この未来だけは許せない
島本 葉
予知夢!?
「やっぱりこの電車じゃなかったな。いや、本命は次だ。絶対に阻止しなければ」
何本目かの電車の扉が目の前で閉まるのを見送りながら僕は呟いた。
『駆け込み乗車は危険なのでおやめください』というアナウンスが構内に響く。今朝に限っては僕に向かって言っている気がする。
今は朝の六時三十分。ローカル路線とはいえ、通勤や通学で駅のホームはざわざわとしている。さっき買っておいた麦茶を張り付いた喉に流し込む。飲み込みきれずに口の端から溢れた雫を袖で乱雑に拭い取る。緊張で心臓はバクバクとしていた。
今朝、未来を見た。いや、ほんと。マジなんだって。
起き抜けに見たスマホの通知も、朝ご飯の目玉焼きが焦げていたのも、TVのニュースも。全部夢のなかで体験したことが現実でも繰り返されていた。それなら、あの忌々しいシーンもこのままだと現実のものになってしまう。それだけは阻止しなければいけない。
夢の中の僕が通学の電車に乗り込んで空いた席に座ると、出発間際に彼女──幼馴染の
何を隠そう、僕は小学校の頃から、彼女に恋をしていた。もう六年になる。いや、それはいい。問題はその後の夢の展開だ。駆け込み乗車をした勢いで、彼女はチャラそうなイケメンにぶつかって「大丈夫?」「す、すいません」と抱きとめられてしまうのだ。
見つめ合う花純とチャライケメン。
その時の花純の表情は、なんというか少女漫画で見かけるような、恋に落ちた雰囲気を醸し出していた。そして案の定、LINEの交換などを始めてしまうのだ。
許せん。あのイケメン、絶対に許せん。
そうして僕は慌てて朝食をかき込んで、いつもより早い時間に駅にやってきたのだ。未来を夢に見たのは、僕にあの出会いを阻止せよとの神様の思し召しに違いない。
作戦はこうだ。
イケメンに抱きとめられなければいいのだから、替わりに僕が花純を抱きとめればいいのだ。 そのためには、確実に花純が飛び込んでくるタイミングを見計らって、車内で待ち構えなければいけない。
夢では僕が先に乗っていたのだから電車はいつもの時間で、階段を登ってすぐの五号車だろう。いや、まてまて。この日に限って電車が遅れたり、乗るのが一本早かったりということが無いとは断言できないぞ。確実に花純の車両に乗り合わせなければ、あの運命の、いやいや、あの悲劇が再現されてしまう。「ごめんなさい」「いや、大丈夫だよ。キミ可愛いね」などというクソ展開に突入させるわけにはいかないのだ。
電車のアナウンスが響いて、僕がいつも乗る電車が到着する。プシュー、と扉が開いて車内からどっと人が吐き出される。
あれ?
まだ花純の姿が見えない。この電車でもなかったのか?
その時、人が少なくなった車内に憎っくきチャライケメンの顔が視界に入った。あいつだ! そして、階段をバタバタと駆け上がる足音!
ここだー!
僕は車内に飛び乗ると、イケメンを押しのけるようにして、扉の前に陣取った。ばっちこーい!
今にも扉が閉まるというその瞬間、花純が僕の腕の中に飛び込んで来た! ぐぉっ、痛てぇ!
みぞおちにクリーンヒットして一瞬意識が遠のきかけたものの、気合でなんとか踏みとどまって腕の中の花純を見た。あ、いい匂いがする。
「だ、大丈夫?」
「す、すいません」
この瞬間、僕は閃いた。まさに天啓。このシチュエーションは、チャライケメンのポジションを奪い取ったということなのではないだろうか!?
それなら、このまま花純を見つめて、例のチャラいセリフを言えば僕が花純と――。
「ああ、なんだ俊哉じゃん。おはよ」
僕の顔を認めた瞬間、花純はするりと腕の中から抜け出していた。
「あ、ああ。おはよ」
目的は果たしたんだ。僕は負けてないはずだ。今日もかわいいね、などと言えるわけもなく、口の中でモゴモゴと声に出せずに呟く。
でも、こうして一緒に登校できるだけでも十分幸せだよな。クールな幼馴染を装いながら、頬が緩みそうになるのを必死に堪えるのだった。
その瞬間 「このヘタレが」と、どこかで神様が呟いた気がした。
(了)
この未来だけは許せない 島本 葉 @shimapon
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます