第23話
023
三人に迫ってくる大きな影。
まるで空にぽっかりと穴が空いたかのように大きく、島が動いているようにも見える影。
初めは日差しが眩しくて輪郭を捉えられなかったが、目が慣れてその存在に三人が気付く。
巨大な鯨の精霊――
一気にファンタジーの世界観へと足を踏み入れた三人は飛び跳ねて喜び興奮状態。
鯨の精霊は沙希とみなみでさえ見たことがない大きさで、この精霊がこれまでの間見つからなかったのか不思議なくらい、圧倒的な存在感を放ち神秘的でもあった。
そして視聴者達にもこの精霊は視認することができた為、尋常じゃない盛り上がりを見せた。
三人が見上げていると鯨の精霊はぴたりと動きを止め、鯨の背中から大きな鷹の姿をした精霊が三人に向かってくる。その姿は優美でありながら勇ましくもあった。
鷹の精霊は三人を迎えに来たようで、三人は精霊の背に乗り空を飛ぶ。凄い凄いと手を叩き喜びあう三人。乗せていた精霊は嬉しそうな表情を浮かべていた。
鯨の精霊に近づくにつれ全貌が明らかになっていく。
鯨の精霊の背中は大きな島のようになっており、土があり木や草が生え川のようなものまであった。
そこには百を超える精霊達が皆、自由に過ごしているようで精霊達の楽園そのもの。
三人がその地に降り立つと精霊達が近寄ってきて歓迎してくれている。久しぶりの人間の来客が珍しいのだろう。それからしばらくの間精霊達との交流を楽しむ。
「すごいんなー!世界は素敵の塊なんな」
「だねー!沙希もこんな大人になりたい!」
「まじでそれだわ!優しい世界ってあったんだな!」
三人は楽しそうに話す精霊達を見ながら感嘆の声を漏らす。
三人が感動しているのはこの島の由来について精霊達に聞いてみたところ、この島は精霊達にとって医療機関の役割を担っていた。
精霊は魔力生命体でありマナが進化を遂げた結晶でもある。神秘に包まれた生体ではあるが、精霊でも不調、マナの不良状態があって、それらを治す為にこの島が存在しているのだという。
鯨の精霊が空を巡回し、周りの精霊達が不調の精霊達を探して回収。それから精霊達で治癒を施すという流れで、精霊達が支え合い寄り添っている姿に三人は胸が熱くなる。
相手を思いやる深く純粋な愛情。
それが精霊の本能なのか、それともここにいる精霊達特別なのか知る術はない。しかし少なくともロベルトは精霊への理解が深まり大好きになった。
多種多様の姿、形の精霊達。
ロベルトはこれまでペンギンや熊、アヒルや鷹の精霊達と会ってきた。そして現在ここにいる精霊達はやはり動物に似た容姿の精霊が多く、不思議に思い聞いてみたが、精霊達も分からないという。
二人の話によれば精霊の大きさや魔力の質量で精霊が重ねてきた年月に比例するようで、鯨の精霊の大きさを考えると、途方もない年月を重ねたのだろう。
「え。鯨の精霊って何歳なんだ?」
「一万年は超えてると思うんなー!みなみ達が見た精霊さんで一番大きいし!」
「そうそう!でも前に見た時ある精霊さんの倍くらい大きいから二万年くらいかなー!」
「すげえじゃん!は、話がデカすぎて何か夢見てるみたいだなぁ!」
「ねぇおいたん。みなみ達がおばあちゃんになっても精霊さん達みたいにずっと仲良しで一緒に遊んでくれる?」
「当たり前じゃん!俺達友達だろ!じいちゃんとばあちゃんになってもダンジョ――ふれあい広場で遊ぼうぜ!」
「うん!沙希はねー世界中のふれあい広場に行ってみたいんだー!」
遥か遠い未来を語る三人。
何気に放たれたみなみ一言。
『精霊さん達みたいにずっと仲良しで一緒に遊んでくれる?』
あまりにも真っ直ぐな瞳で問いかけてきたのでロベルトは震えるほど嬉しかった。
友達と交わす未来の約束。
ロベルトは成人してから、この類の約束は初めてだった。顔がニヤついてしまうほど嬉しく、自然と心が温まっていく。
仲良く三人で冒険している未来を想像してみると経験したことのない高揚感に包まれ、強さだけを求めていた頃が懐かしく感じた。
ロベルトはそんな感情を抱きながら話をしていると、周りの景色、空気がこれまでとは違う雰囲気に包まれていく。
鯨の精霊から見える景色が少しずつ緑のない赤銅色の岩肌へと変わり、前方には巨大な渓谷が三人の目に飛び込む。
あまりにも雄大で巨大な生物のような絶壁。
その遥か下には一際目立つ建造物のような物があり、一見するとコロシアムのような形をしているが、周辺の状況から何かを閉じ込めているようにも見えた。
ロベルトが精霊達に聞いてみると、あの建造物は魔物を閉じ込める牢の役割があり、守護者達によって作られた物だという。
「おいたん。そういえばさあ牢屋のご飯は何で臭い飯っていうん?」
「みなみちゃん。そんなこと俺が分かると思う?全然わかんねぇぇわ!ガハハハ、コメント欄に聞いてくれ」
「指示厨おじさんしゅーごー!」
『草草草』
『沙希ちゃん!俺まだ18なんだけどw』
『おじさん呼びは草』
