第17話 シンプルな考えと嵐の予感

日葵ひまりはお茶を啜ると、「日本のお茶が1番美味しいね」とニカっと笑った。

あんなに美白にこだわっていたのに、今は小麦色の肌で健康的だ。


「私、海外に行ってたの」


日葵は、この家を出てからすぐ海外に飛び立った。

それまで貯めていた貯金で全て注ぎ込んで、全てを捨てる覚悟だったそうだ。


「海外にいたなんて知らなかった」

まいに話そうかとも思ったんだけど、きっと舞は優しいから引き留めてくれるだろうなって思って」

確かにあの時点で相談されたらきっと反対していた。

「引き止められたらきっと私いけないと思うから」

そのまま勢いに任せて海外へ向かい、小さな国を転々としていたらしい。

「日本にいたら周りに甘えると思って。頼る人が1人もいない場所で自分を見つめ直したかったんだ」

日葵はスマホを取り出して、これまで行ってきた国の写真を見せてくれる。

日葵がどんどん日に焼けていくと同時に、表情が明るくなっていくのがわかる。


「謝ってお金払えば終わりとは思ってないし、許されないことをしたとは思ってる…ずっとどうすれば償えるのか考え続けるつもり」


本来、日葵は前向きで真面目で聡明な子だった。

日葵らしい答えだ。


「考え続ける為にも生きていかなきゃと思って」


日葵がお茶にふぅと息を吹きかけると、湯気が揺れる。


「元気でよかったよ」

「ごめんね、心配かけて」

舞は首を横に振った。

「私たち親友じゃない」

舞の言葉に日葵の瞳が大きく開いて、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう」

「日葵は、これからどうするの?」

「実は、仕事しないかって声かけくれるところがあって」

海外に行く前に会社を辞めたと噂を聞いて声をかけてきたそうだ。

「私みたいのがとも思ったりしたんだけど、これからも生きていくと考えたら、求められてるところで頑張るのも一つかなと思って。…退社理由も全部話したんだけど、大丈夫だって言ってくれたしね」

「すごいじゃん」

舞の声に、日葵は首を横に振った。

「前は環境もかなり良かったからこそ、成果が出たってところがあるからね。やっぱり不安が大きいよ」

そう言いながらもこれからの生活に期待しているようで、「頑張ってみるよ」と笑った。


「舞はどうなの?」


「私は、変わらない…かな?」

「なんで疑問系なのよ。ねぇ、なんかあったんでしょ?隠すことないじゃん」

日葵の鋭い視線が刺さる。

日葵には、どんな些細な嘘もバレてしまう。

隠すだけ無駄だ。


「実は…」


クリスマスに佐久間さくまからも高瀬たかせからもデートに誘われたことを話した。

日葵はかなり驚いていたが、すぐにニヤニヤし始めた。

「それでどちらと過ごすか悩んでるってわけね」

「うん」

「シンプルに考えなよ」

日葵はツンっと舞の鼻をつついた。


「シンプル?」


「どっちと過ごしてる時が楽しいの?」


頭の中で佐久間と高瀬の笑顔が浮かぶ。


佐久間とは、歳も近くて、いつも冗談を言い合って、ふざけていることが多い。分かり合えているから安心感もある。


高瀬とは色々相談したり、心の内を話して、年が離れているのに意外と気の合うことも多い。ドキドキしたりして、心がときめく。


「どっちといるのも楽しいかな」


「じゃあ一緒にいる未来が見えるのは?」


「一緒にいる未来…」

「そう、舞の人生はこれからもずっと続くでしょう?楽しいことだけじゃない、辛いことやしんどいことも起こる。そんな人生を一緒に歩むとしたら、どっちがいいの?」


「それは…」


日葵が飲んだ後のカップを流し台へ運ぶ。

「幸せにね」

日葵はそう言って前までと違う、少し強さを持った笑顔で微笑んで出て行った。

日葵はもうきっと大丈夫だ。

カーテンの隙間から見える外を覗くと、月が輝いていた。


「クリスマスまであと1週間となりました」

TVニュースでアイドルが街中でレポートをしている。

クリスマスツリーの点灯式が行われるらしい。

「クリスマスまであと少しか」

カレンダーの25日にくるっと赤ペンで丸をつける。

「よし!」

気合を入れて買い物でも行くかと部屋を出ると、隣の家から何やら大声でやり取りする声が聞こえる。

高瀬が珍しく大きな声を出しているようだ。

驚いて立ち止まっていると、隣の扉がガチャっと開いた。

慌てて隠れようとしたが、間に合わず、人が出てくる。


悠真ゆうま!帰ってきなさい!」

「もう無理なんだよ、俺は」


出てきたの女の人は、トレーナーに、古めかしいコートにジーパンを履いている。


「頼むから帰ってくれ!」

「あんた母親に向かって、そんな言い方」


高瀬は舞に気づくと、慌てて母親を追い出すと、バタンと部屋の扉が閉められた。


女と2人、廊下に残されてしまった。


愛想笑いをして誤魔化しながら、自分の部屋の扉に手をかける。

なんとか家に戻ろうとしたところで、「ちょっと」と女に声をかけられた。


「は、はい」

「あんた、うちの悠真のこと知ってる?」


数秒間でなんと返事すべきか必死に計算するが、答えが出ない。

その態度に知っているとみなした母親は、「ちょっと相談にのってほしいんだけど」とぐっと距離を近づけてくる。


「え?いや…」

「ちょっと時間いいかしら?」

バンっと部屋の扉を叩かれる。


「いや、えっと…それは」

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