戻らない色

まこちー

戻らない色


「それで、そのときにルルが言ったのさ。カラオケはご飯を食べる場所じゃな、……おっと着信だ」

「誰からだ?」

「んー、ドミーだね。なんだろう?……ドミー?どうしたんだい?依頼の電話なら大歓迎だぜ。今月ちょっとヤバい」

「……」

電話の向こうの声が聞こえない。

「ドミー?あれ、おかしいねェ」

「どうしたんだ?」

「声が聞こえない。ドミー!聞こえるかい?電波悪いのかね」


「はあっ、はっ…………ト……兄……」


微かに声がする。


スマホに耳を引っつけて声を聞き取ろうと努力してみる。

「はっ、はあっ……トナ、トナに……トナ兄……」

「ん?どうしたいんだい?」

「はーっ、はっ、はっ……はあっ……」

「ドミー?具合でも悪いのかい?病院……」

「おー、お……ダ……」

「え?」

「オーダム……の……はあっ、そせ、い……となにい、」

「オーダムの蘇生魔法?」

トナが小さい声で、周りに聞こえないように言う。

「そ……それ、つかっ……て……たのむ……。はあっ、はっ、」

「あんた本格的におかしいぜ?なにがあった?」

「と、とにかく、それ、つかえば、クオス……クオス…………」

「クオストヤ?アイツがどうかしたのかい?」


「クオストヤ……いき、してな……はやく……蘇生……」


「……!?」


ニチジョウの山奥。アントナとジスラはありったけの魔力を使い、転移魔法でそこに急いだ。

「ぜぇっ、ぜえっ……ここ、だよな?ドミーとクオストヤがいるって……はあっ……」

転移魔法はかなりの魔力を消費する。スポーツドリンクを飲みまくるトナ。

「いたぞ。トナ兄」

「ドミー!!」

ドミーが山道で座り込んでいる。

「あ……トナ兄……」

トナを見上げた顔は真っ青だ。

「蘇生……させなくちゃだろ……」

「……救急車は?」

「…………」

「しばらく経っている」

アイマスクを外したジスラがそれを冷静に見つめながら言う。

「あ、あんた、アイマスク……」

「今は緊急事態だ。問題無い」

ジスラの細い瞳が観察をする。

「ドミーはいつからここにいるんだい?」

「え、おれ……わ、わかんねー……」

「俺たちにすぐ電話したか?」

ジスラの問いに、こくこくと頷くドミー。

「なら、遅く見積っても30分だろう。これ……は……一日経っている」

「……一日か」

「トナ兄、なあ……病院じゃなくて、魔法でなんとかできねーか?……えっと、たしか、蘇生が……オーダムが……」

「少なくとも病院では無理だろう」

トナの目が泳ぐ。

「オーダム……って、神なんだろー?お、おれ、信じてなかったけどよー、そ、それがほんとなら、クオス、戻ってくるよな……?」


「お、オーダムって、どうしたら、神の力使えるんだ?俺も……俺も多分、使えるんだよなー?」


「教えてくれ……教えてくれよ」


「俺は知らない」

「嘘はやめてくれ。こんなときに……く、クオスが、息してないんだぜ……?」

「本当に知らない」

「トナ兄!!!」


聞いた事のない従兄弟の声量に、トナとジスラの目が見開く。


「はあっ……はっ…………今なら、俺たちしか見てねー……から……」


「だから、3人の秘密にして、な……?」


「トナ兄の依頼にするから……やってくれよ……」


へら……と無理やり笑う顔。その顔も初めて見た。


「分かった」

「と、トナ兄?」

さすがに目を白黒させるジスラ。

「ジスラ、すまないが俺は蘇生魔法を使う。誰にも言わないでくれ」

「……あ、ああ」

「本当か!?」

「仕方がないだろう。クオストヤがこんな状態なんだ。使うしかない」

「ありがとう……!」


「だが、その魔法を使うには条件がある」

「もちろん、なんでもやるぜ」

「ころしてきてくれ」

「え?」

「誰でもいい。蘇生魔法には誰かの生が必要だからな。誰かをころしてくれ」

「……えっ」

「どうした?なんでもやるんじゃないのか?ドミー」

「……あ、あー……わかっ……た……」