『ロベルトには難問だったなw』
ロベルトが配信をしていたので詳しくは触れなかったが、魔物を幽閉しているのにはちゃんとした理由がある。
この世界はゲームやアニメではなく現実に実在する世界。だからゲームのようにダンジョン内にボスは存在しないし、倒したらダンジョン踏破という分かりやすいものがない。
故に探索者協会にて討伐魔物や到達点を決め、それらの条件を満たした場合にダンジョン踏破とみなしていた。
しかし中には例外もあり、それがこのダンジョン『虹色の道』の魔物牢と呼ばれているものだ。
魔物牢は精霊達に危害を加えそうな害悪な魔物を守護者達が幽閉している場所。
探索者協会はそれらの魔物の討伐でダンジョン踏破としている。実際このような魔物牢があるダンジョンは幾つかあり虹色の道もそのひとつだ。
魔物牢に幽閉された魔物は探索者の為に用意された訳ではなく、守護一族の若い世代を鍛える為に用意されたいわば訓練用の魔物。
守護一族はダンジョン内で精霊に危害を与える魔物を大人達が捕獲し精霊達を守り、そして子供達の訓練に利用していた。
ゆっくりと空を飛びながら進んでいると、少しずつだが全容が見えてくる。上空から見ると渓谷の絶壁に囲まれた巨大な建造物がぽつり。
ロベルトがそれを見て「でっけぇー」と叫んでいる隣では、みなみがぽかんと口を開けながら建造物を見つめ、そして一言。
「すき焼き食べたくなってきたんなー!」
「ぷふっ。それってあれがすき焼き鍋みたいに見えるからじゃない?」
「うんそうかも!」
「ガハハハ。すき焼き鍋か!そう言われると確かにすき焼き鍋みたいだな!よーしさくっとドラゴン倒してみんなでご飯食べようぜ」
「うん!楽しみー!」
「え、すき焼き鍋?」
「おいたーん!違うでしょ!まったくおいたんはデリカシーがないなってるんなー」
「そうだそうだ!楽しみなのはドラゴンの方に決まってるじゃん!おいたん女の子をね食いしん坊キャラみたいな扱いしたらモテなくなるんだよー!」
「くっそうか。ごめんなみなみちゃん。俺、腹減ってたからすき焼きの方かと思ったわ」
遠くに見える魔物用の牢は丸い形をしており、赤銅色の色合いもあって沙希の言う通り上空から見るとすき焼き鍋に見えなくもない。
三人はすっかりすき焼きを求める口になり、すき焼きで何が好きかの話で盛り上がる。
そんな話をしていると、ここに連れてきてくれた鷹の精霊が三人に近づき魔物牢まで連れて行ってくれるという。
三人はウキウキで鷹の精霊の背に乗り、見送りをしてくれている精霊達に全力で手を振ってお別れをした。
▽▼▽
一方。
魔法士協会に所属している雨宮は起床後に日課の情報収集をしていたら、信じられないニュースが目に入った。
『魔法士協会八月末日をもって終了』
雨宮はそのニュースを見た瞬間、思わず大声を上げてしまう。
大勢の魔法士達が噂しているのは知っていたが、まさか現実に起きてしまうとは思っていなかった。雨宮はしばらくの間唖然として固まっていたが、こうしてはいられないと急いで支度を済ませて家を出る。
雨宮が魔法士協会に着くと異常な光景が雨宮を出迎える。
犬やフクロウなどの様々な動物達が魔法士協会の中を自由に歩き回っていた。視界に入っているだけでも十体の動物達がおり、何故か知らないが自然体で周りに溶け込んでいるようにも見えた。
あまりにも衝撃的な絵面。
雨宮が思わず「は?」と声を上げると、動物達が一斉に雨宮へと見向く。その行動に雨宮が驚いていると、犬が尻尾を振って駆け寄ってきた。
そして他の動物達も続けて雨宮へと駆けてくる。これに雨宮は焦り散らかしていると、犬が尻尾を振りながら目の間に座り、
「わんわん」
「は?ツンツン小僧って何だよ?」
「わん」
「いやいや。俺、そんなツンツンしてないじゃんか?…………えぇええええええええええええええええええええこのワンコ喋ってるじゃねぇかよ!」
「わんわん」
「あー!なるほどなー。昨日麗奈さんが言ってたやつか。え、待って待って!俺、昨日何にも反応なかったはずだけど?」
「ホー」
「え。そうなの?ところでフクロウも俺のことツンツン小僧って呼んでたんだ」
「ホーホー」
「うわ?!止めろお前ら!イテッ噛むんじゃね!こら頭の上に乗るな!そこのお前ズボン引っ張るんじゃねぇ!」
雨宮は精霊達に熱烈な歓迎を受けていた。
しかし精霊が見えない者や精霊の声が聞こえない者にとって、雨宮が一人でズボンを押さえたり、頭をぶんぶんと振り回したり、腕をぐるぐると回しているようにしか見えない為、雨宮が突然奇行に走っているようにしか見えなかった。
一人であたふたと騒ぐ雨宮を周りの魔法士達が残念そうな眼差しで見つめる。その視線に気付いた雨宮はとりあえず人のいないところへと移動。雨宮を先頭に精霊達がついて行く様が可愛らしいが、周りの魔法士達は哀れみの表情を浮かべていた。
雨宮が何故、人間に距離をとっている精霊達から懐かれているのか?
