第6話エピローグ

ダニエルは、コーヒーのカップをテーブルに置いた。


その脇には刷りたての新聞が無造作に広げて置かれている。小さな欄に載った訃報記事。それに目を留めてダニエルは新聞を手に取った。


吐かれたため息には少しだけ疲れが滲んでいる。


紙面に印刷された名前を視線でなぞりながら、ダニエルは父エドマンから聞いた話を思い返した。


アラン・ハッター。


平民の出でありながら、百年に一度の逸材と呼ばれた魔術師。数々の魔法陣を編み出し、人々の暮らしを変えた天才。そして、美しい妻アマンダと小さな娘シェリーをこよなく愛した男。


その幸福は、ある貴族の凶行によって唐突に崩れ去った。妻と娘を失い、犯人は貴族特権によって罰も受けず、嘲笑うように生き続けた。


アランは怒りと悲しみに押し潰され、やがて狂気に呑み込まれていった。


同僚たちが休むよう諫めても聞かず、ただひたすらに魔法陣の研究に勤しんだ。彼は、研究の内容を決して誰にも明かさなかった。ただその瞳には、憎悪と狂気が宿っていた。


そして、あの日。


新塔主の就任を祝う盛大なパーティー。そこに塔主の友人として、あの貴族の男が姿を現した。

そこへ、アランが乱入するように会場へ現れ、魔法陣を発動させた。


結果、アランは死亡し、貴族の男は意識を失った。


あとに残されたのは不可解な魔法陣だけ。


調査の結果、その魔法陣は自らの記憶を他者に転送するものだと判明した。


以来、その貴族は自分を「アラン・ハッター」だと思い込む。アランの記憶に翻弄され、自分のことのようにアランの妻子との甘い思い出を語った。


いつ真実を告げるべきか、議論が続けられている最中だった、彼の本当の家族が彼を収容先から連れ出したのは。


やがて彼は、川で溺れて亡くなった。


新聞の片隅に小さく記された訃報はそれだけで終わっている。


ダニエルは深く息を吐いた。


「まあ、そうなるだろうな」


そう言うと、彼は新聞をバサリとテーブルに置いて立ち上がった。

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追憶のレクイエム @kisaragikokono29

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