第5話 5 最終話
「川に流すしか出来なかった兄を許してくれ……」
煌びやかな青年、シジャール=フェルネフィック=カオーフォント=うんちゃらかんちゃらは涙を流す。
名前が長すぎて、憶えきれない。
シジャールが切々と語る話では、リディアが生まれた時、王弟であるフェデオリック=うんちゃらかんちゃらが、王位
騎士団を味方に付けたフェデオリックの勢いは凄まじく、国王は殺され、王妃は牢に繋がれてしまった。
王子であるシジャールはなんとか国から逃れたが、妹を連れて行くことができず、追ってから妹を護るため、泣く泣く川へと流したのだと言う。
「フェデオリックを討ち取るのに十年の月日がかかってしまった。それから妹を探して、探して……。やっと見つけることが出来た」
シジャールはハラハラと涙を流す。
そうか。リディアは捨てられたのではなかったのか。トールはホッとした。
そして、寂しさかに襲われる。
リディアに家族がいたのだ。
目の前には実の兄がいる。父親は亡くなったが、母親は助かったとのことだ。
血の繋がらない父親と過ごす必要はなくなった。
「それで?」
人化したリディアは、さも興味が無いと言わんばかりに、自分の爪を見ている。
「リオロネーデが…「リディアよっ!」」
「お、おお済まない」
シジャールがリディアの本当の名前を教えると、リディアは自分の名前はリディアだ。そんな名前で呼ぶなと、強く反発した。
「やっと妹を見つけることができたのだ。もう離れたくはない。一緒に国に帰ろう、
「いーやー」
リディアが即答する。
「なんと! なぜだ。人族と共に暮らすのは、不自由であろう。それに、こんな貧しい暮らしをせずともよいのだ」
シジャールの言葉に、トールはズキリと胸が痛む。
リディアは水蛇の国のお姫様だった。
こんな百姓の自分と一緒に暮らしていい相手じゃなかった。
もしリディアを城下町の孤児院に送っていれば、もっと早くシジャールと会えていたかもしれない。
こんな貧しい暮らしを長くしなくても良かったかもしれない。
「失礼なヤツ。私はね、トールとの暮らしに不満なんかないのっ。私はトールと離れる気はないから、遠い国になんか行かない」
シジャールに向かってベーッと、舌を出している。
「それに、もうすぐトールと番になって、トールの卵を産むの」
「ぐふっ!」
ウフフフと笑うリディア、いきなりの話に息が詰まるトール。
「何だとっ。もしやトール殿は、発情期前の子ども相手に
「してません、してません」
いきなりシジャールから胸ぐらを掴まれ、慌てて両手を振って否定する。
「止めてよっ、トールを放しなさい! それでなくてもトールは私にムラムラしなくて、発情してくれないのよっ。アンタのせいで、もっと嫌がられたら、どうしてくれるのっ」
リディアが人化したまま “シャーッ” と、シジャールを威嚇する。
「なに、ムラムラしないだと。いくら幼いとはいえ、妹はこんなに魅力的ではないかっ。トール殿は男性ではないのか?」
呆れたようにシジャールがトールを見る。
ふしだらと言って怒ったんじゃないのかよ。
「さっさと帰ってちょうだい。貯金も貯まってきたから、ここに家を建てて幸せ生活を始めるんだから」
リディアの言葉にトールは驚く。
貯金していたことも知らなかったし、その貯金が家を建てるほど貯まっているなんて。
いやいやそうではないだろう。リディアは子どもだから、家を建てるのに幾らかかるか知らないだけだ。
「何と言うことだ、トール殿にはリディアを助けてもらって大恩がある。しかし、大切な妹を奪われるわけにはいかない。妹と番になるなど、許すわけにはいかない」
「ふん、アンタに許してもらう必要なんてないんですけど」
リディアはトールに抱き着き、それを剥がそうとするシジャールに、シャーシャー威嚇している。
「よし分かった。トール殿のことを知ろうではないか。トール殿がリディアに相応しい相手なのか、私は知らないからな。妹と番うのを許可できるのかは、トール殿のことを知ってからだ」
「だから、許可なんていらないのっ」
「ということで、余もここに住もうではないか!」
「はあっ?」
シジャールは、いいこと思いついたと言わんばかりに、ポンと手を打つ。
「陛下、何を言われるのですか」
今まで後ろに控えていたお付きの人が慌てて止めに入る。
「余は閃いたのだ。リディアが国に来てくれないのなら、余がここに来ればいいだけのことではないか。ここに離宮を建てようぞ。そんなに大きくはなくてもよい。ダンスホールは小さくてもかまわないし、ダイニングルームは20名が使えればいいだろう。だが、ドローイングルームは少し贅沢な作りにしよう。
いきなりシジャールは語り出した。
自分の閃きに得意になっているのか、赤い目をキラキラさせていている。こんな所はリディアにそっくりで、兄弟なんだとトールは思った。
「こんな人族の国の外れに宮殿を建てるなど、陛下は水蛇の国を捨てると仰るのですか?」
「何を言っておる。水蛇の特性を忘れたのか」
水蛇の特性は『水中移動』。水の中の移動ならば、ワープしたように遠く離れた場所にも瞬く間に移動することができる。
「ですが、余りにも遠すぎます」
「余を馬鹿にするのか。余の水中移動ならば、執務室からここまで、ほんの数刻で移動できる。なんら公務に差し支えはない」
「失礼いたしました」
お付きは頭を下げる。
この大陸の全ての川の源流は一つだとされている。そしてその源流に水蛇の国がある。
そんな遠い遠い所から、数刻でここまで移動できるというのか。
それが可能だと言うのなら、目の前にいるシジャールは、竜神なのかもしれない。
「離宮が建ったなら、母上もお呼びしよう」
「ならば人族の国王にも話を通しておく必要がございますね」
「建設の作業団を手配せよ。すぐに取り掛かるのだ」
「承知いたしました」
シジャールとお付きが前向きに検討している。
「えー、
リディアが嫌そうにしているが、実母と実兄だ。
違う、そこじゃない。
トールは慌てる。
「ここに離宮を本気で建てる気ですか?」
「そうだが?」
何か問題でも? とでも言いたげな不思議そうな顔をシジャールが向けてくる。
問題だらけだろう。
いきなり他国の王族が宮殿を建てるのも大いに問題だが、その目的がトールを知る(たぶん監視)するためだなんて。
俺は一体どうなるんだ。
リディアに迫られるのだけでも手に余っているというのに、その兄までやってくるなんて。
これからのことを考え、頭を抱えるトールなのだった。
※※ お終い ※※
お付き合い、ありがとございました。
愛娘(水蛇)から迫られています。誰か助けて下さい! 棚から現ナマ @genn-nama
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