第1話:黒猫、泣き叫ぶ。白猫、嗤う

 眩しい朝日が注ぐ、朝焼け頃。

 誰も通らないような、意外にも綺麗に整備された山道を、少年が走る。

 少年は女性のような柔らかい顔立ちと肩にかかる銀髪、青い左目と赤い右目のオッドアイ。

 彼はその美しい姿で山を駆ける。


 ランニングは彼の日課だ。

 朝6時に起き、山道をぐるっと1周する。

 そして家に戻ってからは体の眠気を取り除くために、濃く苦いコーヒーを飲む。

 彼はこの苦さが大の苦手だが、そのコーヒーが一番眠気を覚ますのだ。

 我慢するしかない。


 そして、コーヒーを飲む間に、「ニャ~」と言う鳴き声が聞こえた。

 いつもこの時間に起きる、2匹の猫だ。

 黒猫ネロ(オス)と白猫メロ(メス)。

 二匹は繁殖はしない。

 主人である少年に禁じられているからだ。

 まぁ、そもそも猫達に性欲は無かったのだが。


「おっはよーーー!」


 ネロの騒がしい声が響く。


「ネロ、うるさい!朝なんだから静かにしてよね!」


 そうして喋るメロもなかなかうるさい。


 (注意する側がうるさいのは本末転倒では?)


