第9話


 009


 四人で昼食をすませた後、沙希からみんなにリストバンド型の魔道具が渡される。

 魔道具は両腕分の一人二個。


 これは昔、麗奈がスパイダーマンごっこ用に作った物で、リストバンドの中に魔力糸が入っており魔力糸を魔力で自由に操作出来る代物。

 沙希とみなみが小学校に入る頃、スパイダーマンごっこにハマり毎日遊んでいた。それを麗奈が魔力糸で手が塞がるからと心配して作った魔道具である。  


「うわー!懐かしーい」

「あー。沙耶姉は禁止されていたもんねー」

「えっ禁止って?」

「沙耶姉はねー、この道具が便利すぎて何をするにもこれ使ってたらおかーたんに禁止されたんだー」

「そうそう!沙耶姉にこの道具渡したらソファーから一歩も動かなくなって、トイレ行く時も壁に糸つけて床をズルズル寝ながら移動してたから父上にしこたま怒られたんだよー」

「エ、エヘヘ」

「沙耶姉褒めてないんよ」

「まぁ、それだけ便利ということか」


 沙希が使い方を説明し、実際にロベルトは使ってみると、すぐに違和感なく使えた。

 それから四人で空中にシールドブロックを作り、魔力糸を飛ばし遊んでみることにした。


 まずは空中に浮かんだシールドブロックに魔力糸を飛ばして、ブランコに乗るみたいに自重でぶらぶらと揺らす。


 この時コメント欄が湧く。


『絵面がゲームで草』

『マイクラ配信ww』

『実は世界初のことしとるw』

『マリオみたいで草』


 探索者の配信ではまず見ないであろう絵面に反響が多数あった。


 そこからシールドブロックを横並びに配置して、今度は空中ブランコのようにシールドブロック間を次々と移動して遊ぶ。この遊びも好評。

 途中、沙耶が「前日のお酒が」と言って配信画面から消えるハプニングもあったが、ロベルトは大興奮し絶えず笑い声が聞こえていた。


 次に空中にランダムにシールドブロックを作り、スパイダーマンごっこ×鬼ごっこ。この遊びは四人共夢中になって遊んでいた。

 魔力糸を操作して上下に逃げたり、シールドブロック間を渡りながら逃げ回ったり、魔力糸が誰かと絡まったりと意外と奥が深い。


「やばー!一生遊べるなこれ!」

「でしょー!おいたんなら気にいると思った」

「人数が多いほど楽しいんだよねー」

「いつか大人数でやってみたいな!」

「ですです!ただ魔力糸を射出出来る人に限られちゃうので意外とハードル高いんですよ」

「そんなに難しいんですか?これ」

「実は難しいのです。普通に魔法を使うよりもムズイと思います。分かりやすく言うと剣士が使う魔力を乗せた斬撃を、剣を振らないで飛ばしている感じです」


 沙耶が分かりやすく解説。


 事実、魔法を使うより難しく、物を経由して魔力を射出することは困難で魔力を乗せた斬撃を出せる剣士が少ないのも、こういった理由だ。


 ロベルトは眉間に皺を寄せ「なるほど」と頷くが、顔を見れば分かってないようにも見える。それは十年以上もの間、脳筋と呼ばれていた理由を垣間見せた瞬間でもあった。


 




 ▽▼▽



 


 

 四人は更に奥地へと進みシールドブロックと魔力糸を使って競走して遊ぶ。ルートは麗奈より決められており、小高く台形状に出来た山を一周回って順位を決める。


 今日の遊びも麗奈が考えて用意したもの。恐らくこの遊びも実践に役立つだろう。ロベルトはそんなことを考えながらスタート位置に立つ。そして沙希の合図でスパイダーマンレースが開始された。

 

 レースは沙希とみなみはスムーズにスタートを切り、沙耶があとに続く。ロベルトは三人の背を追うような形で始まった。

 

 沙希とみなみはポンポンッと等間隔にシールドブロックを作り、魔力糸を使ってもの凄い速さで移動していく。その姿は本当にスパイダーマンのようで、見惚れてしまうほど凄かった。


 沙耶はというと一人でもごもご言いながら、ややゆっくりな感じの動き出し。時折「むふふふ」と笑い声が聞こえ、恥ずかしそうに身体をくねったりしている。沙耶だけは妄想を交えながら、皆とはベクトルが違う方向でレースを楽しんでいた。


 一方ロベルトはこれまで覚えたことを確認しながら、着実にシールドブロックを移動していく。


 ロベルトは移動している最中、あることに気付きテンションが最高調に達していた。というのもシールドブロックと魔力糸の組み合わせが、戦闘においてかなり使えることに気付いたからであった。


 この遊び、今回はレースという形ではあるが、実践に置き換えるとかなり使える。シールドブロックを指定した位置に飛ばすだけでも有効だが、魔力糸を使って移動するだけでも戦力が何倍にも跳ね上がる。地形や高さ、数等の優位性はシールドブロックと魔力糸を使うことによって崩壊し、それどころか優位に立つことが可能。


 無限に広がる可能性。


 ロベルトは昂る感情を抑えきれず「うおー」と叫ぶ。その顔は子供のように純粋で、楽しくて仕方ないと言っているような笑顔だった。


 四人はさくさくと空中を移動。 


 この状況にコメント欄が少しずつ騒つく。

 理由としては探索者にとってこの状況が探索者業界を変えるくらい価値あるもの、と気付くコメントが増えてきて、その中には著名な元探索者からのコメントや現役の探索者からのコメントが寄せられていた。内容は絶賛しているものばかりで、コメントから興奮が伝わるくらい熱かった。



 そんな中、現場の空気が一気に変わる。



 空中に浮かぶ大きな影。

 それらは遠目でもはっきりと分かるくらいに大きく、群れを作り隠すように空を覆う。

 人間という生物がいかに小さな生き物なのか改めて理解出来てしまう程の圧倒的な体躯。

 これまでの魔物とは一線を画す威圧感。





 飛竜。





 ロベルトがあまりの光景に声を出せず、唖然として飛竜を見据えていた。心の中で恐怖と戸惑いが混じり合う。その瞬間、ロベルトはそれら振り払うように前へと進む。前にいる三人に追いつくために。俺が盾になって守る。そう心に誓い絶望的な状況でもロベルトの本能は三人の前に立つことを選んだ。

 ロベルトは雄叫びを上げながら三人の名前を叫び、必死の形相で前へと進み、これまでにない速度で三人を追いかける。


 そんなロベルトが必死に追う中。

 最前にいた沙希とみなみは飛竜を見ながら、逆さ吊りの状態で普段と何ら変わらずに会話をしていた。


「おかあたん。一体だけって言ってたのにいっぱいいるじゃーん!」

「だねー!おいたんに倒してもらう予定だったけど、数が多いから沙希たちが倒す?」

「そうしよっか!ちょっと遊びすぎて晩ご飯の時間まで間に合うか微妙だからねー!」

「じゃあじゃあ!みなみはあの大っきい奴で沙希は残りの奴ね!」

「わかったー!」


 二人の会話が聞こえた瞬間。

 ロベルトは一瞬フリーズしてしまう。



 あれ?



 ロベルトは死ぬ覚悟を決めて三人の所へと向かってたのに、二人とロベルトの間には温度差があった。

 どう考えても今は緊急事態。

 それなのに何で二人は晩御飯の心配なんかしているのだろう。ロベルトがそう思うと三日前の状況が脳裏をよぎる。それは二人を初めて見たとき、オーガの群れに追われて逃げていた二人。

 誰もが焦り、絶望していたが二人は楽しく遊んでいたのだ。


「あれ?これって大丈夫なやつ?」


 ロベルトが不意に声を漏らす。

 すると二人がくるりと振り返って満面の笑顔。


「おいたん。みなみ達は最強なんだよ?」

「秒で倒してやるぜ!それに母上から言われてるんだー。お勉強で高校行くのは難しいから、魔法をいっぱい使って推薦してもらいましょうって」

「そうだった!推薦の先生、見てますかー。みなみと沙希ちゃんがこれから魔法を使って頑張ります!推薦が無いとみなみ達は高校に行けないんだー、それはおかあたん達が悲しむから推薦して欲しいんです」

