第7話

 007


 相手はオーガ。

 まさにリアル鬼ごっこ。 

 オーガたちは手に武器を持ち、知恵があり連携を組んで攻撃してくる。フェイントや囮、陣形を組み逃げられないようにすることもしてくる。


 沙希とみなみはそんな状況でも笑いながら、オーガを飛び越えたり股の間を通過して逃げ回っていた。

 逆にロベルトは苦戦。 

 そこで沙希とみなみが声を掛ける。


「おいたん。盾で攻撃を受けてきたおいたんなら回避するのも余裕だよ。今日やったことフル活用したら出来るから頑張れー!」

「相手をちゃんと観察すれば、おいたんなら出来る!頑張れー」


 盾で受けてきた――ロベルトは思い出す。

 これまで何万回も盾で魔物の攻撃を受けてきた。相手が攻撃する角度や狙い、目線や身体の向きや経験で何度も攻撃を予想してきている。身体に染みるほど体験している。

 今回は受ける代わりに回避すれば良いだけだ。その回避する為の手札を今日手に入れた。簡単なことだ。今日の覚えたことをしっかりやれば出来る。ロベルトの表情に自然と笑みが溢れ出す。


 対峙するオーガ達は皆、ロベルトよりも背が高く筋肉量もかなりのもの。加えて初めての人型魔物との集団戦というのもあって序盤、ロベルトは苦戦した。怪我はしなかったが殴られたり、捕まれたりすることが多く、オーガに恐ろしさを改めて体感。


 その経験からより深くオーガ達の動きを観察することに努めた。


 まず最初にオーガ達の連携を見た。単体だけならロベルトも何とか逃げ切れるが複数いると難易度が格段に上がる。それでもロベルトは何度も殴られながら回避を重ねていくと、コツというか感覚が掴めてきて足運びや位置どりが上達していく。


「おいたん。上手だよー」

「すごいじゃん!おいたん」


 二人の声かけが嬉しい。ロベルトが何よりも参考になっているのは二人の動き方だ。

 走る速度や回避前の身体の動きに緩急をつけて翻弄したり、視線や身体の向きで相手を誘導しオーガ同士をぶつけたり、相手の死角に入り込む流れを作ってみたりと、多種多様な方法で回避する様は見ていて惚れ惚れするほどだ。


 そしてロベルトが上達した足運び等は完全に二人を真似た形でもあった。


 二人は身体を円を描くようにくるくると周りながら回避をする。その回避する直前までの動きも非常に参考になった。

 ある時はわざと隙を見せて攻撃を誘導したり、逆にそこに移動したらオーガを攻撃がワンテンポずれるだろうという位置に足を運んだりする。二人は自分たちが回避し易いような組み立てをしているのだ。


