第20話 ノクスラント
城塞都市カーレストは、旧ロス領、現ノヴァク直轄領の最西にあり、未開拓領域ノクスラントから人の生活圏を守る砦の街だ。
石造りの高い城壁、開閉するのに屈強な男が二人は必要な重厚な鉄の門、更には非常時に降ろす事ができる格子の鉄柵、そして守りを固める重武装の兵士達。イングラス王国の辺境騎士団の一大隊、約百名が常駐している。
この街は戦場の匂いがする。
門をくぐったルシアンはそんな印象を抱いた。
「まずは、傭兵ギルドに行くか……」
この街に長期駐留している『サイクロプス団』をやみくもに探す必要はない。
サイクロプス団はこのイングラス王国だけでなく、周辺国を含むミレオス大陸全土で名が知られている有数の傭兵団だ、依頼を仲介しているギルドが動向を把握していないことはありえない。
街の中央にある灰色の石造りの建物。
傭兵ギルドの中に入ると、喧騒が耳に飛び込んでくる。
汗の匂い、そして鉄の匂いが混ざりあったギルドの空気はどこの街でも変わらない。
受付では、初老だが年齢に見合わぬ巨躯の男が、数人の傭兵と他愛のない話をしていた。
恐らくここのギルドマスターだろう、そう思わせるだけの貫禄がある。
(聞いてみるか)
近づいてくる見慣れない若者に気が付いた一同は会話を中断する。
「失礼します、カーレストのギルドマスターでいらっしゃいますか?俺はサルタニアの傭兵団、ガーゴイルのルシアンといいます。この街に駐留しているサイクロプス団の常宿を教えていただけませんか」
「ああ、俺がマスターだが…サルタニアのガーゴイル団だと?もしかしてゲイルのヤツが起こした傭兵団か?」ギルドマスターの男が驚きの声を上げる。
「うちの団長をご存じなんですか?」
「ああ、よく知ってるさ。お前さんは若いから知らんだろうが、ゲイルはここが『ロス公爵領』と言われていたころ、街の守備隊長だった男だ。8年、9年近く前か?公爵家同士の政争があってな。貧乏くじを引いたゲイルはここを離れることになった」
団長ゲイルの過去、考えてみれば知っている者がいてもおかしくない。ルシアンは波打つ内心が表情に出ていないことを願った。
「あいつがサルタニアに行って傭兵団を立ち上げたところまでは知ってるが…元気にやってるのか?」
「はい、ゲイル団長にはいつも鍛えてもらっています」
そうか…と安堵にも似た表情を浮かべる。
「あいつは死んだ息子の親友でな、よく酒も酌み交わしたもんだ。サルタニアに戻ったらゲイルに伝えてくれ。『公都ヴァーレン』ではなく、この『カーレスト』の街なら大丈夫だ。俺が死ぬ前に会いにこいってな」
「…はい、必ず伝えます」
ゲイルがこの地を離れ、サルタニアに移ったのは、亡き父ファーガスの頼みで自分の命を救うためだったことを改めて考えさせられる。
「そういえば、サイクロプス団だったな。あいつらは三か月ほど前から『つがいの兎亭』を借り切ってる。ギルド前の通りを北に行って、三つ目の角を東。丸い兎の看板があるからすぐ分かる」
ルシアンはギルドマスターに礼を言うと、ギルドを出た。
石畳の道を歩きつつ実感する。カーレストの街は城塞都市と言われるだけあって『人工的』で『機能的』だ。
人が集まり、村になり、町になり、結果的に街や都市になるのとは逆に、未開拓領域ノクスラント、魔物魔獣が跋扈する魔境との防波堤として計画的に作られたことがわかる。
道幅は広すぎず、狭すぎず、脇道も少ない為、区画ごとに守りを固めることができる。それでいて導線も考えられていて、万が一の退路も確保されている。そんな事を考えながら、教えられた三つ目の角を東に曲がると、すぐに目印の兎の看板が見えた。
『つがいの兎亭』。
石造り二階建ての、宿屋兼酒場だ。
看板には、二匹の白い兎が寄り添う絵が描かれている。
まだ日は高いが、扉を開けると、酒場の喧騒が聞こえた。サイクロプス団が借り切っていると聞いたが、恐らく上階の宿のことだろう。一階の酒場は多彩な顔ぶれで盛況だった。
