茶番輪廻

プルム破壊神

ポアンカレ回帰の演出する終わりなき茶番

始まりも終わりもない混沌の海。そこにある定数は、ただ永恒の運動と無秩序のみ。無数の粒子は盲目的に衝突し、離反し、奔流となる。確率という導きに従い、果てしない偶然の中に、永きもあれば儚きもあれ、幾多の奇跡を紡ぐ。この無意味な喧騒のなか、ときに──計り知れぬ永い時間の中で、必ずそんな「ときに」が訪れる──粒子たちの運動軌道は、ある一瞬、絶妙な調和を達成する。些末な領域の中で、一時的に混沌を押し留め、脆い秩序を構築する。


これが「世界」の誕生である。混沌の泡の中で揺らめく、独自の規則と構造を持った「泡」。それは存在し、輝き、もがき、そして最終的には、その誕生の時と同じように、必ず混沌の洪流へと還っていく──おそらく、想像もつかない遠い未来、粒子たちが再びあの「偶然」の位置に運動した時、それと全く同じか、あるいは全く異なる泡が、再び浮上するだろう。これこそが、「ポアンカレ回帰」と名付けられた、宏大で冷厳な宇宙の法則が詠唱する、終わりなき子守唄なのである。


【ご覧の方は『回顧!第三次人魔大戦』特別ドキュメンタリー!本番組は王立魔法学院考古学部と王国放送協会の共同制作でお送りします!】


揺れ、ピントの合わない映像が突然割り込み、過剰に陽気な男声が伴う。映像は次第に安定し、豪華だがやや古びた演出室が現れる。髪を油で固め、ベルベットの礼服を着た司会者が、浮遊する巨大な水晶玉に向けて饒舌に話している。


司会者:「……ご覧の皆様、我々は今、貴重な歴史的映像資料──従軍記者グロンベルク氏が命がけで水晶玉に記録した──を通じて、運命の最終戦場へとタイムスリップします!当時、魔族軍は魔王自らが率い、すでに『希望の壁』──我らが偉大なる王都『イーデン・アノーク(Eden Anoch)』最後の屏障の目前に迫っていました!」


ドン――ッ!


耳を聾する轟音が司会者の声を掻き消す。映像は激しく揺れ、土煙と魔法の輝きが飛び散る。


背景には、息を呑むほど巍峨とした巨大城壁。それは人類最後の堡塁、王都イーデン・アノーク──その名は「最後の希望の地」を意味する。しかし今、「希望」は黒い潮に狂ったように叩きつけられていた。


魔族の兵士は城壁へと殺到する潮の如く、血糊で汚れた鎧を纏い、かろうじて残存する人間の騎士たちと、絡み合い、切り結ぶ。


空は濁った紫紅色。淤血に浸かった古びたビロードのようだ。夕陽は冷たく、凝固しつつある巨大な血の痂のように、破れた地平線に懸かり、長く歪んだ影を落としている。


ドン――ッ!


轟音が空気を引き裂き、レンズを激しく震わせる。土、礫、そして識別困難な残骸が空中に放り投げられ、汚い雨のように降り注ぐ。


泥と暗紅色の血污れにまみれた一隻の手が、金色のフルール・ド・リスが刺繍された、破れた旗をしっかりと掴んでいる。力んだために指の関節が白くなっているが、微かに震えている。次の瞬間、黒い鉄鎧で覆われた足が重重と踏み下ろされ、その手も旗もろとも泥濘に蹴り込まれる。レンズは猛地に持ち上がり、よろめきながら後退する。


彼がそこにいた。


魔王。


その高大的な影は、動く災厄そのもののようだ。暗金色の鎧には古の魔紋が刻まれ、今やその一つ一つの溝が、生温かい血液を流しているように見える。彼の手にした異様に長大な巨大鎌──「終末の囁き」は、振るわれているのではなく、裁断している。空気を、光を、生命を。


その動作は残酷なほど優雅だ。


軽々と一振り。鎌の刃は新月のような弧光を描く。弧光は一人の人間の重装騎士を掠める。騎士は前進する姿勢のまま凍り付き、その分厚いプレートアーマー、手にしたタワーシールド、そして盾の後ろにある若く恐怖に歪んだ顔もろとも、上半身は滑らかな斜線に沿ってゆっくりと滑り落ち、内臓と血液が焦土に撒き散らされる。彼は一秒も目を留めず、紅い瞳には何の動揺もない。ただ、底知れぬ、人ならざる集中力がある。必要だが退屈な仕事をしているかのような。