 ロベルトは二人がやっていることを色々試しながらオーガ達から逃げる。自分が思うような動きをした時は大声で喜び、上手くいかなかった時は大声で悔しがった。

 いずれにしてもロベルトは「しゃ!」「くそ!」「うお!」「ぐぬぉ!」とやたらとうるさくしながら動き回り、それに二人が爆笑しながら鬼ごっこは続き。






 そして二時間後。






 集落にいるすべてのオーガが走り疲れ、体力切れで立てなくなっていた。百体以上のオーガが疲れ果て、天を仰ぎ、大地に寝そべり、ゼェゼェと息を切らす姿がそこにあった。


 あの獰猛なオーガが攻撃を受けた訳でもなく、鬼ごっこに惨敗し、疲れ果て横たわっているのである。人類が始めてリアル鬼ごっこに勝利した瞬間でもあった。


 この画にコメント欄が湧く。


『おめでとうロベルト』

『きたぁああああ』

『まじですげえよロベ兄』

『沙希みなちゃん完全勝利は草』

『これが見たかったんよww』

『ようじょつよい』


 ロベルトは息を整えながら、疲れ果てて横たわるオーガ達を見据え満面の笑みを溢す。

 そこに沙希とみなみが駆け寄ってきて声を掛ける。


「おいたん、楽しかった?」

「あぁ、くっっっっそ楽しかった!今まで生きてきた中で一番かも」

「おいたん大げさー!もっと楽しいことあるのにー!」

「そうだそうだ!でも鬼ごっこで鬼さんに勝てたねー!おいたん頑張った!」

「うんうん!すごかったよおいたん!」

「そうかな?じゃあ沙希ちゃんとみなみちゃんに勝てるのもそう遠くないかもな!」

「はぁ。おいたんはすぐ調子に乗るんだから。困った大人なんねー!」

「おいたん!そこは『沙希ちゃん、みなみちゃん。ありがとう』でしょー」

「あははは、沙希ちゃん似てるー」

「ちょ、ちょっと沙希ちゃん!やめてーそれ恥ずかしいからー!」


 笑い合う三人をオーガ達が横になりながら視線を送っていた。彼らの表情は「こいつらいつ帰るんだ」とでも言いたげな表情だった。 



 そして昨日のスパイダーマンごっこに続いて、今回の配信もバズった。バズった理由は大きく分けると三つ。


 一つめの理由が沙希とみなみの異常な身体能力の高さが注目を集めていること。


 これまで爆速で森の中を走り回る女の子たち等、数々のクリップが出回っているが、実はちゃんとした映像ではなく全て映り込み。

 そして前日のスパイダーマンごっこはそこまで身体能力が明らかになっていない。

 そして今回。

 動きが速すぎてスローにしないと視認出来ない映像に視聴者が湧いた。


 二つめ理由としては脳筋ロベルトが始めて身体強化系の魔法を使い、その成長速度が目に見えて分かる貴重な配信だったから。


 実際、今日のロベルトの動きを見る限り、探索者界隈のトップ層の中でも頭一つか二つ分は抜き出るくらいの内容だった。

 身体強化の魔法だけでここまで人は変わるのかと議論・考察が重ねられ注目されている。


 三つめの理由が楽しそうに遊ぶ三人の姿に、固定のファンがついたから。


 三人のやり取りが微笑ましいという意見や、子供の頃に返った気持ちになるという者。単純に三人に癒されている視聴者が一定数いたり、コメント欄に草を生やして配信を楽しんでいる視聴者が多いこともあってバズっていた。