理由はシンプル。
精霊は人間の体内にあるマナを視ることができ、そのマナから善性を判断しているからで、雨宮のマナはロベルト並みに綺麗なマナをしており、事実雨宮はその派手な見た目や言動に反し良識のあり、気遣いが出来る側の人間。
そして一年前から魔法士協会本部に出入りしていた精霊達は紫音にお願いされた駄目人間の観察と共に、綺麗なマナをしていた雨宮の行動を気になってずっと見ていた。
彼の言動は荒々しいが人を思いやる行動や思考は本物で、精霊達が感心するほどだった。
故に、精霊達は雨宮が自分達の姿を見ることができ、声が聞こえることに喜んでいた。
雨宮はそうとは知らず、人目を偲んで会議室に入ると、精霊達が再び賑やかに雨宮を囲む。
「よーし!ちょっと整理していくか。まず麗奈さんが言ってた、精霊達は大人しくて人間と距離をとってるって話な、お前ら全然違うじゃねぇかよ!どうなってんだ?」
「わんわん」
「え、俺が悪い?自慢じゃねーけど俺、誰かが嫌がるようなことした記憶にねぇんだわ!別の奴と間違えてねぇか?」
「ホーホー」「グワ」「ピィ」「メェ」
「わんわん」
「一年前から見てたって?なるほどな」
「ピィピィピィ」
「すげぇな魔法でそんなことでも出来るのかよ?それって俺みたいな人間でも出来るようになるのか?」
「わんわん」「ピィ」「グワ」「ホー」
「うおっ?!だからお前ら俺に突撃してくんじゃねぇ!教えてくれるのは有り難えけど噛む必要ねーだろが!こらお前はズボン引っ張るな!」
精霊達が雨宮に自分が魔法を教えてやると手荒く突撃していく。
雨宮は既に精霊達に懐かれており、何故か雑な扱いをされている。それは精霊達が一年近く雨宮の言動を見てきたから、この程度では雨宮は動じないことを知ってるからだろう。
雨宮は周りで騒ぐ精霊達を落ち着かせ、とりあえず精霊達から魔法を学ぶことになった。
精霊達が雨宮に魔法を教える事自体、至極稀である。
何故そうなったかといえば、偏に精霊達は雨宮と何かしらの繋がりを持ちたかったといえる。
精霊達は紫音のお願い事は既に終わり、人間という生き物もある程度理解出来た。その人間の中でも際立ってマナが綺麗な雨宮。しかも魔力の扱いに関しては特段才能がある人間。精霊達が興味を引くほどに雨宮には才能があった。
しかし雨宮は魔法士としては上澄みではあるが異質の輝きを放っているかというとそうではなく、どちらかといえばロベルトのように埋れてしまっている側と言えるだろう。
悪くいえば器用貧乏。
雨宮は何でもこなすが火力が高い訳でもなく、赤石のように特殊な魔法を使っている訳でもない。
もちろん魔法士としては活躍はしているが、魔法士界隈ではいぶし銀のような淡い輝きを放っていた。
「わん」
「おいちょっと待て!そういえば何だよそのツンツン小僧って呼び方はよ」
「ホーホー」
「髪の毛?しゃあねぇだろ生まれつきなんだからよ!で、小僧って何だよ!25で流石に小僧はねぇじゃんか?」
「ホーホー」「グワ」「ピィ」「メェ」
「くそっ!500越えてるだと?おいそこドヤ顔すな!でもそうは見えねーな。お前らの姿、人間からしたら可愛らしいからよ!」
「痛って!?お前らだから突撃は止めろって!褒めてんだぞ褒め言葉だ!お前服引っ張るんじゃねー伸びるだろうがよ!」
側から見るとチャラチャラした強面に男が動物達と仲良く遊んでいるように見える光景。
精霊達も雨宮と遊べるようになったことがよほど嬉しかったのだろう。
精霊の公表から一日。
マナの覚醒はロベルトを初めとして雫、雨宮と次の時代を支える魔法士達、探索者達が魔法士協会の終了を前に芽を開きつつあった。
脳筋と少女たちの探索Log〜魔法が使えない脳筋は少女たちとの出会いによって伝説を築いていく〜 ちゃっぴぃ @hiroseaoi
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