第29話 言葉が言葉を開く

 その日の昼休み。

 東郷が椅子から腰を上げた直後、

?」

 威圧感いっぱいの声が耳をく。

 見上げると、作り笑顔を浮かべるシーラが。

「ちょっといい?」

「何?」

 シーラは前席の椅子を引っ張り出しては、東郷の隣に置き、そこに着席。

「紅葉さんとはどういう関係?」

「親友だよ」

「噂では同居しているらしいね?」

「そうなんだ」

 笑顔で応える東郷。

 肯定も否定もしない。

「親友だけど、密着し過ぎなない?」

「それが彼女なりの接し方なんだよ」

「じゃあ、付き合っている訳ではないんだ?」

 念押しに東郷は頷く。

「そうだよ。大事な親友さ」

 交際関係が無いことが判り、シーラは安心する。

 遅れて来た凛とクラリッサは、同時に目を剥く。

「東郷君、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」

 凛は自然に隣に椅子を移動させて、そこに座る。

 クラリッサは心配そうな顔で、東郷の膝の上に腰を下ろす。

 その様子にイラっとするシーラだが、その感情は表には出さない。

「親友なのに、距離が近くない?」

「そうかな?」

 無意識なのか、東郷はあまりその違和感に気付いていないようだ。

 あまりの近さは、誰がどう見ても交際関係にあるように見える。

「じゃあ、付き合ってはいないんだ?」

「うん。そうだよ」

 念押しの質問にも、東郷は笑顔で頷く。

 隣の凛も否定する様子は無い。

 本当に付き合っていないようだ。

「そうなんだ」

 安堵する一方、今度は疑問が大きくなる。

(付き合っていないのに……こんなに距離が近いの?)

 義妹のクラリッサは百歩譲って家族なので、そうなるのも分からないではない(それでも奇妙に感じるが)。

 東郷はクラリッサの頭を撫でながら、告げる。

「今日は学食に行くけど、一緒にどう?」

「……良いわよ」

「やった。じゃあ、行こう」

「……」

 屈託のない笑顔で言われ、シーラはそれ以上責める気を失くしていく。

 接していて分かったが、この男は本当に悪気わるぎが無いのだ。

 シーラの怒気にも一切気付く様子もない。

 問い詰めた所で「なんで?」という反応だろう。

「シーラ、お勧めの料理とかある?」

「向こうで決めよう。その代わり、おごってくれる?」

勿論もちろん

「……それならいいわ」

 スッキリはしていないが、交際関係が無いことが判ったのは最大の収穫だ。

「じゃあ、行こう」

 クラリッサを床に下ろし、東郷は立ち上がる。

「紅葉さんも行こう」

「うん♪」

 話を振られ、凛は笑顔になる。

 シーラとしては、一緒に行きたいのは東郷だけなのだが、それでも凛とクラリッサを拒否するのは心象が悪い。

「……♪」

 嬉しそうにクラリッサは、東郷と手を繋ぐ。

 凛、シーラと違い義妹なので、2人と比べると距離感は近い。

 最早、義兄妹ぎきょうだいを超えた特別な絆にも見えようか。

「「……」」

 もう一方の手は、残された2人の内、どちらかが握ることができる。

 状況的には、同居が始まった凛が1歩リードか。

 しかし、シーラも負ける気は更々無い。

「「……」」

 お互い作り笑顔を浮かべながら、牽制けんせいし合うのであった。


 学食に着くと、一行は各々ちゅうもん、注文。

 東郷は、日替わり定食で、


・ごはん

・味噌汁

・鮭の塩焼き

・だし巻き卵


 の日替わり定食。

 凛は実家に住んでいた時、和食が多めだった反動からか、


・フィッシュバーガー

・フライドポテト


 と、最近では、洋食が多い。

 クラリッサは、


・おにぎり

・味噌汁


 と、比較的、数は少ない。

 早く食べて東郷に甘えるのが、彼女なりの習慣だ。

 そしてシーラは、


・コーヒー

・サンドイッチ


 クラリッサ同様、あまり量は多くない。

 シーラはサンドイッチを頬張りながら、尋ねる。

「それで東郷君は、どうして即応できたの?」

 油断していた際に敵意を持った相手が襲ってきたのだ。

 プロの格闘家でも即応は、難しいだろう。

「マンションは強盗の標的になりやすい場所だからね。普段から用心しているんだよ」

 強盗の狙い目は一戸建が主流、というのが一般的な感覚だろうか。

 しかし、実際には集合住宅でも襲われる場合も多い。


       住居形態別強盗発生件数

「強盗」…「強盗殺人」「強盗傷人」「強盗強姦」「強盗・準強盗」の項目の合計数

 一戸建住宅     :141件 46・5%

 3階建以下の集合住宅:92件  30・4%

 4階建以下の集合住宅:70件  23・1%

(出典:警察庁「平成23年の犯罪情勢」(平成24年5月発行)罪種別 発生場所別 認知件数)


 周囲に人々が居ても、強盗事件は起きるのだ。

 東郷がマンション内であっても、警戒を怠っていなかったのはその為である。

 また、凛も理由の一つだ。

 彼女の実家は暴力団。

 本人は無関係であるのだが、対立する組織には、その道理は通じない。

 特におかみを気にする暴力団とは違い、半グレ等の反社会的勢力は、平気で堅気を襲う傾向がある。

 最近では闇バイト等が流行っている手前、東郷が普段から危機感を抱いているのは当然のことであった。

「同胞も驚いていたよ。平和と思っていた日本でこんな事件が起きるとなんて」

「この国は、コロナの流行期と比べると、犯罪が増えているからね。思うほど平和ではないかもね」

 警察庁犯罪統計によると、令和5(2023)年の刑法犯認知件数は、70万3351件。

 これは前年から2割増えている形だ。

 すかさずシーラは、返す。

「それでもテロが殆ど無いじゃない?」

 トルコは、日本と比べるとテロが目立つ国だ。

 直近の2022~2024年の間にもテロ事件が発生している。


 2022年11月、イスティクラル通り爆弾テロ 死者6 負傷80以上

 2024年1月、教会銃撃テロ      死者1

 2024年10月、防衛産業関連企業銃撃 死者5(施設関係者等3、実行犯2)


 幸運にも日本人がトルコでテロに巻き込まれた事例はほぼない。

 しかし、犯罪被害に遭うことは多い。

 日本の外務省海外安全情報によれば、日本人の被害事例として、


①ぼったくりバー

②悪徳絨毯販売

③ロマンス詐欺

④性犯罪

⑤タクシー料金詐欺

⑥銃器犯罪(外国人の被害事例あり)

 等


 が挙げられている。

 特に銃器犯罪に関しては、トルコは日本と比べると、銃器が国内で流通している環境であり、実際、


・飲食店内で仲間内の口論から発砲事件に発展

・夫婦間トラブルから、夫が路上で妻を銃殺


 等が毎年発生している。

 トルコの内務省は犯罪統計を発表していない為、詳細は不明なのだが。

 それでもテロや銃犯罪がトルコと比べると格段に見られない為、トルコ人のシーラとしては、日本は安全な国に見えるのだろう。

「そうだね。でも無くは無いけど」

「東郷君と一緒に居たら、安全かもね」

 微笑んだ後、シーラはスッと、携帯電話を取り出しては画面を見せる。

「!」

 それを見て、珍しく東郷はギョッとした。

 画面に映っていたのは、迷彩服を着て、ホイールの上に座り、葉巻を咥えて笑顔を浮かべる自身の姿であったから。


[参考文献・出典]

 警察庁犯罪統計

 外務省海外安全情報

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