第6話
第六話
スマートフォンの連絡先を開いたのは、何年ぶりだっただろう。
指先が震える。
そこに残っているのは、すでに十年以上更新されていない番号。
――妻、そして二人の子どもたちの名前。
(もう、繋がらないかもしれない)
それでも、消せずに残してきた。
会社帰りの夜。
アパートのちゃぶ台にスマホを置き、青は缶コーヒーを手にした。
アルコールを口実に逃げたくなる衝動を抑え、深呼吸する。
「……よし」
まずは息子の番号を押した。
ワンコール、ツーコール……心臓が耳元で鳴るような感覚。
そして――
『現在、この電話番号は使われておりません』
無機質な音声が流れた。
青は肩を落とす。
予想はしていた。十年以上経てば、番号が変わっていてもおかしくない。
次に、娘の番号を押す。
祈るような気持ちだった。
ワンコール、ツーコール……
「……はい?」
女の声がした。
若い、だが少し落ち着いた声色。
――間違いない、娘だ。
青の喉が詰まる。
「……あ、あの……」
数秒の沈黙。
勇気を振り絞る。
「……父さんだ。……槙野だ」
受話口の向こうで、息を呑む音がした。
「……え?」
「……久しぶりだな。元気にしてるか?」
声は震えていた。
娘の返事はすぐには返ってこなかった。
だが、やがて小さな声で言った。
「……ほんとに、お父さん?」
「……ああ。……会いたいんだ。お前にも、兄貴にも」
沈黙が流れる。
青は、心臓が裂けるような思いでその一言を待った。
やがて――
「……分かった。考える時間をちょうだい」
電話は切れた。
受話器を置いた青は、深く息を吐いた。
返事は「会おう」ではなかった。
だが、完全な拒絶でもない。
(……繋がった)
それだけで、胸の奥が温かくなった。
十年以上閉ざされた扉が、ほんのわずかに軋んで開いたのだ。
青は天井を仰ぎ、小さく笑った。
「……ありがとう」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
ただ、その言葉は確かに、昴のいるあのカフェに届いている気がした。
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