「沙希達頑張るから推薦の先生、お願いします」

「お願いします」


 二人が言い終わると沙耶が拍手。 

 うんうんと頷きながら何故か感動している様子。


 そうこうしてる間にも飛竜は凄い速さで迫ってくる訳で、ちょっと大きい家くらいの飛竜が沙希とみなみに迫り。




 飛竜に囲まれた瞬間――沙希が魔法を発動。




 沙希の周囲に二十以上の光球が現れ、瞬く間に飛竜へ向けて解き放たれた。

 それはビーム光線のように一筋の線を空に引き、誰もが知っている魔法とは明らかに次元が違う魔法。

 神秘的な光はまるで自分の存在を示すかのように飛竜の頭を貫いていく。

 防ぐ間もなく死へ誘う。

 沙希が放った魔法は常識を覆すような魔法だった。一般的な魔法は単発で発動するのが基本であり、それが世界の常識でもある。

 二十もの魔法を同時発動。その全てが速く、正確で圧倒的な威力を備えていた。


 まさに異常。


 そしてみなみは飛竜の群れが沙希に倒されたのを見届けると、息をする間もなく魔法を発動。

 みなみが手を上げた瞬間、十メートルは軽く超える炎球がみなみの頭上に出現。


 炎球の熱量で景色が波うつように揺れ視界が歪む。その熱は遠く離れたロベルトにも届く。

 みなみが手を振り下ろすと、炎球は轟音を響かせながら残った飛竜へと放たれた。

 まるで生きているかのように炎が唸り、まさに炎魔法の極地ともいえるような存在感を放つ。

 強く、そして勇ましささえ感じてしまう炎球は飛竜達を丸ごと飲み込むように襲う。

 飛竜達は消失という言葉がしっくりくるような末路を迎え消えていく。


 



 一秒にも満たない飛竜との闘い。 





 ロベルトは初めて見る沙希とみなみの魔法に興奮していた。

 叫びながら二人の元へと移動し、子供のようにキラキラと目を輝かせ、声を弾ませる。


「すんげぇじゃん!沙希ちゃんみなみちゃん」

「そうなの?」

「凄いよ!めちゃくちゃすごい!」

「これで沙希たち推薦くるかな?」

「くるよ!絶対くるって!」

「本当かなー?推薦くるといいなー!」

「ねー!くるといいね。それよりもさ、今日やきとりたんの所に行くんでしょ?急がないと間に合わなくなるよ?」

「あ、あ。ビールに焼き鳥!急ぎましょう!おっとその前に沙希みなちゃん魔石を回収してくだされ。今日のお酒代なのです。これだけあればいくらでも呑めてしまいなぁ。いやぁまいったまいった。ぐふ、ぐふふふ。良きかな良きかな」


 そしてコメント欄はこれまでにないほど湧いていた。


『うおおおおおおおおおおお』

『まじかまじかまじか』

『すげえぇぇぇぇぇぇぇぇ』

『おめでとう沙希みなちゃん』

『まじで格が違う!まじで凄いぞ!』

『推薦受ける為っていうんが草』

『お茶吹いたわww』

『新時代の幕開けや』


 コメントが視認出来ないくらい早く流れていく。

 ロベルトがその事に気付き、今の気持ちを共有しようと興奮しながら視聴者に向けて話しかけていると、三人に早く行こうよと急かされてしまう。


 沙耶を先頭に三人はどんどん先に移動していく。


 沙希とみなみ、そして沙耶の三人の興味はすでに焼き鳥屋での晩ご飯に移っているようだ。ロベルトは慌てて三人の後を追う。






 ▽▼▽




 

 探索者協会はダンジョン探索をする探索者達をあらゆる面でフォローしている組織であり、ダンジョンのある地域を中心に全国各地に点在し、その地域に根を据えた活動をしている。