 ▽▼▽





 ロベルトとの探索を終えた沙希とみなみは、居候中の姉の家に帰宅。

 玄関の扉を開けるとそこには玄関で土下座をして待ち受ける沙耶がいた。


 沙希とみなみが沈黙。 

 沙耶は二人の出方を伺っているのか土下座の体制のまま口を開かない。

 しばらく無言の状態が続いたが、みなみが切り出す。


「沙希ちゃん。分かっていると思うけど、下にクッション置いてあるから。ふかふかなんよ!」

「知ってた。相変わらず詰めが甘いなー沙耶姉。謝る時にふかふかのクッションは駄目だよー!」

「なんか逆にいつも通りにしてた方がまだましな説があるんよ!」

「ぐっ」


 ふかふかクッションの上で土下座。

 新しい土下座スタイルを生み出した沙耶は何も言えなかった。


「それにみなみ気づいた?沙希たちが来る直前まで身体強化で気配を探って、玄関近くにうちらが来たら、慌てて土下座し始めたんだ」

「気づいたー!こういうのって相場はずっと土下座で待ってるもんなんよー沙耶姉」


 沙耶はそうなのかと思ったが口に出しては言えなかった。言えば何かしら墓穴を掘ることが分かっていたから。


「そうそう!しかも直前までビール飲んでたのバレバレー」

「あっ!本当だー。沙耶姉の息がお酒臭ーい」


 沙希とみなみがとどめを刺す。

 反省、その前に一杯だけ。それがいけなかった。沙耶は酒の誘惑には敵わなかった。



 二人が言うように直前までビールを飲んでいて、二人の気配を身体強化で察知し、慌ててふかふかクッションの上で土下座。

 沙耶が沙希とみなみに反省している姿を見せて、許しを請おうとした結果――惨敗。

 沙耶はいつものように二人に抱きついて許しを請うことにした。


「ごめんなさーい。ねぇそんな目でお姉ちゃんを見ないで欲しいのです!こんな恥ずかしいお姉ちゃんだけど、お願いだから見捨てないで欲しいのですよー!」

「沙耶姉、なんでこれでいけると思ったん?」

「だって、だって」

「あ、あやしいかも。沙耶姉いつもならこんな面倒臭いことしない」

「沙耶姉!どうせバレるんだから正直に言え!」


 玄関で沙希とみなみが問い詰めても、沙耶は何故こんな回りくどいことをしたのか口を割らなかった。


 沙耶は話題を逸らす為に「二人の大好きな料理を今日は頑張って用意したのです」と言ってリビングに沙希とみなみを誘う。

 ちなみにあたかも沙耶が作ったような言い草だが、それらの料理は安定のウーバーイーツで沙耶は一切何も作っていない。

 好きな食べ物でご機嫌を取る、しかも自分は何もしない。これでこそ村一番の怠け者の真骨頂だった。



 三人で夕食を食べながら今日あった出来事を話していると、沙耶が何かとロベルトの話を掘り下げて聞いてくる。

 そして明らかに沙耶の反応がおかしい。

 もっといえばロベルトの”沙耶に対する反応”を気にしているようにも見えた。

 沙耶の酒が進み、頃合いを見計らってみなみが口火を切る。


「沙耶姉はおいたんのことが気になってるんなー」


 ブッフーと沙耶が盛大にビールを吹き出す。


 慌てぶりが分かりやすい。

 顔を赤くして吹き出したビールを拭く沙耶。


「おいたんの好きな……聞きたい?」

「聞きたいのですよ!みなみちゃん教えてくだされ!この通りなのです」

「おいたんの好きな食べ物は焼き鳥なんよ」

「ず、ずるいですよ?もぅー」

「沙耶姉は分かりやすいなー」

「あ、あ、あ、あー。わたしやってしまいましたか。だってだって、ロベルト兄さんは本当の本当に優しいのです。ほら探索者界隈って下心はあったり、裏があったり、やらしい目をしたり、妙にギラついてたりするじゃないですかー。あ、あ。沙希みなちゃんにはこんな話をしても分かりませんよね、失敬失敬。

 でもですねーロベルト兄さんは本当にそんなことないのですよー!わたしが失敗してもフォローしてくれますし、何より裏表がないのですよー。だからちょっと気になるというか何というか……」

「分かる気がするー!おいたんは大人だけど大人っぽくないんよー!」

「本当それだねー!人見知りのみなみが村の人以外で友達になれたの、おいたんしかいないからなー」


 沙耶の中でロベルトの好感度はかなり高い。


 沙耶が大学に入る頃にはロベルトはすでにトップ層で活躍をしており、その頃から沙耶は配信を見ていた。


 そして沙耶がロベルトを意識するようになったのが去年の混合チームを組んだことがきっかけだった。


 魔法士協会と探索者協会との混合チーム。


 元から実力が飛び抜けている沙耶はチーム内で唯一のAクラス探索者。

 その為、どうしても目立ってしまう。

 人が多ければそれを面白くないと思う輩も当然いて、沙耶に対して無理難題を押し付けたり、後付け理論で難癖をつけられたりした。


 そんな時にロベルトが盾となり沙耶を庇い、変な空気になりかけていたところをフォローし、空気を変えてくれたりと、色々気を遣ってもらっていたのだ。


 沙耶がロベルトを意識するようになったきっかけを話していると沙希とみなみが聞き入り、沙耶もまた熱量高く語りだす。


 そこにみなみが爆弾を投下。

 

「沙耶姉よかったんなー、明日そんなおいたんと一日中遊べるんよー!」

「え?!え、え、え?!え。みなみちゃんどういうことなのです?」

「明日、朝からおいたんとふれあい広場で遊ぶんよー!」

「あ、あ。こ、こ、こ、こ、ここここ心の準備というものが。それに明日は――」

「沙耶姉、おかあたんが決めたことだから、絶対逃げられないんよー」

「そうだそうだ!沙希たちをほったらかしにした罪を償え!本当なら沙耶姉とふれあい広場に行くはずなんだぞ!まー、うちらはおいたんに会えたから許すけど、れいままは許さんって言ってたー!」


 麗奈プランでは本人の意思など関係なく沙耶を丸一日沙希みなとロベルトの遊びに参加させる予定を組んでいた。

 そしてこれはぐうたらな沙耶の鈍った身体を動かすことが目的でもあった。

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