番外編「甘やかな独占欲と、初めての嫉妬」

 和平が結ばれてから、魔王城は以前にも増して平和だった。

 人間の使者や商人が訪れるようになり、城内は活気に満ちている。

 それは喜ばしいことなのだが、俺にとっては少しだけ悩みの種でもあった。


「ハルキ様、こちらの菓子はいかがですか? 我が国の名物なのです」

「まあ、ハルキ様のお肌はなんて綺麗なのかしら。この布はきっとお似合いになりますわ」


 人間の国から来た使節団の人々が、何かと俺に贈り物をくれたり、話しかけてきたりするのだ。

 元勇者であり、魔王の伴侶である俺に取り入ろうとしているのが見え見えだが、無下にもできない。

 愛想笑いを浮かべて対応していると、背後からすっと伸びてきた腕が、俺の腰を強く抱き寄せた。


「……それくらいにしておけ。ハルキが困っているだろう」


 低い声の主はもちろんゼノンだ。

 彼の登場に、使者たちは蜘蛛の子を散らすように去っていく。


「もう、ゼノン。みんなと仲良くしようって言ったじゃないか」

「仲良くするのと、俺の宝に虫が寄り付くのを許すのとは別の話だ」


 そう言って、ゼノンは俺の首筋に顔をうずめて、マーキングでもするように軽く歯を立てた。

 くすぐったくて身をよじると、彼は面白そうに笑う。


 最近、ゼノンの独占欲はますます強くなっている気がする。

 俺が誰かと親しく話しているだけで、すぐにこうして邪魔をしに来るのだ。


「少し、やきもちが過ぎるんじゃないか?」

「やきもち? 俺が?」


 ゼノンは心外だというように眉をひそめた。


「当然の権利を主張しているだけだ。お前は俺のものなのだから、他の男がお前に触れるのも、お前が他の男に笑顔を見せるのも、本当は許しがたい」


 真顔で言う彼の瞳は、本気だった。

 子供っぽくて可愛くもあるが、少しだけ困ってしまう。


 その日の午後、俺は城の書庫で古い文献を読んでいた。

 すると、若い魔族の文官が話しかけてきた。


「ハルキ様、何をお探しですか? よろしければ、お手伝いしますよ」


 彼は親切な青年で、俺は素直に教えを請うことにした。

 二人で本棚を眺めながら話していると、いつの間にかすぐそこに、ゼノンが立っていた。

 氷のような無表情で。


 文官の青年は、魔王のただならぬ雰囲気を察して、青い顔で逃げるように去っていった。


「……ゼノン、彼を怖がらせちゃ駄目だろう」

「あいつが、お前に気安く触れようとしていた」

「そんなことないよ! ただ本を探すのを手伝ってくれてただけだ」

「同じことだ」


 ゼノンはそう言うと、俺を本棚に追い詰めて、両腕で退路を塞いだ。

 いわゆる「壁ドン」というやつだ。

 彼の美しい顔が近づいてきて、心臓が大きく跳ねる。


「ハルキ。俺以外の男に、心を許すな。お前の視線も、声も、笑顔も、全て俺だけのものだ」


 その赤い瞳には、燃えるような嫉妬の色が浮かんでいた。

 俺のために、こんなにも心を乱してくれる。それが、たまらなく嬉しかった。


「……ばか。俺が好きなのは、お前だけだよ」


 俺がそう言って彼の頬に手を伸ばすと、ゼノンの表情がふっと和らいだ。

 彼は俺の手を取り、指先に口づけを落とす。


「知っている。だが、何度でも言え。そして、お前の全てで、俺が唯一なのだと証明しろ」


 彼の甘やかな独占欲は、俺を少し困らせるけれど、それ以上に、深く愛されている実感を与えてくれるのだった。

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