「ロボのことなら、まずあいつに聞いてみようぜ」



三人は、トプラ・トプラの中央にある公園へ向かった。乾燥レンガに囲まれた小さな緑地には、砂埃を避ける木陰がある。三人は木の下に腰を下ろし、ガルドがボールを投げた。光が弾け、白衣のサイエンが現れる。「ドゥフフ! ごきげんよう! なんの用ですかな?」

だが、サイエンは周囲を見回し、血相を変えた。

「ここはト、トプラ・トプラ!? ワ、ワタシ、急用を思い出したので帰りますぞ!」彼女は踵を返そうとしたが、ガルドが腕をつかんだ。



「おい、待て! ゴーレムの話があるんだ!」

「ご、ゴーレム!? いやいや、ワタシ、忙しいので!」

サイエンがじたばたする中、ドサッと音がした。公園沿いの道路に、14, 5歳ほどの褐色の少女が立っている。買い物帰りのバスケットを脇に置き、じっとこちらを見ていた。


「jtijmta@twejg@j!」


突然少女は叫び、柵を飛び越えて駆け寄ると、サイエンの頬を両手で挟み、熱烈なディープキスを浴びせた。

「うわっ!?」ガルドが目を丸くし、ミナが「え、え、なに!?」と顔を赤らめ、リリスが「……大胆ね」と笑った。



少女はサイエンを離し、「kmwyeguwonntg!!」

訳の分からない言葉でまくし立てた。

サイエンはちらっとガルドたちを見て「落ち着け!ウチもう統一語になれとるさかい、統一語で話してんか!」とトプラ語訛りの統一語で応じる。

少女はハッとして、「もう、心はトプラを離れてもうたんやね……」と寂しそうにつぶやき、トプラ訛りの統一語でまくし立てた。「って今までどこ行っとったん! 寂しかったんやで!」

「いや、お前がしょっちゅうこういうことしてくるからここを離れてんて!」サイエンもトプラ訛りで叫び返す。

「ウチにそんな趣味はあらへんって言うとるやろ、ディララ!」



「なんでや、うちらあんなに愛し合っとったのに…」少女――ディララが唇を尖らせた。

「ディララ? 『ドゥニャ=デメヌ』のチャンピオン、ディララ!?」ガルドが驚くと、ディララはやっと三人に気づき、不審そうな目で睨んだ。「誰や、あんたら?」



「ウチの仲間や」サイエンが言うと、ディララは目を丸くし、怒り出した。「ほな、あんたらがねぇちゃんを騙して連れて行ったんやな!」

「ちゃう、それとこれとは別の話や!」サイエンが弁解するが、ディララは拳を握った。「どうせねぇちゃんに試練用ゴーレム作成の依頼するんやろ! いくらねぇちゃんのゴーレムでも、ボッコボコにしてねぇちゃん連れ戻すさかい、覚悟しーや!」彼女はズカズカと歩いてレンガの柵を越えると、バスケットを拾い、ズカズカと去っていった。



ガルドがサイエンに問うと、彼女はため息をついた。「ワタシ、元々ここトプラ・トプラの生まれなのですぞ。静かな研究環境を求めて霧の森に移ったんですが……近所に住んでいたあの子、ディララの、こう、過剰な愛情表現からも逃げたかったんですな……あと、この口調は出自を隠すためのものですが……だんだん地になってきてますねん……」

「過剰ってレベルじゃねえな」ガルドが笑い、ミナが「でも、ディララさん、サイエンさんのこと大好きなんだね!」と微笑んだ。サイエンはため息をつく。



と、サイエンは眼鏡を光らせ、真剣な顔になった。「しかし、ワタシのゴーレムをボコボコにする宣言はいただけませんな。よし、『ドゥニャ=デメヌ』用の機体を製作しますぞ。3日、時間をくださいですぞ!3日後のこの時間に呼んでくだされ!」三人はその提案を了承し、サイエンはボールに戻った。



3日後、公園でガルドが再びボールを投げると、サイエンが現れた。「出来てますぞ! これを!」彼女は銀色の笛を渡す。ガルドが笛を吹くと、空から轟音とともにゴーレムが降りてきた。丸い胴体に頑丈な手足、蒸気機関が背中で唸る。サイエンが誇らしげに言った。「名付けて『サイエン29号』! 操縦者がスキルを発動すると、ゴーレムも連動しますぞ!」



「すごい! これでディララさんにも勝てるよ!」ミナが跳ね、ゴーレムの表面を叩いた。

「このゴーレムでコステベクを焼き尽くしてやるわ」リリスが杖を握る。

ガルドは鉄鎧を鳴らし、頷いた。「よし、試合だ。ディララを倒して、土の珠を手に入れるぞ」



コロシアムは今日も超満員、観客の熱気が砂の闘技場を包む。ディララのゴーレム『コステベク』はモグラのような尖った顔に、左手のドリルと右手のハンマーが光る。対する『サイエン29号』は銀色の装甲に、操縦席が横に三つ並ぶ特殊設計。ガルド、ミナ、リリスがそれぞれ乗り込み、操縦桿を握った。

