第5話 『監督生』
「皆さん、先ほどは驚かせてしまい、申し訳ありません」
学園長は深々と頭を下げた。その姿に、ざわついていた生徒たちの視線が再び集まる。
「彼女……ソフィア・ヴェスパーは、この学園の『監督生』として、皆さんの学園生活を、皆さんと同じ学生という立場で支え、共に彩っていくのです」
その言葉に、再びざわめきが起こる。
「『監督生』?入学説明会でそんな話は出ていなかったけど」
「裏口入学を揉み消そうとしているのか?」
生徒たちの囁きに、学園長は静かに、しかし厳然と告げた。
「皆さん、お静かに。あとそこ、根も葉もない噂を作ってはなりません。……『悪』が入学初日につくなんて、前代未聞ですよ?」
その言葉に、生徒たちは一瞬にして静まり返った。
『善』と『悪』。それは、このアルカナ魔法学園の最大の特徴。
成績優秀者や人助けといった『善』となる行動をした者には、その数に応じて特別な成長の機会が与えられる。一方、許可のない攻撃魔法の乱用、差別的態度、他生徒への迫害といった『悪』となる行動をした者には、その証として『悪』の印が与えられる。この印がいくつかたまると、即刻退学となる。
「この試みは、近年この世界で問題となっている、魔力の有無による差別や迫害、それによる戦争といった社会問題を、魔力をもつ者として知り、学び、そして断ち切る種となることを目指しています」
学園長の言葉は、講堂全体を包み込むように響き渡った。彼の視線はソフィアに向けられていた。
「魔法というものは、他の者を救うと同時に、他の者に脅威を与えるものでもあるのです。その事を、決して、忘れないでください」
学園長の言葉に、生徒たちは深く頷いた。しかし、ソフィアは何も感じなかった。かつて自分を裏切った『友情』や『優しさ』も、脅威となることを知っているから。
「……フーヤオ」
ソフィアが小さく呟いた。
「何じゃ?」
足元から、いつもの声が返ってくる。
「……本当に、これで良かったのかな」
ソフィアの心の奥底から湧き上がる不安。だが、その感情を彼女は言葉にすることができない。ただ漠然とした違和感だけが、彼女を包み込んでいた。
「環境というのは、時によって変わるものじゃ、少しだけ、身を委ねてみよ」
フーヤオはソフィアの不安を察しながらも、深入りはしない。ただ、彼女の心が少しでも楽になるように、静かに言葉をかけた。
「……そう」
ソフィアはそれ以上、何も言わなかった。学園長の言葉が示す理想と彼女自身の過去が、まるで遠い世界のように感じられた。
その時、式典を終えた学園長が壇上から降り、ソフィアの元へ歩み寄った。
「ソフィアさん、少し、お話があります」
ソフィアは、ただ静かに頷いた。
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