第17章 古代神殿の囁き

森を抜け、山道を進んだ先に、それはあった。

 朽ちかけた石の柱が並び、蔦に覆われた遺跡のような神殿。

 その入口には、淡い光を放つ紋様が浮かび上がっている。


「……ここだ」

 リディアの声はわずかに震えていた。


 アレンは剣を握り直し、静かに息を吸った。

 ここで待つものが、自分たちを導くか、それとも試すか――まだ分からない。



 神殿の中は薄暗く、冷たい空気が流れていた。

 石の壁に刻まれた古代文字が、青白い光を帯びて浮かび上がる。

 まるで来訪者を待ちわびていたかのように。


「読める?」

 アレンが問うと、リディアは慎重に文をなぞった。


「……“勇者は選ばれし者にあらず。勇者は、選び取った者を勇者と呼ぶ”」


 その一文に、場の空気が凍りついた。


「選び取った……?」

 ミラが小さく繰り返す。


 リディアは静かに頷いた。

「つまり勇者は、神に定められた存在じゃない。己の意思で世界に抗い、未来を掴んだ者が“勇者”と呼ばれるのよ」


 アレンの胸が熱くなる。

 幻とされた転生の記憶――それは縛りではなく、選択のために与えられた試練だったのか。



 そのとき、神殿の奥から低い声が響いた。

「選ぶ者よ……汝はどちらに与する」


 空気が震え、床に刻まれた紋様が光を放つ。

 アレンたちの前に、影のような幻影が現れた。

 それは人とも神ともつかぬ存在。


「神の理に従い、秩序を守るか――

 あるいは理を壊し、新たな道を拓くか」


 声は重く、胸の奥に直接響くようだった。


「選ばなければならないのか……?」

 アレンは呟いた。


「いずれにせよ、その時は近い」

 幻影はそう言い残し、光とともに消え去った。


 沈黙が落ちる。

 ミラは震える手でアレンの袖を掴んだ。

「アレン……怖いよ。でも……あなたが選んだ道なら、私は一緒に歩く」


 その言葉に、アレンは力強く頷いた。



 一方その頃――。


 王都を発ったレオンは、騎馬の部隊を率いて山道を進んでいた。

 その表情は固く、心の奥底には深い葛藤が渦巻いている。


(アレン……お前の言葉が胸に残っている。だが、俺は……)


 背後から近づいた宮廷魔導師が、にやりと笑った。

「この先に古代の神殿がございます。勇者は必ずそこを目指すはず。

 ――討つのか、救うのか。それを決めるのは、あなた次第です」


 レオンは答えなかった。

 ただ、強く馬の手綱を握り、前を見据えた。



 夜風が神殿の外壁を撫でる。

 アレンは仲間とともに焚火を囲み、幻影の言葉を反芻していた。


(選ばなければならない……世界を、未来を)


 その炎が、彼の瞳に映り込み、決意の色を帯びて揺れていた。

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