入口から左手には長いカウンター席。右手は大きめの木製の丸テーブルが複数用意されている。カウンターの内側に立つ中年の女性がこの店の主人だろうか。
「いらっしゃい。注文は?」
彼女がルシアンに気付き声をかけてくる。
「突然すみません。傭兵ギルドのマスターに、こちらがサイクロプス団方々の常宿だと聞きまして....」
「ああ…」
少し顔を曇らせて、二階に上がる階段を指さした。
「連中は二階に泊まっているよ…と、ちょうどいいね今降りてきたのがそうさ」
ルシアンが視線を向けると、三人の男たちが階段を降りてきた。
その中に一人、見覚えのある顔があった。
ハイドだ。
サルタニアから王都フリードへの商隊護衛任務で、共に戦った仲間。
大柄な体格、無精髭、多くの傷跡、そして無骨で粗野な見た目に反して博識な男だ。
ルシアンが毒にやられた時、『もう助からないだろう』と呟いたのは彼だが、別に悪気があった訳ではない。ルシアンが命を拾ったのはクレアの献身と奇跡のようなものだ。
「ハイドさん」
ルシアンが声をかけると、ハイドは驚いたように顔を上げた。
「ルシアン?もうすっかり元気そうだな…って、お前、何でここに!?」
「クレアから手紙もらって……大変な事が起きているのを知って、来てしまいました」
ハイドは目もとに手をやり、短く上を向くと、大きくため息をついた。
「……座れ。話す」
二人は酒場の隅の席に座った。ハイドは酒を注文し、ルシアンには果実水を渡す。
「まず、どこまで知ってる?」
ハイドは、重い口を開いた。傭兵団にとっては存続に関わる状況だ。部外者には話をしたくないだろう。護衛依頼で共に協力し合い、団長の娘であるクレアと親しいルシアンだから話せるといったところだろう。
「団長のゴリアテさんを含む五名が、ノクスラントの深部で得体のしれない強敵に遭遇したこと。副団長のギルフォードさんが片目を失い、他の方々も重傷を負ったこと。皆を逃がす為にゴリアテさんがノクスラントに残っていること。クレアが救出にノクスラントに向かうこと…ここまでが手紙に書いてあった内容です」
クレアからの届いた手紙を懐から出して、ハイドに見せる。
「読ませてもらったが、概ね書かれている通りだ。ここ半年ほどの間、魔物、魔獣の異常繁殖と、異常行動が確認されていた。ギルド経由で、その調査と対処が今回の俺たちサイクロプス団への依頼だった」
今回の依頼主は「王国」という事になるらしい。
「クレアを含む俺たちは、このカーレスト周辺の村や集落に出てくる魔獣を間引き、ゴリアテ団長やギルフォードさんが、深部に入り、どうしてこんなに多くの魔獣が人の生活圏に出てくるようになったのか調査するって分担だ。団長と副団長が揃って深部に入るのは、何かあった時にリスクだって意見もあったんだが、ギルフォードさんは『スカウト兼レンジャー』だから調査には欠かせない。逆に団長は、まあ戦いは右に出る者はいないけど、緻密な調査が得意なキャラじゃないのは何となくわかるだろ?あと、団長と副団長の二人がそろっていれば何があっても大丈夫だろうって安心感もあった」
一息つくようにハイドが酒をあおる。
「だが、もう十日ほど前か。ギルフォードさんがボロボロになって帰ってきた。ギルフォードさんは片目を失っていて、他の三人も血まみれで重傷さ。俺も、クレアも、団員全員、唖然としたよ」
苦々しげに言うと杯を叩きつけるようにテーブルに置く。
「ギルフォードさんが言うには、気付いた時には異形の怪物たちに、それもかなりの数に囲まれていたらしい。一番やばそうな人型の異形が、気付いたら目の前に現れて、右目を切られていたってさ。団長が割って入らなければ死んでたって」
「異形……魔獣や魔物とは違うんですか?」
「俺も直接見たわけじゃないからな、そもそも普通の生き物じゃなくて、一体として同じ姿のやつがいないらしい。人型、四つ足、虫見たいなやつ、三メートル以上のデカブツ、グロテスクなやつ、明らかに普通の生き物じゃないってさ。そいつらに共通するのは、黒い肌に、金色の瞳くらだそうだ」