修羅場。金属の軋み、骨の砕ける音、瀕死の哀号、魔法の爆鳴、戦鼓のように響く鼓動……あらゆる音がかき混ぜられ、沸騰し、そしてさらに大きな響きに飲み込まれていく。


城壁──「希望の壁」は目前に聳えている。雲を衝くほど高く、かつては白かった花崗岩は今、焦げた痕と巨大な裂け目に覆われ、傷だらけの蒼白な巨人のようだ。城壁上では、まばらな人間の守備軍が最後の抵抗をしており、所々に粗末な布衣を着、顔面蒼白の平民が混じり、震えながら滾石と熱油を押し落としている。絶望の気配はほとんど実体化し、魔族の殺気よりも息苦しい。


突然、黒い影が急降下し、戦場の気流をかき乱す。魔族の斥候だ。彼はよろめきながら魔王の傍らに着地し、ほとんど立っていられない。その顔には、戦いの故ではない明らかな動揺の色がある。


「陛下!」斥候の声は鋭くせわしない。周囲の喊声にかき消されそうになるが、水晶玉が捉えている。


魔王の動作に一片の躊躇もない。鎌は再び近づこうとした二人の騎士の生命を奪う。だが、彼はわずかに首を傾げる。


斥候が近づき、急速に囁く。言葉の内容は噪音に吞み込まれる。


しかし、魔王の反応は明らかだ。


彼の揮ううつ動作に、ほとんど感知できないほどの一瞬の淀みが生じる。溶岩が流れるかのような紅い眼瞳の瞳孔が、わずかに収縮する。殺戮への集中が一瞬で褪せ、代わりにやって来るのは、素早く、複雑な変容──まず一瞬、信じがたいという感情が閃き、最も荒唐無稽なパラドックスを聞いたかのようであり、最後に、すべての感情が沈殿し、一種の……重く冷たい「憐憫」へと変わる。


彼は微かに頭を持ち上げる。その視線は、惨烈な戦場を越え、聳え立つ城壁を越え、あの死寂とした王都の深奥へと投げかけられているようだ。


「……なんと……哀れな」彼の呟きはほとんど聞き取れないほど微かだが、一種独特の重みを持ち、周囲の喧騒を貫く。「そういうことか……ここまで掙(あが)いて、意味はあったのか?我々は皆……終末に棄てられた民なのか?」


【映像、演出室に戻る】


司会者:「ストップ!ここです!グロンベルク氏のこの千金に値する『記憶の水晶玉』が、この決定的瞬間を捉えています!魔王は一体何を聞いたのか?そしてなぜあのような……ええと、同情にも似た表情を浮かべたのか?本日は、著名な歴史学者かつ魔法理論家である──大賢者閣下をお招きしました!」


レンズは脇にいる、全身を広いフード付きのローブに包み、顔の見えない人影に向く。


司会者:「大賢者閣下、これについてご高見を?」


大賢者(声は老いており、ゆったりと落ち着いて、学者臭い含みを持つ):「むぅ……現存する史料に基づき推測するに、可能性は複数ある。其一、魔族の後方兵站部隊が人間の奇襲隊に焼き討ちに遭い、魔王は兵士たちが空腹に喘ぐことを嘆いたのか? 其二、人間の王が実は大量のチョコレートケーキを隠し持ち、独り占めしようとしていることを知り、魔王は人間の利己性に悲嘆したのか? 其三……」


司会者(慌てて遮る):「と、非常に想像力に富んだご解釈!大賢者閣下のご分享、感謝いたします!では、続けてご覧ください!」


この一瞬の憐憫は、彼の眼中に再び燃え上がった、より断固として、いらだちさえ感じさせる炎によって瞬く間に取って代わられる。彼は戦場を震わせる咆哮を発し、鎌を城壁へと向ける。


総攻撃の号角が鳴り響く!魔族軍は完全に解放された黒い潮の如く、より狂気じみた勢いで城壁へと殺到する!雲梯が架けられ、魔エネルギーが城門を衝き、巨大な飛行魔物が胸壁に体当たりし始める!人間の防衛線は瞬時にして崩壊する!最初の魔族兵が城壁に躍り上がり、呆然とした平民へと刀を振り下ろす──