「ジスラでもいい」

「なっ!?」

「誰でもいいと言っただろう。俺が魔法を発動させるから、俺以外の誰か、だが」

「悪いが抵抗させてもらう。薄情だと思われるかもしれないが、しにたくはない」

「ジスラ、あんたは薄情なんかじゃないさ。生きたいのは当然の気持ちだろう。ドミー、ジスラをころすか?」

トナの目は真っ直ぐだ。

「いや……ジスラは……大切だから……ころさない……」

「そうかい。あんたの力があれば、魔法なんて使わなくても他人を殴りころせるだろう。そんなに苦労せずに他人の生を奪えるはずだ」

「……」

「その辺の女子供をさらってころせばいい。簡単だろう」

「……」

「だが、あんたは芸能人だ。事件になったらマズい。犯行がバレないようにするには……例えば、」

「ころしてくる」


「待っててくれ」


「ああ、分かったよ。クオストヤは俺たちで預かろう」




「トナ兄、」

「ん?なんだい、ジスラ」

「ドミーを監視しておこう」

「必要ないと思うがね」

「?俺に監視させるためにあんなことを言ったんじゃなかったのか」

トナが首を横に振る。

「無理さ。アイツには人をころせない。だから言ったのさ。まあ、だが、万が一ってこともある。監視はしよう」

「わかった」



山から出て、なんとなく公園のベンチに座る。

「……」

子どもが遊んでいる。ルカルニーくらいの年齢だろうか。

(ころす……か。あれくらいの子どもなら一瞬でできる気がするな)

はしゃいで走り回るルカルニーの腕を掴んだことが何度もある。

(簡単だ。今ならできる)

だが、立ち上がろうとしても、足が動かない。

(なんで……)

「あー!ボール!わー!」

向こうから男の子が走ってくる。ボールがドミーの足元に転がった。

「ごめんなしゃい……」

「あ、ああ……」

反射的にそれを取って、手渡した。

「ありがとお!」


(あ……。今、腕掴めたのに)

チャンスだったのに。

―とおちゃあ!ボール取ってくだちゃーい!

―はいはい。よしっ、取れたぞー。

―きゃははっ!ありがとお!


「……」

ルカが。

もし、ルカが、こんな風に人をころそうとしている人物に攫われたら。

(クソッ……ダメだ……俺が親なら耐えられねー……)



辺りが暗くなってきた。さすがに帰らねばならない。

(二人にどう言えばいいんだ?)

いつも一緒に暮らしているクオストヤが、あんな風になってしまったなんて。ケイトとルカにどう説明すればいいのか。

(トナ兄が蘇生してくれるし……俺が人をころせば、だけど)

それをするまでは帰れない。誰か、誰かをころさなければ。

(か、帰り道で誰か攫えばいいか……)

公園を後にし、帰り道を歩くことにした。



「じゃあ、また明日!」

若い女性だ。友達と別れ、一人で歩き始めた。

(チャンスだ。俺なら、簡単に……)

後ろからゆっくりと近づく。女性はスマホの画面を操作しながら歩いている。

(気づかれない。いける……)

辺りはすっかり暗い。知らない女性なら躊躇いなんて、無い。

「わ、悪いな……」

腕を掴もうと手を伸ばしたとき、ドミーのスマホが鳴った。

「あらっ?」

「……え?」

画面には、『ドミー、もう帰ってる?』の文字が。

「やだ、ちょっと。私を驚かそうと後ろから着いてきてたのかしら?」

「……あ……、け、ケイト……」

「何よ?今日はニチジョウで撮影だって言ったでしょ?忘れてた?」

「……え……あ……」

暗くて、そして、焦りで。目の前の女性が自分の妻だと見えなかった。

「ケイト……か……」

「ドミー?何か変よ?」

いや、都合が良い。


(今、俺しかここにいない。ケイトは完全に俺に心を許している。それなら)


腕を掴む。その力の強さに、ケイトが驚いて後ずさる。


「どうしたの?ドミー?」

「……そっちがどうしたんだよ、ケイト」

「え?」

逃げようとしているのか。力の差を感じて、怯えているのか。

(なんだ?なんでこんなに気分が良いんだ?)