一般的に魔獣や魔物のたぐいは、少なくとも繁殖や自衛のために群れをつくる。それを考えると、明らかに別種の違うモノたちが、群れているのは異常な話だ。
「そこまで姿が違うとなれば、ゴブリンとホブゴブリンのように、上位種が下位種を使役しているのとも全然違いますね」
「ああ、何度も言うが俺も見たわけじゃない。だが全然違うだろうってのは同感だ。いずれにしても、副団長以下四人を逃がすために、団長は一人残った。おかげで四人はなんとか生きて帰ってこられた。だが利き手をもっていかれたやつもいるから無事だなんてとてもいえないがな」
「利き手を……」
どんなに高価なポーションや、ヒール(治癒魔術)でも、欠損した部位が治るという話は聞いたことが無い。利き手を失うのは傭兵にとってほぼ廃業を意味する。ルシアンは言葉を続けられなかった。
(利き手とはいえ隻腕で、なお強いゴリアテさんが特殊なんだよな)
「戻ってきた副団長から話を聞いたクレアは、すぐに団長の救出に行くって言い出したよ。気持ちはわかるぜ、父親だしな。それにカーレストにきている団員、ほぼ全員が団長救出に名乗りを上げたんじゃないかな。かく言う俺も行くつもりだった」
そう言うとハイドは、バツが悪そうに頬をかいた。
「でもな、副団長が俺たちをみて一人ずつ選んでいったんだ。腕の立つやつを上から三人ばかりな。数でなんとかなる相手じゃない、犠牲を増やすわけにいかないから少数精鋭でいくってさ。実際に相手を目の当たりにした副団長の言葉に反論はできなかった。実際、カーレスト周辺の魔獣被害も馬鹿にできないし、そちらを放置するわけにもいかんしな」
「それじゃ、ゴリアテさん救出部隊はクレアと三人の四人ってことですか?」
「いや、副団長も行ったよ。『俺は片目だけだから問題ない、それに案内がいるだろう』って言ってな。副団長…ギルフォードさんは、片目が見えなくなっても、深奥までの、連中に遭遇した場所までのガイドができる。クレアは反対していたが、最後は納得したよ。副団長命令だって言われたしな」
ハイドは空になった杯を掲げて、店員に同じものを注文した。
「で、俺もそこまで馬鹿じゃない。ルシアン、今度はお前のことだ。クレアが出発前にお前に手紙をだしたのは十日前だ。数日でサルタニアに手紙が届いて、それを読んお前がここにいるってことは、よほど大急ぎで来てくれたんだな」
ハイドの言葉にルシアンは苦笑する。
「お前の場合、団長ではなく、クレアが心配でここまできたんだろ?」
「はい、その通りです」
真っすぐにハイドの目を見てルシアンは答えた。
「副団長とクレア、出発した団長救出チームの五人は、団長を除けば、今考えられるうちの団の最精鋭だ。残酷な話だが、あの五人でダメなら俺は無理だと思ってる。あと、お前さんが年の割りに優秀なのは一緒に行動して分かってる。だがな、せいぜい俺とどっこいだとも思ってる。ここで彼らの無事の帰りを待つのが正しいと俺は思うが……」
小さくため息をついてハイドはルシアンを見た。
「ここまでお前がきた気持ちも分かる。追いかけたいんだろ?お前の命だ、好きに使えばいい」
ルシアンは黙って頷いた。
「本当に自分勝手な頼みですが、生還した三人で、話ができる状態の人はいますか」
ハイドは少し躊躇したが、頷いた。
「ああ……全員ベッドの上なのは同じだが、一人『やることがなくて暇だって』起きてるのがいる。だが、あまり興奮させないでやってくれ」
そういうと、立ち上がり、ルシアンについてくるように指をさす。
階段を上がると宿泊用の部屋が並ぶ。二階には四人が泊まれる部屋が八部屋直列にならび、生還した三人は一番奥の部屋だという。
ハイドが静かに扉を開けて、手前のベッドに寝ている男に声をかけた。
「ジェイク、まだ起きてるか?」
「痛くて眠れるわけねえだろうよ。お、誰だそいつは?」
