第18話 クレアからの手紙 後編

それともう一つ、あなたの生家に行ってみたの。


最初に書いておくけど、あなたにとって、辛い思い出の場所だと思うから、無理に読まなくてもいい。


でも伝えたいものを見つけたから書こうと思います。


多分、あなたは小さい頃に逃げのびて、それきりだと思うから一応書いておくけれど、旧ロス領の『公都ヴァーレン』は、カーレストから馬なら半刻ほどの距離。


いま、そのヴァーレンの街はラインバッハ・ノヴァク公爵の弟、アルトン卿ってお貴族様が『領務館』で統治しているって聞いた。飛び地だけど、ノヴァク公爵家の直轄地って事になるみたい。


ヴァーレン自体は割と綺麗な街並みなんだけど、ノクスラントに隣接しているから、カーレストの街と一緒で、私たちみたいな『同業者』が多い。帯剣している人はざらにいるし、ワンドをもった魔術師もよく見かけるよ。それでも治安が悪い感じはしないから、まあ統治は行き届いているんだと思う。


ロス公爵家の場所は変わっていない・・んじゃないかな。


廃屋のまま残ってたから。


実は『ロス公爵家の館』には二度行ったんだよね。


昼間に行ったら、正門にノヴァクの兵士が見張りを立てていて、入れなかったから夜に忍び込んだんだ。

――――――――――


(クレア、無茶をするな。でも何で八年以上経って見張りを立ててるんだろう?)


そう思いつつ、ルシアンの手が僅かに震える。自分の記憶に残る炎に包まれた屋敷の姿。

父と母が最期を迎えた場所だという思いは幼い頃の記憶とはいえ鮮明だ。


ただ、自分を気遣いながらも危険を冒してロス家に行ってくれた彼女に対して胸が熱くなるのを感じた。


――――――――――


ルシアンが魔眼をもらったって祠、ちゃんと敷地の中にあったよ。

月明かりを頼りに探したけど、なかなか見つからなくて、結構苦戦した。


誰も手入れしていない庭の中で、伸び放題の草と蔦に覆われていたから、私も祠があるって聞いてなかったら見つけられなかったと思う。


祠の中は不思議と綺麗で、神聖な場所って感じがした。

ルシアンが十七歳になって、この精霊の祠に行く時は案内するよ。


その後、屋敷にも入ってみたんだ。

祠の中は無事だったけど、屋敷の方は正直ひどい有様だった。


公爵邸だっただけあって、建物自体はしっかり残っていたけれど、戦いの時に火が使われたんだよね。

窓も扉も焼け落ちていて、壁は煤で真っ黒だった。


あと、ロス家をノヴァク公爵の軍が攻めた理由は知らないけど、屋敷を接収したあとに念入りに家探しでもしたんだと思う。見事に何も残ってないの。


でも、三階の奥の部屋で少し違和感を感じて、初めて戦闘以外でもう一柱の力を使ってみたんだ。


前に言ったでしょ?『世の中の理(ことわり)から自由になれ』って声が聴こえるやつ。あの力を使うと、目で見てないものでも『周囲の全てが手に取るように分かる』感じになるの。


まあ、細かいことは省くけど、なんと隠し部屋を見つけたのでした。


もしかすると、この部屋が見つからないからまだノヴァク公爵の兵がいるのかもしれないね。


彼らが八年かかって見つけられないものを一日で見つけたとしたら、私ってすごくない?

ほめてくれていいからね!

――――――――――


読んでいて思わず笑みがこぼれる。


(三階に隠し部屋、父さんの執務室があった気がするけれど……そんな部屋があったのは知らなかった)


――――――――――


隠し部屋の中は本が沢山あったけど、本棚や、書類の束はそのままの形で灰になってたんだ。

凄い熱だったんだと思う。


でも、厚い羊皮紙に書かれた聖典みたいなものや、厚革の装丁で焼け残った手記みたいなもの、金属製の魔具みたいなものが残っていたよ。鍵がかかって開かない金属の箱もあって、中身は分からないけど多分無事だと思う。


たぶん、八年間見つからなかったこの部屋は、ルシアンが来るのを待ってるんじゃないかなって気がしたよ。


ルシアンがこっちに来ることがあれば、この部屋についても案内するよ。

お礼は『美味しいご飯』でいいからね。


――――――――――


「デザートもつけるよ」

クレアと話をしている感覚がよみがえって、呟く。


――――――――――


明日からは、街の近くで確認されている『オークの集落』を排除していく予定。

ルシアンからの楽しい話題を期待してるからね。


お互いの無事を願って。 クレア


――――――――――


そこで手紙は結ばれていたが、走り書きが続いていた。


――――――――――

うちの副団長のギルフォードが、片目を失って戻ってきた。


父さん達がノクスラントの深部で、やばいやつと遭遇したらしいの。


同行していた三人も命はあるけれど、ひどい状況。

四人を逃がすために父さんは一人残ったらしい。


私は、これから何人か連れて、父さんの救出に向かうつもり。

娘の私が言うのもなんだけど、どんなヤツが相手でも、ゴリアテ・ライネルがおくれを取るとは思えない。


でも、ノクスラントって土地が一人で平気な場所ではないのも分かってるんだ。


必ず無事に戻るから、しばらく手紙が届かなくても心配しないで。


――――――――――


ルシアンはクレアからの手紙を丁寧にたたむと深呼吸をひとつする。


「城塞都市カーレストからの手紙が、ここサルタニアまで届くのに十日前後。カーレストからノクスラントの深部まで、どのくらいか分からないけれどゴリアテさんは一ヶ月近くかけてそこまで辿り着いて、何かに遭遇したんだ……」


独り呟くと、ルシアンは手早く旅装を整えた。

そして、団長ゲイル宛の手紙を自分のベッドの上に残してサルタニアの『ガーゴイル団の拠点』を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る