第40話 永遠の想い出

 大型商業施設に着くと、オルガはその空間に感動を覚える。

「……!」


 店舗面積:約20万㎡

 総店舗数:約700

 駐車場 :約1万台

 ……


 これほど大きな商業施設の為、1日で周ることは不可能だろう。

 

・コンビニ

・映画館

・喫茶店

・飲食店

・本屋

・ペットショップ

・スーパー

 ……


 何でもござれだ。

 その上、総合病院まで有している。

 ここに市役所や図書館等も揃ったら、最早もはや、「一つの町」と言えるだろうか。

「……」

 嬉しそうに何度も何度もオルガは、周囲を見渡す。

 彼女の祖国では商業施設も攻撃の標的ターゲットになっている。


 2024年5月25日

 午後4時頃、北東部のハルキウ州の州都の複合商業施設が被害に遭う

 現地当局「滑空誘導爆弾2発による攻撃」

 死者 :十数人

 負傷者:40人以上


 2025年7月16日

 午後5時頃、東部のドネツク州の商業施設等が誘導滑空爆弾による攻撃を受ける

 死者 :2人

 負傷者:27人


 祖国で過ごした商業施設での思い出が脳裏に過る。

 幼い自分は、父母と手を繋ぎ館内を歩いたことを。

 父母と共に映画を観たことを。

 父母と共にアイスクリームも頬張った。

「……」

 思い出に浸るオルガに気付き、東郷は話しかけない。

 近くのベンチにクラリッサ、凛と共に座る。

 凛も初めて来たようで、テンションは高い。

「HP観たけど、沢山のお店があるね」

「日本で2番目の規模を誇る商業施設らしいね」

「へぇ。じゃあ、1番はどこにあるの?」

「埼玉県」

「隣県なんだ。近いからいつかは、行ってみたいな」

「そうだね」

 凛と話し込んでいると、

「……」

 クラリッサが袖を引っ張る。

「んー?」

 振り返ると、クラリッサがキッチンカーをゆびさしていた。

 売られているのは、鯛焼たいやき。

 その香ばしい匂いが、ここまで漂っている。

「食べたいんだ?」

「……」

 こくりと、クラリッサは首肯しゅこう

 鯛焼きは日本発祥だが、近年は、その認知度が国外にも広まっている。

 その契機けいきの一つとされるのがアニメの影響だ。

 2000年代に放送された恋愛アニメの中で、ヒロインが鯛焼きを食べていたことが、国外の視聴者を通じて広まったとされる。

 東郷自身はそのアニメを観たことが無い為、詳しくはない。

 しかし、外国出身の同僚等が鯛焼きを熱弁する際、このアニメについても言及しているので、両者の関係性については知っていた。

 クラリッサも恐らくその経緯で知っていたのかもしれない。

「じゃあ、買おうか。紅葉さんも要る?」

「うん」

 孤立させない配慮に凛は、嬉しくなる。

「よいしょ」

 立ち上がった東郷は、自然と両側に手を伸ばす。

「「!」」

 東郷から初めて握手を求められ、2人は目を剥く。

 そして、数瞬後には、手を取っていた。


 鯛焼きを購入後、3人はベンチで摂っていた。

 否、1人増えている。

「先輩、オゴッテ下サリ、どうもありがとうございますデュージィエ・ジャクジュー」 

 初めての鯛焼きをオルガは、嬉しそうに頬張る。

 美女が食べる光景は、CMに採用されてもおかしくないくらい、惚れ惚れするものだ。

「すっげ~」

「モデルさん?」

「背、高いなぁ」

 それまで携帯電話や買い物に夢中だった周囲の人々も、徐々にオルガの存在に気付きだす。

 20代くらいの男性が意を決して接近してくる。

 身なりが良いが、どことなく怪しげな雰囲気も否定できない。

「あの、済みません。自分はこういう者でして」

 男性が差し出したのは、名刺。

 大手芸能事務所の名前が書かれている。

「どうですか? 芸能界にご興味ありませんか?」

「アー……」

 オルガは、明らかに戸惑う。

 そして、助けをう。

「あいよ」

 隣に居た東郷が動き出す。

(男連れか)

 スカウトマンは、内心で舌打ちした。

 しかし、いくら隠しても読心術どくしんじゅつを心得ているのか。

 東郷には通じない。

「残念ですが、彼女にその気はありませんよ」

「貴方には話していません。彼女自身の意見を聞きたいのです」

 男性は引き下がらない。

 しかし、東郷は余裕綽々よゆうしゃくしゃくだ。

「現在、芸能界は性加害の不祥事で燃えていますよね? そんな地獄に放り込むのですか?」

「私共の事務所は、誠心誠意、タレントを守り―――」

「言葉だけなら何とでも言えます。相応の契約書を作り、問題が起きた時の賠償等もそれに組み込んで下さい」

「……」

「最低でも50億、話はそこからです」

「……貴方は彼女とどのような関係で?」

「家族です」

 はっきりと言うと、東郷は告げる。

「夫ですよ」


 の登場にスカウトマンは、さっさと去っていく。

 その後ろ姿を見送りながら、凛は尋ねる。

「東郷君、芸能界が凄い嫌いなんだね?」

「分かった?」

「うん。物凄く分かりやすかったよ」

「……」

 クラリッサも興味深げな表情を見せている。

 東郷があからさまに否定的な立場を表明するのは、滅多に無いことだ。

 約75年周期で地球に接近するハレー彗星並に珍しいことかもしれない。

「何で芸能界が嫌いなの?」

「・性加害

 ・闇営業

 ・児童ポルノ

 ・悪質な記者パパラッチ等からの盗撮

 ・詐欺

 ……

 嫌いにならない理由が無いね」

「……」

 そこで凛は、察した。

(だから、テレビが無いんだ)

 東郷の部屋にはテレビが無い。

 凛やクラリッサの部屋への設置には、何も言わない為、自身の思想については押し付けないようだ。

 ノートパソコンや携帯電話でもテレビを観ている様子は無い。

 観ていても、スポーツ番組くらいでバラエティー番組やドラマ等には、一切興味が無いようだ。

「……ごめんね。私もテレビを観ないように―――」

「いや、これは俺の考えだから。紅葉さんは変わらなくて良いよ」

「……ありがとう」

 一方、守られたオルガは、東郷の傍から離れない。

「……」

 凛等のように、密着することはない。

 しかし、どこかほうけた様子だ。

「オルガ?」

「……」

「オルガ?」

「ヒャ!」

 肩を触られ、思わず声が出る。

「……先輩?」

どうしたシチョ・トラーピロシャ? 顔、真っ赤だぞ? 腹痛ウ・メーネ・ボリーチ・ジヴィート? 体調不良ヤセベ・ポハーノ・ポチュヴァーユ? 頭痛ウ・メーネ・ボリーチ・ホロヴァー?」

「……元気ですドゥジェ・ドーブレ

 そう答えるオルガの視線は、東郷と合わない。

 脳裏によぎっているのは、彼がはっした「チョロヴィーク」という発言だ。

チョロヴィーク……チョロヴィーク……チョロヴィーク……)

 何度も繰り返す。

 鯛焼きの中身の餡子あんこが落下するまで。


[参考文献・出典]

 BBC日本語版 2024年5月27日

 読売新聞電子版 2025/07/17

 exciteニュース 2016年11月11日

 ねとらぼ 2017年3月8日

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