 と少年は考える。


 この猫達は普通の猫じゃない。

 それは猫達が人語を喋っていることからもわかるだろう。

 猫達は使い魔である。

 高度な魔術師は、使い魔を持つことは多いが、わざわざ可愛らしい猫を選ぶ者は少ない。


「やーい、メロの世話焼き〜!」

「そうなってる原因は一体どこの誰だ〜!」


 この猫達は朝からなんとうるさいことだろう。

 喋るだけならいいが、朝に叫ばれるのは勘弁してもらいたいことである。

 この立派な家は質素で背の低い山の山頂付近にあり、そうそう家はないし、当然人も来ない。

 だが、朝から喧嘩するのは勘弁していただきたいことである。


 少年は一喝した。


「朝なんだから静かにしなさい!」

「「はい!!!」」


 さっきよりもうるさくなった返事だったが、それ以降は声のボリュームを下げていたため、少年は我慢した。

 そして朝のご飯として香ばしい塩漬けの脂身の乗った魚と、普段より大きくカットした油の少ない肉を出した(静かになったご褒美も兼ねて)。

 少年は飴と鞭を使い分けるのだ。


 そして彼は朝飯として、パン、ソーセージ、コーンスープ、ホットコーヒー、ヨーグルトを食べる。

 毎朝同じなので飽きることもあるが、その時はコーヒーの種類を変えて調節している。

 今年で17歳になった彼が、未だヨーグルトを食べるのは理由がある。

 少年は背が低い。

 155cm程の身長であり、13歳から全く伸びていない。

 周りの男子は170cm超えが当然のため、身長は低めと言えよう。

 そう、彼はもう伸びない身長を必死に伸ばそうとしているのである。

 それを聞いたネロとメロは、鼻で笑ったのだという。

 勿論、その後に少年からの説教が始まったとさ。


 朝飯を食べ終わると、猫達が話しかけてきた。


「なあなあ、お前っていつも苦そうな黒いコーヒー飲んでるじゃんか」

「そうだね」

「お前って舌敏感だろ? そんな苦そうなの飲めんのか?」

「馬鹿にするな、飲めてるだろ。 まあ苦いから嫌いだけど、その代わり眠気消えるからさ」

「別に昼飲んでる紅茶とか、夜の酒でもいいんじゃねーの?」

「朝の紅茶は甘すぎるし、酒飲んだら醉っちゃうだろ? 誰が朝から酔いたいんだよ」

「ふ〜ん、そんなもんなのか」

「そんなもんだよ」


 ネロの言うとうり、少年は飲み物を時間帯で変える。

 朝は目覚めのコーヒー、昼はリラックスの紅茶、夜は一日のご褒美というふうに役割を決めているため、少年はその時間帯に合うものでなければ飲まない。


「ネロ、飲んでみなさいよ?」

「お前が言うことじゃね〜だろ〜!」

「いや別に飲んでもいいよ」

「マジか!?」

「大マジ!脳がキンッキンッだよ!」


 誰にも伝わらない悲しいネタを披露しつつ、少年はネロにコーヒーを舐めさせようとする。


「そんじゃ、いっただっきま〜す!」


 ペロッ、という音とともに、ネロが固まった。

 何故だと思う?


「ウンギョ〜エヤ〜〜〜!!!」

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」


 ネロの可愛らしい姿の猫とはかけ離れたとんでもない鳴き声に、メロが大爆笑した。

 少年も釣られて軽く笑っている。


「オメェら〜! 絶対嵌めたなお前ら! 絶対故意だろコレ〜〜〜!」

「いやいや、明らかにヤバい色してるコーヒー飲む方が…www

 引っかかる方がいけないんでしょ〜www」

「てんめ〜! はい、今俺様ブチギレた! 今日一日ぜってぇーーー許さねぇかんな!!!」


 そんなふうに猫達は今日も叫ぶ。

 朝食の時間も過ぎ、叫び笑っている様子を少年は楽しみながら、外出の支度を進める。


 姿は、両手の人差し指に指輪、左手に腕輪、服に隠れるように首にかけられたペンダント、そして白い服だ。


 少年は大都市バルドン伯爵領へと買い物に出かける。

 留守は猫達に任せている。

 心配に思うが、猫達はあれでも戦闘力は高い。

 余程強い相手でなければ問題ないだろう。


 そんな思いで彼は街に着いた。

 山から街は少し離れているも、決して歩けない距離ではない。

 毎朝8:30には街へ到着する。


 少年は新聞を取りに行く。

 彼には情報を知る手段が少ない。

 なにせ山頂、届くわけもない。

 1週間に1回新聞は出されるので、毎週取るようにしている。


「この程度で済むな」


 その後はいつも通りに消耗品や食べ物、暇つぶし兼猫達への飴の本を買ってから家に戻る。

 猫達は本を読む時だけは静かに、時に騒ぎながら読む。

 その様子は少年も好きなのだ。


 そして、自分のニートのような生活にも役立つ知識がたまに見つかるため買っている。

 それに、彼は魔術の研究者だ。

 魔術という奇跡には、解明されていない謎、開拓の余地のある分野が数多く存在している。

 それを研究・実験し、公表することが彼の仕事の一つでもあるのだ。


(…ここらの本は読み漁ったか。

 …新刊が来るまで、あと何ヶ月かかる…)


 彼は毎日一冊買っている。

 一冊とはいえ、毎日買っていれば、当然本は減っていく。

 一部の本屋にとっては、最初は買ってくれる『天使』だが、最後には全てを買い漁る『悪魔』として有名になっている。


 少年は本心では疑問に思っているが、取り敢えず猫達に責任転換をしておく。

 そうだ、猫達が欲しいと言ってくるから自分は買っているのだ。

 決して、自分が買いたいだけではない!


 そうして、少年は家に帰ろうとする。

 買い物は9:00頃までかかり、家までは30分かかる。

 が、仕事は10:00からなので、問題はない。

 そう思いながら、買い物袋を手に商店街を抜けようとした所で、肩に力がかかる。


 少年は振り返る。

 そこには、美丈夫がいた。

 高い背、顔は正にイケメンの、服が違えば女性と見られそうなその容姿。


「お久しぶりです、ミリア師匠。

 仕事の件、王都周辺都市が一つ、メディア侯爵領より馳せ参じました」


 少年の名はミリア・アルト。

 レティーラ王都が誇る個人においての最高戦力、

 『七賢者』が一人、『無情の魔術師』である。

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