電脳外交対策課≪イプシロン≫

あさひ

第1話 影から移ろいて

 暗闇の中で輝く眼鏡には

画面の残光が映し出されていた。

 文字と数字の羅列に

赤い記述がなされる。

「エラー?」

 それを嘲笑うように

赤い記述は消えていった。

 序章には理解が及ばないことが多い

だが赤い記述には

計り知れない悪意が混ざっている。

 数か月後に起こるサイバーテロを

予告していたのかもしれない。


 朝のチャイムが鳴り響く

デスクに並ぶパソコンは

同時に電光を放つ。

「あいつは?」

「うーん…… 遅刻ですかねぇ?」

 呑気なセリフを

ゆったりと言い放つのは

糸目の女性だった。

 苛立ちをかき消すように

続けたのはキレ症の上司を

収めるためではない。

「ルーティンになってないか?」

「違いますよぉ」

 テンポがズレている会話に

ドアが勢いよく開いた。

「すみませぇ……ん?」

「バレてるからな」

「遅いよぉ?」

 ボサボサな髪に

少し切れ長の目が印象的な

黒い長髪の女性が汗にまみれている。

 どうやら全力で走ってきたらしい

スーツもところどころ着崩れていた。

「今度は何を助けていたんだ?」

「ちょっと迷子の女の子を……」

「やっぱしかぁ」

 遅刻の原因はいつも通りに

町の誰かを助けていたのである。

「まあ良いか」

「いいんですねぇ」

 叱られることを想定した女性は

拍子抜けた。

「今日の仕事は何ですか?」

「レッドエラーについてだ」

「レッドエラー……」

 ニュースで巷を騒がせている

赤い表示のことである。

「レッドエラーが出た企業は

エンジニアが失踪していてな」

「行方不明ですか?」

「いや違うんだ」

「いつものだと思うなぁ」

 この部署は他の区間とは

全く違うのだ。

 郊外にある古びたビルだが

地下に本部が存在する。

 理由は端的にサイバー犯罪に関与する

テロリストなどを対策するためだ。

 そして一番違うのは

電子の世界に潜る異能の存在があり

その一点だけが相違する。

「私の能力ですか?」

「当たりだねぇ」

「電子世界にデータ化された人たちの救出に向かってもらう」

 異能という形で存在する

公に認めるには

あまりに突拍子のない部署だ。

「でも今回はねぇ」

「プロトコルと基地局がわからん」

「は?」

 つまり地道に捜査を行い割り出した後に

救出となる。

「データ化されたエンジニアは

死ぬことは多分ないだろう」

「どういうことですか?」

「電脳内で何らかのシステムを作らされている」

「システムですか?」

 言葉では伝わらないのでと

電子のパッドを見せられた。

「つまりはエンジニアが先に誘拐されたのは

一般人もデータという形で

人質に要求を呑ませようということらしい」

 これまで電脳内への引き込みは

よく存在したが大半が意識のみで

肉体ごと電子に変えるなどはない。

「新しいテロと見なした方が良いと?」

「わからんがこの状態はよろしくない」

「そういう判断でねぇ」

 どうやらお偉いさん方からの

熱望らしく政治的なものと言うより

危険性があるとのことだ。

「確かにデータ化された後に削除されれば……」

「完全犯罪をされかねん」

 もしデータを消すように

殺人をされたなら証明や立証

と言ったことが不可能である。

「基地局の周辺にジャミングは?」

「それがこの国の中に妨害電波は今のところな」

「不気味だよねぇ」

 本来はジャミングなど頻繁に起きている

基本的には常識だ。

 電波法が確立されているが

今の時代は簡単に電波を飛ばせるのだ。

「起きているはずの電波の渋滞はなし……」

「他にもラジオやテレビなども停滞中だ」

「都市機能はどうなってるんですか?」

「それは大丈夫だよぉ」

「ドローンが自発的に動けるように

自立器官だけで動いている」

「でも最初の指示のみ可能なのぉ」

 宅配や書類を最初に組み込んだプログラムのみで

後は人工知能に頼るという技術でどうにか対応済みだが

事故などの処理はカバーを入れない限り不可能に近い。

 制限された都市機能は

脆弱に等しいのだ。

「二次被害的にテロが起こりやすい状況ということ?」

「当たりだ」

 この状態でテロが起きれば

情報が飛ばせない以上はやりたい放題も

出来ると言えば出来る。

 遅れて対策したところで

詐欺や監視カメラなどで抑制している

生活に関与する犯罪は防げない。

「被害はまだですよね?」

「幸いな」

「でもいつまでかなぁ」

 状況を把握したのか女性は

焦燥を瞳に滾らせる。

「では早速でも捜査をするべきでは?」

「それがなぁ」

「指示を受け取れないのよねぇ」

 データの管轄が出来ないのであれば