ジェイクと呼ばれた男が悪態をつきながら、身体を起こす。そしてハイドの後ろに立つルシアンに目を止めた。
「こいつは、ルシアン。俺やクレアがフリードまでの護衛依頼で一緒になったガーゴイル団の傭兵だ。で、もっと大事なのはクレアの恋人だ」
にやりと笑いながらルシアンを紹介するハイド。
「なっ、いや、俺は・・・」
「まあ、互いに大切な相手ってのはその通りだろうが」
「クレアのいい人なら、歓迎しないとな。俺はジェイクだ、よろしくなルシアン」
そういって、モゾりと動き、思い出したように顔をしかめて、左手を差し出した。
握手をしながら、はじめて正面からジェイクを見た。
体中に包帯が巻かれ、右半身の包帯は血が固まった赤黒い色をしていた。
(右手が…右腕がない……)
「酷いもんだろう?地面から突然デカい蛇みたいなのが飛び出てきて、おれの愛剣ごとパクリと食われちまった。」
自嘲するように笑うジェイクだが、内心の悔しさがにじみ出るように伝わってくる。
「すみません、こんな時に、俺……」
「俺も傭兵だからな、腕の一本で命が拾えたんだからマシ…だと思ってるよ。団長がいなければ確実に死んでいたしな。で、何か聞きたいことがあるんだろ?」
「こいつは、クレアから『これから団長の救出に行く』って手紙を受け取ってな。大急ぎでサルタニアからここまでやってきたんだよ」
言葉が続かないルシアンをハイドがフォローする。
「ノクスラントの深奥までいくつもりか?……ハイド、このルシアンはクレアみたいな特別枠なのか?」
ジェイクは値踏みをするような視線をルシアンに向けた。
「若いが出来るやつだ。ただ、団長やクレアみたいなビックリ枠じゃない」
「そうか……十中八九、死ぬぞ」
そういわれて、初めてルシアンは真っすぐにジェイクの目を見た。
自分が遭遇した未知の脅威、それを僅かながらも体験した言葉は受け止めなきゃいけない。ルシアンはそう思った。
「覚悟をしています。俺はまだガキですが、戦場にでることの意味は分かってるつもりです」
「まあ、好きな女を追いかけたいんだろ?お前の命だ、好きに使えばいい」
それは俺もいった、とハイドが笑う。
「それで、何が聞きたい?死に物狂いで撤退したから、答えられることは多くないぞ」
「ノクスラントに、どのルートから入ったかを教えてください。敵の特徴は黒い肌と金色の目、あとは種族も形も、生き物としてバラバラなんですよね?」
「なんだ、既に聞いていたか。そうだ、説明は難しいが普通の魔物、魔獣の類とも全然違う。恐らくだがあいつらは、知恵があるし、人語も解するかもしれん。人のものとは別種かもしれないが魔術も使う可能性がある……と副団長が言っていたな」
ジェイクの声が震える。
「あんなものは、見たことがない。魔物じゃない。何か、別の存在だ。団長が中心にいた人型を牽制しながら『逃げろ』って叫んだんだよ。俺たちはもう、逃げるしかなかった。身体を張ってくれた団長と、片目を失ったのに逃走経路を先導してくれた副団長には文字通り命の借りができた……もう、俺じゃ借りを返せそうにないがな。」
加えて声に悔しさがにじむ。
「さっき、『お前の命だ、好きに使えばいい』って言ったがな。クレアと、自分の命と、もし可能なら……仲間を……ってお前みたいな若いやつに言うセリフじゃないな。生きて帰ってこいよ」
ハイドが渡したノクスラントの地図に、ジェイクが左手でおおよそのルートを描きこむとルシアンに渡した。
「ありがとうございます、必ず帰ります」
ルシアンは深々と頭を下げた。
「ルシアン、隣の部屋が空いてる。準備も必要だし、今日はここに泊まっていけ」
ハイドの提案に、ルシアンは素直にうなずいた。
サルタニアからカーレストまでの強行軍で疲労がたまっているのは感じていた。そして、万全の状態で入らなければクレアに追いつくことさえままならないだろう。
「……お言葉に甘えます」
ルシアンは、つがいの兎亭に一泊することにした。
夕食の時、女将がルシアンに話しかけてきた。
