はじめて目が合った放課後

田月

はじめて目が合った放課後

ガラガラガラ


「起きな。もう放課後ですよ~?」


夕陽のオレンジ色の光が差し込む部屋に、私の声が響く。


「うん…?もう夜飯の時間か?」


寝ぼけ声で、そいつが返事をする。


「だからもう放課後だってば」


「なんだ。お前か」


「『なんだ。』って、せっかく起こしてあげた人に対してそれはないでしょ~。それにしてもあんた寝過ぎ。服シッワシワじゃん」


「そうか?」


そんな事を言いながら、体を起こし、机に手を置き、服を適当な方向に伸ばす。

あまりにもやる気のない手さばきと、一向にシャンとしないシワに耐えかねて、私も参加する。


「もうほんとに適当なんだからあんたは!楠先生も言ってたよ。『一日中寝てるから心配だ』って。」


「寝る子は育つ。オレは今絶賛成長期なんだよ。ほっとけ」


「まあ、寝てるだけじゃ頭の方は成長しませんけどね~」


「うっせえよ」


そんな軽口をたたき合いながら、私はカバンから何枚かのルーズリーフを出した。


「はい。今日の授業で進んだ内容まとめたから、ちゃんと見ときなよ。夏休み明けのテストで、赤点取ったらあんた留年かもね~w」


「はいはい。あんがとさん」


「ちゃんと昨日の分とか見た~?」


「見たよ。お前が帰った後でな」


「へぇ~。こりゃ意外だ。真面目に勉強しててえらいね~」


ふざけた口調で、頭を撫でようとする私の手は、無造作に払いのけられる。

それでも私は満足して、にやにやしていた。




「……お前大変じゃねえか?」


「へっ?」


驚いて変な声が出る。


「毎日自分の勉強とは別に、オレ用に授業のまとめ作って。お前のおかげでオレは助かってる。でもいくら学級委員とは言え、ここまでお前がすることは無いだろ」


「ハッ?別にっ、別に…」


別に学級委員だからやってる訳じゃない。

そう言いかけるのを必死で止める。

でもじゃあ何のために?こいつが私にとって何だから?

答えは持ってる気がするが口には出せなかった。


「別に学級委員だからやってる訳じゃないし…そうっ、そう!私が幼馴染だからよアンタと。小学生の時からヤンチャして、先生の言うこと全っ然聞かないアンタのお守りが、私の仕事だったじゃん?それの延長っていうか…」


言い訳が見つかり喋り倒す私を、そいつは何も言わずに真っすぐな目で見つめている。

私は真正面でその視線を受け止めきれず、目を床に逸らした。


「あんたそんな事より、自分の心配でもしたら?」


言った瞬間ハッとした。

顔を上げると、あの真っすぐな目はそこには無かった。




嫌な沈黙が空間いっぱいに広がった。


「…ゴメン言い過ぎた」


「いや、オレの方こそ言い方が自分勝手すぎた」




「…オレ夏休みで高校辞めようと思ってんだ」


「えっ…?なんでよ。だって夏には…」


「そうだよ…。でも、今のオレじゃまともに部活もやれない。それどころかまともに日常生活すらやれないかもな。なによりこれ以上お前に迷惑かけたくねえんだよ。だから…」


「…じゃない。迷惑なんかじゃない!確かに毎日毎日授業内容まとめるのは楽じゃないよ。でもそれ以上に、あんたの事考えながらやってるあの時間が楽しい。あんたは昔から勝手に決めつけて、分かった気になって、勝手にどっかに行こうとする。でも今度のは勝手すぎる」


「それでもだ。オレはお前にもう何もしてやれない。勝手なのは分かってるけど、それが申し訳ねえんだよ、な?」


ああまた、あの真っすぐな目だ。

こいつは昔から自分の気持ちを、思ってることをストレートに伝えてくる。

そして一度決めたことは曲げない。

このままだと、こいつはどこかに行ってしまう。

それは嫌だ。

でもこいつの苦しみは、こいつの次位には知ってるつもりだ。

私のことを思って出した答え、なおさら止めれない……


また目線が床に下がっていく。

いつの間にか陽が落ち、窓の外からの光は無くなってた。

代わりに蛍光灯に照らされて、光沢感の増した床に反射した自分と目が合う。

自分の中の記憶や考えが、床と目を経由して自分の中にもう一度取り込まれていく。


止められない?

いやっ、そうじゃない。

私はこいつのそんな真っすぐな所に憧れてたんだ。

でも私は昔からそれが眩しすぎて向き合えなかった。

さっきだってそうだ。

今こそ、こいつに正面から答えるんだ。


「じゃあ今日は私もとことん勝手に言わせてもらう。あんたはもっと苦しめ。壁にぶつかってでも、どんだけ人を頼ってでも、絶対に絶対に学校辞めんな。私の横に居続けろ。それがあんたが私に出来る唯一の事だよ。唯一の謝り方だよ。そして、今度あんたが学校に来たら、幼馴染でもない、委員長と生徒でもない関係になろ?私たち」


しっかりと真っすぐに向き合って言った。

初めて目が合った気がした。


「?…フッ。ハハ。ハハハハ。ハハハハハハ。人の気も知らないで、お前はホントッとに勝手な事言いだしやがって。挙句の果てには『もっと苦しめ』だって?さっきまでお前の為に高校辞めようとしてたオレがバカみてぇだよ。いいぜどんな関係になっても、後悔すんなよ?」


「うふふ。言ったね?いいよ、受けて立とう。じゃあね今日はここら辺で。また明日も来るから」


「おう、今日の約束忘れんなよ。気ぃ付けてな」


私たちはこれからどんな関係になるんだろう。

もしかするとそれは、私が望んだものじゃないかもしれない。

それでもきっと、今までよりも少しだけいいはずだ。



「明日からリハビリ頑張るか」


その声を背に私はあいつの病室を後にした。







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はじめて目が合った放課後 田月 @arikei

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