指示を待つにせよ

時間が掛かり過ぎていた。

「今のも朝の便で来た情報だ」

「進捗はわからないと」

「そこでだ」

 奥のロッカーを指さし

作業服とヘルメットをアピールする。

「走ってこい?」

「物分かりが良くて助かる」

 ついでに近くにある電子に

潜り込み探ってこいとのことだ。

「スマホに入り込むことも出来るんだったな」

「テロリストを割り出せと?」

「さっすがぁ」

 電脳外交課と謳われる≪イプシロン≫

それが物理的にテロ対策のために

走り回る。

「電子じゃなくて現実を走り回れですか?」

「時間がない」

 戸惑いが隠せない

だが行くしかないのだ

半日も都市部まで掛かる

遅刻の連絡が入れられない日常が

仇となった。

「あと都市部から来たんだったな」

「ルーティンのおかげだな」

 反復された行動は身に染みてしまうものだ

でも役には立つ。

 電波の世界がどれだけ便利だったのか

知らしめるような事件だ。

 電子がどれだけ発達しようが

人間である以上は不完全

想定的に電波の喪失は忘れがちである。

 時刻はすでに昼を回りそうだ。


 炎天下に晒された自転車は

熱を集めながら体力をより減らしてくる。

 バッテリーという神器は

世界に溢れるべきだと全身で理解した。

「空調付きのジャンパーの普及は推進すべきだな……」

 バッテリーで動くクーラーという理解が

てっとり早いが

それより電波が飛んでいれば

何処で涼めるかは調べられていたはずである。

「もはや砂漠のオアシスを探すみたいでキツイ……」

 宝探しという気分でもない

何より地図がない。

 紙の地図なんてないよねぇと

ボヤキが止まらないのは

近未来において滅多にない。

 電波での更新が当たり前の

天気予報付きの地図が

恋しくなる。

「カートリッジすらも機能はないとは……」

 カートリッジとは

遠隔操作で充電する機関だ

過去には設置式のみ

空間に電気を送るのは不可能なのだ。

 電波での電子移動は

現代では不可能だが

この物語は近未来が舞台

実現可能かもしれない想像という形で

ご理解を求めよう。

 存外にも

女性は主犯をすぐに見つけた。

「なんでこんな冷静に?」

 目の前に挙動不審が数名ほど存在する

その集団は買い物をしているようだった

だが見るからに窃盗している。

「子供だよね?」

 中学生たちが未知のデバイスで

高額な家電を運んでいた。

 主犯と思ったのは

中学生たちが持っているデバイスが

過去に販売を禁止されている

仮想現実内に

入るための物だったからである。

「君たち?」

「ん?」

 ギロっと睨んできた中学生は

見るからにイレギュラーな女性に

戸惑った。

「なんで?」

「あっ! シスターじゃない?」

 シスターと呼称するが

どうやら今回の黒幕がそう名乗っているらしい。

「シスター?」

「えっ? 違うの?」

「追加のデバイスまだなの?」

 主犯である確証が取れた

制圧したいが相手がまだ子供だ。

「煙で知らせるしかないな」

 応援を白煙灯で呼ぶことにする。

「これでどうにか……」

「何してんの?」

「火災だと思わ……」

 即座に何を呼んだか気付いた

女性に向かい突貫してきた。

「仕方ない……」

 向かってきた中学生を

一人ずつ確実に峰内で黙らせる。

「応援の意味ないかもなぁ……」

 デバイスが停止したのか

電波が通じるようになった。

 不意に鳴り響いた脳内への

通信は上司の叱咤である。

「もしかして勧告なしに戻したのか?」

「すみません! 火災への注意が必要だと……」

「もう終わってるがなぁ?」

 いきなり電源が戻るのだ

オーバーヒートや発火に至る程度に

熱量が瞬間的に暴発する

全体的に火の海が想定されるかもしれない。

 それほど再起動には電力と熱量を展開する

クーラーは点けっぱなしが良いのは

電気の起動時のことを前提というのが基本的に言われている。

「まあ良いか……」

 ことは収束したが

処理のために何千枚の始末書が

待っていた。

 これが戻った後に

後悔した点で

マシだと言えるのは

電脳外交課は存在を秘匿出来たという点である。

 ネットの世界に映像が出ることもなかった

かもしれない。

 黒幕が割り出すために

中学生を利用していなければだが

残光はどこにも残るものだ。


 終了





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電脳外交対策課≪イプシロン≫ あさひ @osakabehime

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