──その瞬間。


ジィ……ジジジ……


鋭い、高周波の雑音が、外部からではなく、直接脳髄の奥底から響き渡るように、全ての者の鼓膜を侵犯する。


全ての魔族は、城壁に登り切った兵士も、空中を旋回する魔物も、魔王本人をも含め、動作を猛地に停止する!見えざる巨手に掴まれたかのように、彼らの顔には一様に極限の苦痛と混乱が浮かび、多くの弱小魔族は頭を抱えて惨嚎し、空中や雲梯から転落する。


人間側も呆然とする。この突然の変事は彼らの理解を超えている。喊殺声は不気味に沈静化し、負傷者の呻き声と高周波の雑音だけが続く。


そして、


世界は音を失った。


いや、音が、より根本的な、空間そのものの哀号によって覆い隠された。


最初のエーテル風が、到来した。


レンズは狂ったように回転し、転がる。


口を大きく開けた魔族兵士。叫んでいるように見えるが、その頭部は兜ごと、拭い去られたように音もなく消失する。首のない身体は前進する姿勢を保ったまま。


城壁の大きな区間と、その上にいた十数人の兵士と魔物が、瞬間的に百米ほど離れた空中に転移し、そして重力の法則に従い、無音の衝撃と共に、地上の友軍と混ざり合い、残酷な抽象画の一塊となる。


鋼鉄製の長剣の剣先が、内部から侵食されるかの如く、瞬間的に微細な金属塵へと変わり、風に散る。


驚愕の表情を浮かべた人間の兵士。その半面と肩が突如として消失する。断面は信じがたいほど滑らかで、微かに鼓動する心臓と肺葉さえ見える。次の瞬間、その残躯も引き裂かれる。


煉瓦、木材、血肉、鎧、旗……全てが形態と意味を失い、横暴で理不尽な力によって狂ったように解体され、攪拌され、ランダムに戦場の隅々へと撒き散らされる。空間は子供が肆意に皺くちゃにし、引き裂いた画布のようで、物理法則は笑いものになる。


映像は激しく閃き、色は歪む。時に血のように鮮紅に、時に骨のように惨白に、時に完全な闇に陥る。記録されているのは断片だけだ。断裂した、無論理の断片。理解不能な、純粋な暴虐の悪夢を継ぎ合わせる。


この混沌の狂宴は続く。時間は度量を失った。


最終的に、それが訪れた時と同じように突然、一切の擾乱は止んだ。


死寂。


レンズ(水晶玉)は何かの下に埋もれたらしく、映像の大部分は影に遮られている。空の一角だけが見える。相変わらずの不快な紫紅色。焦黒く、巨獣に齧り荒らされたような大地。地面に斜めに刺さった折れた矛。その矛先に、破れた魔族の旗の切れ端が掛かり、微風に軽く揺れている。


レンズは苦労しながら角度を調整し、ゆっくりと掃引する。


屍骸。山と積まれた屍骸。人間と魔族の肢体は、ありえない方法で絡み合い、塵と凝固した血液が混ざり合った黒紅色の硬い殻に覆われている。誰の武器が誰の胸膛に刺さっているのか判別できない。死によって積み上げられた、無意味な記念碑。


希望の壁は完全に崩壊した。巨大な石材が至る所に散乱し、巨人の玩具が投げ捨てられたようだ。


この絶対的な死寂の中、レンズはついに空を捉える。


巨大な黒い影が、冷たく凝固した夕陽を背景に、高い空でゆっくりと旋回している。その巨大な双翼は、一回一回が非常にゆっくりと力強く、非生物的な、息を詰まらせるような正確さをもって扇動している。陽光がその威厳に満ちた不気味な輪郭を浮かび上がらせる。巨大な鳥のようだ。しかし、鱗甲は冷たい光を反射している。


それはただそこにあり、旋回し、沈黙のうちに、眼下に広がるこの完成したばかりの、空前の規模の屠殺場を見下ろしている。冷ややかな観客が、幕切れの死寂を鑑賞するように。


映像は最後に、あの巨大な、旋回する黒い影で固定され、そして、完全に消え、暗闇に帰する。


演出室には、司会者のやや渇いた声だけが、何とか雰囲気を取り繕おうとしている。


「……ま、まさに驚くべき歴史資料です!グロンベルク氏が我々のために……ええと……これら全てを記録してくださったことに感謝します。次回は、戦後の経済復興と……ええと……ジャガイモの新栽培法について探求します……ご覧ください……」

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