 そして探索者協会と並ぶ組織としてあるのが魔法士協会。

 魔法士協会は魔法士だけで形成された組織であり、主要都市のみに拠点を構え魔法士をサポートしている。

 探索者協会がダンジョンに関連する運営に対して、魔法士協会の活動範囲は多岐に渡る。


 例えば国や市の都市開発。

 魔法を使って土地を整地したり地盤を固めたり、建材を移動させたりと安全かつ低コストで重宝されている。

 他にも要人の護衛、テロ対策、警察や自衛隊のバックアップ等、国からの依頼に基づくものも多い。


 ロベルト達が飛竜と戦っている頃、国内トップ層の魔法士達が集う――魔法士協会本部の観覧ロビーでは沙希とみなみが見せた魔法に湧き上がっていた。


 この時百人以上はいる魔法士が皆、沙希とみなみの魔法に魅せられ、興奮し、声を上げた。

 初めて見た魔法の極地。 

 そう呼んでもいいほど二人の魔法は凄かった。魔法が秘めている可能性、そして格の違いを見せつけられた上で、尚魔法士達の興奮は収まらなかった。

 反応も様々で、すぐにタブレットを取り出して分析を始める者、興奮気味に感想を言い合う集団、驚嘆し立ち尽くす者が入り混じり、開設以来のお祭り騒ぎになっていた。




 そんなロビーの賑わいに佐伯が気付いたのは会議中だった。


 会議室はロビー全体の様子を一目で見渡せるよう作られており、佐伯の座る席からはロビーの様子が視界に入る。その為、佐伯はロビーの異変に気付くことが出来た。

 佐伯は作業の手を止め、怪訝な表情でロビーにいる魔法士達を見渡すと皆興奮しているように見えた。


「室長、どうしました?」

「あぁ、すまない。ちょっとロビーが騒いでいるみたいでな」


 佐伯がそう応えると会議に出席していた者達の視線が一斉にロビーへと向けられた。


「配信を見ていたようですね」

「室長、モニターで確認しますか?」

「そうだな。皆も気になっているだろうし、休憩も兼ねてひと息入れようか」


 佐伯の一声で会議室の空気が緩む。 


 休憩といわれ、伸びをしたり、眉間を揉んでほぐしたりと各々緊張から解放され自由にしていると、すぐにモニターが起動され映像が映し出される。

 映っているのはロベルト達がシールドブロックを使い移動している映像だ。

 この時点でもう室内が一気に騒しくなる。


「おいおい!ロベルトが魔法使ってるぞ!」

「は?何だよこの魔法は」

「おっ、この少女は話題の子達じゃないか」

「剣姫までいるぞ。どういうことだ?」

「増田、ロビーが騒いでいる原因が知りたい。少し巻き戻してくれ」

「了解です!」


 増田が逆再生をし巻き戻しをすると該当する箇所はすぐに分かった。それから再生をすると皆がのめり込むように画面を見る。 

 場面は沙希とみなみの魔法映像。 




 想像を遥かに超え――




 先ほどまでの騒ぎが嘘みたいに静まり返る。その反動もあってか、視聴していた魔法士達の感情を揺さぶり、


「嘘だろ!なんじゃこりゃー」

「ヤベェもん見ちまった!」

「何者なんだよこいつら」

「これが魔法……これほどまで……」

「ちょっとまて詠唱は?発動条件は何だ?」

「増田!悪いもう一度頼む!」

「久しぶりに良い魔法が見れたわ!」

「ん、流石沙耶の妹。最高!」

「これは争奪戦になりそうね!」

「こ、この子たちすごいですわ」

「ふふ、この盛り上がりよう。初めてじゃないかしら?」

「……」


 会議に出席していた十二人の魔法士達の感情が爆発。


 その熱量のままに感想を話し合う。

 彼、彼女らは声を枯らしてしまうような勢いで声をあげ、身体全体を使って感情を表し、髪が乱れてしまうほどに議論を交わし、己の心情を吐き出す。

 五分、十分が経過しても収まる気配はなく、皆の表情が活力に漲っていた。

 出席している魔法士は全員B級魔法士以上。そして各ユニットのリーダーでもあり、そのような者達が子供の頃に帰ったかのように我を忘れ語り合っていた。


 佐伯はしばらくの間議論を交わす魔法士達を見守っていたが、まだまだ熱が冷めそうになかったので皆を座らせ落つかせる。


 そんな佐伯自身もまだ興奮しているが、今はこの子達の情報が欲しい。


「この子達に関することを知っている者はいるか?」

「はい、室長。昨日までの配信情報になりますが、一人は剣姫の妹。もう一人は女帝の娘。共に中学三年生で夏休みを利用して剣姫の家に遊びに来ているようです」


 佐伯はそれを聞いて頭を抱えた。 


 女帝の娘。

 佐伯はみなみの魔法を見て何となくそんな気がしていた。


 かつて最強の魔法士と呼ばれていた佐伯がその席を譲った魔法士、女帝麗奈。

 しかし佐伯にとって麗奈は尊敬する魔法士でもある。


 問題なのは沙耶と沙希の父親。

 あの悪夢が脳裏をよぎり佐伯の顔色が一気に豹変した。頬が引き攣り心を抉ぐる。


「室長?大丈夫ですか」

「あぁ、何でもない」

「それで恐らくこの状況ですと、彼女達の争奪戦になりそうですが」

「その件はちょっと待ってくれ!下手に動くとまずいことになる」

「室長ー!そりゃ無理ですぜ。こんなもん見せられたら」

「お前達もう忘れたのか?剣姫がデビューした時のことを」

「あ。そうか。剣姫の妹ってことはあの化け物の娘でもある訳か。ってヤベェじゃないですか室長!」

「そうだ!下手に動けばまたあの大惨事になる可能性がある。D級、いや所属する全員に勧誘しないように伝えておいてくれ。とにかく彼女達への敵対的な言動は禁止。接触も控えるように」


 佐伯がそういうと皆口を閉ざす。

 過去、組織を襲った悪夢のような出来事。

 その事を思い出したのか皆、顔色が悪くなっていた。


 そして。


「室長?もしかしてですけど昨日、うちの魔法士達がやらかしたのをご存知ないんですか?」

「な、な、な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 佐伯の叫び声が会議室に響いた。

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