ディララがコステベクの操縦席から叫んだ。「この試合に勝って、絶対にねぇちゃんを取り戻すで!」

「ディララ、悪いが土の珠はもらうぜ!」ガルドが応じ、銅鑼が鳴り響いた。



まず動いたのは、コステベクだった。「【デプレム】!」

右手のハンマーで地面を殴り、闘技場が激しく揺れ、サイエン29号の足元が砂に沈む。ガルドは操縦桿を握り、砂に足を取られまいとする。

「くそっ、揺れがきつい!」銀色の装甲が日に輝き、ゴーレムはなんとか転倒を免れる。



「これで!」

右手担当リリスが【烈焰弾】を放ち、炎の球がコステベクを襲う。「焼き尽くすわ!」

「そんなん当たらんわ!【ダルマーク】!」ディララが叫び、地中に潜航して火炎を回避する。



静寂。不気味な静寂がコロシアムを訪れる。



「来るぞ」ガルドが構える。

リリスが叫ぶ。「下の砂が動いてる!回避!」

コステベクが砂を突き破って現れ、下からドリルで突き上げる。

「くらえ!【ダルべ=ダルマーク】!」

サイエン29号は間一髪で横に跳び、ドリルが空を切るが、衝撃波で装甲が軋む。



「ナイス、ガルドさん!」左手にいるミナがゴーレムの腰のスロットから凍結瓶を取り出して投げつける。

「凍っちゃいなさい!」

足元で割れた青い煙が、コステベクの足元を凍らせる。

「効かんわ!そんな小細工!」

コステベクが地面を殴って氷を割り、再び潜りはじめる。ディララが笑う。「お前らの力はこんなもんか!ねぇちゃんのゴーレムが呆れて泣いとるわ!」



しばしの静寂の後、コステベクは再びドリルを突き上げて地上に躍り出た。

「終わりや!」

「させるか!」

ガルドは【鉄壁】を発動し、ドリルの突き上げを防ぐ。「リリス、炎を連射しろ! ミナ、瓶を惜しむな!」リリスが【烈焰弾】を乱射し、炎がコステベクの装甲を焦がす。「くらいなさい、ディララ!」だが、装甲はわずかに赤くなるだけで、ディララは嘲笑する。「なんやこれ。サウナのほうがよっぽど熱いで!」



「こっちなら!」

ミナが「爆発瓶」を投げた。爆炎がコステベクを包むが、装甲はびくともしない。再びコステベクが【ダルマーク】で潜り、サイエン29号の真下から【ダルべ=ダルマーク】を放つ。巨大なドリルが【鉄壁】の切れたサイエン29号の装甲を削り、機体が大きく傾く。

「やばい、持たねえ!」

「そろそろトドメさしたる!」

近づいてきたコステベクは、爆風で出来た穴に一瞬、足を取られた。

「おっとと」

「今だ!」

ミナが左手を操作。腰のスロットから瓶を取り出す。

「これなら!」彼女がコステベクの顔面をぶん殴り、瓶を吸気口からコックピットに送り込んだ。コロンコロン、と音を立て、瓶が操縦席に転がる。

「なんやこれ」

「それは、風の力を封じた『風船瓶』!」

「な、うわ、うわわ!」

瓶に入った風船があっという間に膨張し、ディララをコックピットから押しのける。

「うわぁ、や、やばい!」

ディララが壁と風船の間に挟まれる。風船はゴーレムの内部で膨張し、装甲がミシミシと音を立てて内側からひび割れていく。やがて装甲が限界点を超えると、ガシャン!と音を立てコステベクが崩れ落ちた。

観客席が大歓声に包まれる。三人の勝利が確定し、サイエン29号から降りたガルド、ミナ、リリスは拳を突き合わせた。「やったぜ!」「最高!」「やったね!」



ディララはなんとかコックピットから降り、悔しそうに砂を叩き、サイエンに訴えた。「ねぇちゃん、なんでウチを置いて冒険に出てったん!?」

サイエンは眼鏡を光らせ、トプラ訛りで答えた。「ウチはただ研究環境が欲しかっただけや。この人らは関係あらへん。ウチは今でも北の研究所で実験しとるで」

ディララは目を丸くし、叫んだ。

「そうなん?そんなん、はよ言うてや!」

ガルドが笑い、トプラ訛りで突っ込んだ。

「言うても聞いてなかったやん!」

ミナとリリスが笑い、サイエンも「ドゥフフ!」と笑った。ディララは照れくさそうに頭をかいた。観客たちは、戦士たちの熱い闘いに、惜しみない拍手を送った。



その時、闘技場に土の香りが満ち、砂が渦を巻いた。褐色のドレスをまとった女神が現れる。土の大精霊トゥルパだ。「あんたらのバトル、ごっつおもろかったで!これ、受け取ってんか!」彼女はガルドに土の珠を手渡し、豪快に笑った。「次は港町オースネスに行きや。水の大精霊さんが会ってくれはるよ、知らんけど!」

ガルドは土の珠を握り、頷いた。

「後ディララ、この人達に力貸したり」

「せやな、この人達と一緒にいたらねぇちゃんにも会えるやろうし」ディララはにんまりと笑い、「登録」を行った。



「次は水の街オースネスか。行くぜ」

「私、もう水なんて怖くないからね!」リリスが杖を振る。

「新しい冒険、楽しみ!」ミナがポーチを握り、跳ねる。



三人はトプラ・トプラの砂埃を後にし、港町オースネスを目指して歩き出した。土の珠がガルドの手で静かに輝き、八大精霊の試練がまた一歩進んだ。

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