第12章 導き手との邂逅
夜の森は、重く湿った闇に包まれていた。
アレンとミラは馬を降り、木々の影に身を潜めていた。
「……ここまで来れば、追っ手もしばらくは撒けるはず」
ミラが額の汗を拭いながら囁く。
彼女の声には疲労が滲んでいた。
数日間の逃亡は過酷だった。王国の追撃部隊は巧みに進路を塞ぎ、油断すれば包囲される。
その指揮を執っているのがレオンだと知った時、アレンの胸は張り裂けそうだった。
(本当に、俺たちは敵同士になってしまったのか……)
火を焚くこともできず、冷たい地面に腰を下ろす。
ミラがそっと隣に座り、震える肩を寄せてきた。
「アレン……私、ずっと考えてたの。あなたの力を恐れる人がいても、私は信じるって」
その言葉は温かく胸に染みたが、同時に痛みも伴った。
信じてくれる人がいるほど、裏切ることが怖くなる。
◆
その時、かすかな枝の折れる音がした。
アレンは反射的に剣に手を伸ばし、身構える。
「待って……敵意はないわ」
木陰から現れたのは、銀髪の少女だった。
蒼い瞳は夜の闇に輝き、まるで星を宿しているかのようだった。
「あなたが……アレン・シュタインね」
少女は落ち着いた声で言った。
「誰だ」
アレンが警戒を解かぬまま問うと、彼女は胸に手を当て、名を告げた。
「私はリディア。王立魔術院に属する者……だけど、今は“導き手”として、あなたに会いに来た」
その言葉に、アレンは息を呑んだ。
「導き手……?」
◆
リディアは懐から羊皮紙を取り出し、そっと広げた。
そこには古代文字がびっしりと刻まれていた。
「これは古代遺跡に残された記録。転生の理を記した断片よ」
彼女は指で文字をなぞる。
「“一度きりの転生者は、神か魔かを選ぶ。その選択を導くのは、必ず傍らにいる者”」
ミラが息を呑む。
「……それって」
「そう、あなたよ」
リディアはミラをまっすぐに見つめた。
「アレンを導くのは、他ならぬあなた。だからこそ王国は恐れている。勇者を導く存在は、王家の支配を揺るがすから」
ミラは言葉を失い、アレンの腕を掴んだ。
その手は震えていた。
「……そんな、私が……?」
◆
アレンは頭の奥が揺れるような感覚を覚えた。
自分の転生は偶然ではなく、必然だったのか。
そして、その道を選ぶ鍵は、隣にいるミラだというのか。
「信じられないかもしれない」
リディアの声は静かだった。
「でも時間がない。追撃部隊がすぐそこまで迫っている。……彼らを率いるのはレオン卿。かつての仲間だからこそ、余計に危険よ」
その名を聞いた瞬間、アレンの胸が締め付けられた。
「レオンが……」
逃げ場のない闇の森の中、運命の糸が絡み合い始めていた。
◆
森を渡る風が、ざわめく木々の間を駆け抜ける。
その中に、規則正しい鉄靴の音が混じった。
「来たわ……!」
リディアの声が低く響く。
松明の明かりが木立を照らし、甲冑を纏った騎士たちが姿を現した。
彼らの前列に立つ男――その姿を見た瞬間、アレンの胸は締め付けられる。
「……レオン」
銀色の鎧に身を包み、厳しい表情を浮かべるその男は、かつて幾度も肩を並べて戦った仲間だった。
「アレン」
レオンの声は硬く冷えていた。
「命令だ。お前を王都へ連行する。……従えば命は保証される」
「保証? 処刑の間違いだろう」
アレンが吐き捨てると、兵たちがざわついた。
レオンの目が一瞬だけ揺れる。だがすぐに鋭い光でそれを隠した。
「俺だって好きでやってるわけじゃない……! だが、国に逆らえば、民が、兵が、家族が危険に晒されるんだ」
その声に、アレンの胸は引き裂かれそうだった。
レオンは裏切ったわけではない。ただ、彼なりの正義に縛られている。
◆
「やめて!」
ミラが叫び、アレンとレオンの間に立ちはだかった。
「アレンは……人を傷つけるために力を持ったんじゃない! 彼は――」
その言葉を遮ったのは、リディアの静かな声だった。
「あなたが導き手だからこそ、勇者は揺れているの。レオン卿、あなたも本能で分かっているはず。もし今ここで勇者を斬れば、この世界は歪む」
「世界が……歪む?」
レオンが眉をひそめる。
「勇者の選択は、この大陸の理そのものを左右する。神に近づくか、魔に堕ちるか。その岐路は、仲間との絆によって決まるのよ」
兵士たちの間にどよめきが走った。
彼らの多くは理解できずとも、勇者の力に畏怖を抱いていた。
◆
沈黙が落ちる。
アレンとレオンの視線が交錯する。
どちらも引けば全てが崩れる。だが、進めば血が流れる。
「……レオン」
アレンは絞り出すように声を発した。
「俺はお前と剣を交えたくない。だが……俺は、自分の道を選ぶ」
その宣言に、レオンの瞳が激しく揺れた。
彼は剣の柄を強く握りしめ、唇を噛む。
「ならば……その覚悟を、この剣で試させてもらう!」
叫びと共に、彼の剣が抜かれ、夜の森に鋭い閃光が走った。
アレンもまた、剣を抜く。
火花が散り、二人の運命が激突する瞬間が訪れた。
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