「この宿の名前、面白いでしょう」
「ええ、ノクスラントから人の生活圏を守る最前線の街の宿にしては可愛い名前ですね」
「昔ね、この宿を始めたのは仲の良い老夫婦だったの。二人はまるで、つがいの兎のようだって評判だった。兎は多産で繁栄の象徴だから、縁起がいいってね。今は私が継いでるけど、名前はそのまま。傭兵たちにも、帰る場所と温かさを感じてほしいって、そういう願いが込められてるのよ。しっかり寝て、元気にでかけて、元気に帰っておいで」
女将は優しく微笑んだ。
―――――――
翌朝、ルシアンは部屋を出ると宿代カウンターに置き、静かに『つがいの兎亭』を出た。
カーレストの朝は、まだ薄暗い。
昨日、雑貨屋で買った砂塵を防ぐ厚手のローブを羽織る。水袋、携行食、ロープ、松明などをなめし皮のバッグに詰めている。
ノクスラントに入る道はいくつかある。もっともノクスラントの深奥は地図に記載されていないが、ゴリアテ団長と、それを追ったクレア達が入ったルートは教えてもらった。
カーレストの城門を出て、一歩一歩と歩みを進めていく。
荒涼とした大地。
背の低い灌木と岩だけが、地平線まで続いている。
風が吹き荒れ、砂塵が舞う。
ルシアンは、ローブのフードを深く被った。
いつも以上に魔眼の警告に注意を払う。
歩き始めて数時間、最初の魔物と遭遇した。ワーグの群れだ。五頭。
魔眼が赤い光を示す。ルシアンは息を潜め、岩陰に隠れた。風向きが向かい風だったことに救われた。ワーグたちは、ルシアンに気づかずに通り過ぎていった。
全ての戦いを避けられるわけではないが、少しでも早く追いつくために、戦闘はなるべく避けたい。
避けられない戦闘は夕刻、オーガと鉢合わせした。
幸いにも一体だったが、二メートル以上の巨体が力任せに振り回す棍棒。一撃でもくらえばあの世行だ。
魔眼が、攻撃の軌道を示す。ルシアンは躱し、懐に入り込み、膝の裏を斬る。オーガが倒れたところで、首を突き絶命させた。
夜は、岩陰で野営した。焚き火は焚かない。魔物を引き寄せる可能性が高い。仮眠をとっている間に見張りになってくれる者もいない。寒さに耐えながら、携行食を口にする。硬いパンと干し肉。水が生命線なので節約して飲んだ。
―――――――
二日目。
昼間の暑さが厳しい、体力が奪われる。喉が渇く。貴重だと理解しつつも水袋の水がどんどん減っていく。
昼過ぎにはトロールと遭遇した。オーガのような上背はないが、横に大きな体とその怪力は要注意だ。そして力以上にやっかいなのはそのタフネスだ。痛みに鈍感なため、多少の傷は意に介さずにこちらに迫る。何度も斬りつけ、無数の切り傷をつけたところで、戦意を喪失したトロールは逃げていった。
安堵はしたが、右腕にトロールの棍棒を受けてしまった。
(骨が折れなかっただけましか……)
ポーションをあおり打ち身薬を腕に巻き付ける。
―――――――
三日目。
朝、不吉なものを見つけた。
地面に、血痕だ。明らかに人間の血だ。
ルシアンの胸がざわつく。
こんなノクスラントの奥地に入り込んでいる人間はサイクロプス団の面々以外考えられない。さらに進むと、破れた革袋が落ちていた。不安が、胸を締め付ける。
だが、進むしかない。
魔眼を全開にして、周囲を警戒しながら進む。
昼、ルシアンは野営の跡を見つけた。
ノクスラントの気候は滅茶苦茶だが、日が落ちるとひどく寒い。
やむを得ず焚き火をしたのだろう。
白くなった炭を搔き分けると、細く頼りない煙が立ち上る。
間違いない、火が消えてから数時間といったところだろう。
このルートで間違っていない、その事実はルシアンの気力を振るい起させた。
(無用な戦闘を避ければ明日には、合流できるかもしれない……)
目の前に続く獣道のような道の先に、クレア達がいる。
そう信じて歩みを進めるのだった。
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