「俺が……」


「俺が、怖いかよー……?」


「怖くないわよ。手を離して」

ケイトが睨んでいる。ハッと我にかえるドミー。手を離す。

「あ……悪い。痛かったか?」

「すごく痛かったわ。傷がついたらどうするのよ」

「わ、悪い!俺……ええと」

「なにかあったわね?言いなさい」

「えっ」

「浮気?だったら許さないわよ。最初から言ってるけど、あなたが不倫した場合は私がルカを引き取って育てるから」

「いやいや!そんなことするわけないだろー!……そうじゃなくて、」


言えない。


「そうじゃ……ねーんだけど……」

「じゃあどうしたの?」

「……悪い。ちょっと、今、話せねーこと……だから」


「ごめん」


ケイトにも、いや、ケイトだからこそ言えなかった。



翌日。

「おっ、戻ってきたね」

「二人とも、ずっとここにいたのか?」

「ああ、キャンプをしていた。クオストヤと離れなくなかったからな」

トナとジスラはいつも通りだ。クオストヤは……姿が見えないから、もしかして

「蘇生……してくれたのか?」

「いや、言っただろう?生が要るって。人をころしてきたかい?ドミー」

「……ごめん、俺には無理だったぜー」


「そうかい」


「クオストヤ、ごめんな。出来ない兄ちゃんで」


「昔から、そうだったよなー……弟のあんたの方が、天才で……俺は普通のことしかできなくて……」


「もしかしたら、俺がしんでたら、あんたは……人をころしてきたかもなー……」


「ああ……ううっ……トナ兄……ジスラあ……」




一頻り泣いたドミーに、水を渡す。

「ドミー、クオストヤはここでしばらくキャンプをしながら絵を描いていたみたいだぜ」

「……え?」

「夜空さ。この絵の空が、昨日の夜見えてね」

アントナが空を見上げる。

夜空の絵は、完成していた。

「今日はあんたもここに泊まろう。な?」

無言で頷く。


日が落ちてきた。都会の喧騒を離れ、クオストヤが何を思っていたのか想像しながら空を見上げてみる。

「……こんなに鮮明に見えるようになったのか」


転んで、転んで、怪我をして。輪郭がぼやけた、混ざった色の世界しか知らなかったクオスが


こんなにたくさんの小さな星を見つけられるようになった。

それを知れて、ドミーは嬉しかった。

「ありがとなー、クオス……」


「あんたの見える世界を教えてくれて、ありがとう」


遺体はトナが既に警察に引き渡していた。

それを聞いても、ドミーは怒りがわいてこなかった。

「嘘をついていてすまない。俺には蘇生魔法は使えない。たしかにオーダムの魔女の血を強く引いているがね。使えた試しがないのさ。いつか使えるようになるのかもしれないが、今じゃあない」

「……人をころすっていうのも、嘘だったのか?」

「まあ……半分は嘘だね。半分は本当さ」

「半分って?」

「つまり、それくらいの覚悟がいるってことさ。『運命』を曲げるための、ね」


「俺たちの爺サン……アレスも、俺たちの父サンたちも……そうやって世界の運命を曲げてきた。その結果俺たちがこうやって生きているわけだが、」


「クオスはなんで、自分の運命に抗わなかったのか。それを考えてねェ……」


「抗えなかったんじゃなくて、抗わなかった、か」


トナが静かに頷く。ドミーは星を見上げ、目を閉じる。


(クオスは天才だったが、多くは求めなかった。それがアイツらしい。運命に抗いたくなかったのかもなー……)


「アレス爺サンがここにいたら、こう言うだろうね。

『そんな人生もあるかもしれないね』って」

「爺さん、そんなに諦めるの早いかな」

「それもそうか。ドミーが運命に抗おうとしたことを褒めてくれるかもだ」

「……そうか?ははっ」


「クオス、俺さ。あんたの分まで生きてみる。だが、やっぱ寂しいって、たまには弱音吐いちまうかも。それでも、いいか?弱い兄ちゃんは嫌か?」


「嫌だったら、あんたは俺のこと嫌ってたか。ごめんな。ありがとう」


来世もまた、兄弟になりたい。

運命がそうなるなら、と、星空に願うドミーだった。

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戻らない色 まこちー @makoz0210

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