最終回

 真由美は背景を知っているだけにもう反対することはできなかった。できる限り両親の自由を応援してやりたい。

「離婚式ってあるらしいよ。『最後の共同作業です』って言って結婚指輪を二人で壊すんだって」

 兄の手元には離婚式のパンフレットがあった。いつもと同じヨレヨレのTシャツを着ている父は「それおもしろいな」と手を叩いて笑い、化粧をせず、すっぴんの母も「ここまで来たら、やるところまでやっちゃおうか」と笑っている。

仲のいい家族のやり取りだ。第三者がこの姿をみて離婚の協議をしていると、誰が思うだろうか。

 この父と母なら離婚式を面白おかしくやってしまいそうだ。本当に離婚するのだろうかと、今さらながらに思ってしまう。とはいえ、話している内容は財産分与とか、離婚届の手続きなど重い話ばかりだ。やはりもう、戻ることはできないのだろう。

「真由美、何か言いたいことはあるか?」

 父が真由美に尋ねた。菊田家の家族会議は父が真由美に意見がないか聞くのが、終わりの合図である。いつもなら、何も言わずに首を横に振る真由美だが、今日は違う。胸の鼓動が大きくなるのがわかった。

 真由美はため息をついた。ここで言っておかないと一生後悔するだろう。

「今後も家族会議をやりたい!」

 真由美が初めて自分の意見をちゃんと言ったからだろうか、この提案に父も、母も兄もみんな呆気にとられている。

「誰とどんなふうに付き合おうが、家族は家族なんでしょ」

 初めて家族会議で自分の意見を口にした気がする。真由美の口の中は乾いている。みんなの反応を見ていると、緊張して汗をかいてきた。

「確かに、役所に離婚届を出したら夫婦は終わるかもしれないけど、家族は紙切れ一枚で簡単に終われないよな」

 一番最初に我に返った兄は笑いながら言った。市役所勤務らしい言い方である。

父も母も考えてもみなかったというような顔をしている。

 帰り道、駅まで送るという両親の申し出を断り、真由美は一人で歩いていた。

 結局、真由美の勢いに押されてみんな納得した。

 あれだけ鬱陶しかった家族会議がなんだか愛おしい。そう思うと涙が出てきた。


                                (終わり)

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