Good Luck !

浦松夕介@『エソラ』毎日18:05更新

このマイクで

 試合が進んでいく。もうすぐあたしの番だ。


 一回戦の相手はいきなり優勝候補、ブロンクス出身の二十一歳の男だ。


 五歳の頃に両親が亡くなって、そこからストリートをマイク一本で生き抜いたという。十五歳の頃に銃で撃たれたが蘇生して、胸に不死鳥のタトゥーを入れてステージに戻ったそうだ。


 対するあたしだが、千葉県松戸市の団地出身の十六歳。タトゥーどころかピアスも開けてない。


 父親は今も役所で働いてるし、母親も学校の先生やってる。


 地元にあるストリートの名は『にこにこ商店街』。そこであたしは変な薬じゃなく、メンチカツを食って育った。てか昨日も商店街のみんなから差し入れにもらった。寄せ書きには『メンチカツで勝つ!』って書かれてた。


 東京ドームは満員だ。会場の熱狂ぶりが、この控室にまで音圧として伝わってくる。壁がビリビリ震えてる。


 今日集まってるのはただの観客じゃない。あたしたち演者も含めて、事前に十ヵ国語のリスニングテストで80点以上のノルマをクリアした世界中の観客ヘッズたちだ。つまり言語の壁はなく審査は公平だ。


 世界中で中継され、リプレイも即座に翻訳字幕が付いて流されるので視聴者投票の体制も万全だ。


 優勝賞金は日本円換算で8億5千万、ウィナー・テイクス・オール。


 準優勝者にさえ賞金はない。去年準優勝したラッパーはそれこそ名声プロップスは得たが、あと少しで届いたはずの大金を逃して自暴自棄になり、今では消息不明という噂だ。






 ───手の震えが止まらない。


 これまで国内大会を勝ち進んできた。負けた相手は本気で悔しがったし、ステージ上で泣いたり崩れ落ちたりしていた。横浜アリーナでの決勝であたしに負けた相手は失神し、緊急搬送されたのだった。


「Hey,『Madマッド O2オーツー』. Get ready」


 係員に呼ばれて、あたしは慌てて立ち上がる。


 まずい、手の震えが止まらない。試合中にマイクを落としたらシャレにならない。


 あせりを抱えたまま控室を出ようとした時だった。


 その係員がニヤリと笑って、あたしに耳打ちした。


「Good luck!」


 その一言に、あたしは振り返る。


 彼は親指を立てていた。


「あ……」


 そしてあたしは彼の目を見つめて、日本語で返した。


「あのー、縁起でもないこと言わないでくれません? 今からあたし、人を不幸にしてくるんで」


 係員は呆気あっけに取られていたが無視して、あたしは控室を出た。バカが、呆れるのはこっちだ。


 まぁいいや、今ので逆に気合入った。


 全員ぶっ●してやる。


 不幸にしてやる。


 二度とマイク握れないようにしてやる。


 今日もこのマイクで、負けてステージ上に崩れ落ちる相手の泣き声を拾ってやろう。顔を上げろ、もっと大きい声で泣き叫べ。腹くくれよ、全世界に生中継で聞かせてやるから。


 何が不死鳥だ、焼き鳥にしてやる。覚悟しろ。


 あたしが扉を開けると、地鳴りのような歓声がドーム中に鳴り響いた。


「クソ野郎ぉーッ!」


「サイコパスーッ!」


「今日も負けた相手、失神するまであおるのかーッ!」


 その中で日本勢の観客のブーイングが、マイクを握るあたしの手に力をくれた。あぁ、これだ。この感じだ。


 手の震えが止まった。試合前のこの武者震いグセ、そろそろちゃんと治さないと。


 あたしはマイクを握った手を高くかかげて、中指を立てた。


 そしてそこに人差し指を添えて、世界大会のステージへと向かった───

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