電子の妖精
夢久 季良
電子の妖精
「最近さ、思うことがあるわけ。インターネットの友達って、なんか妖精みたいじゃない?ってさ」
画面に向かい、彼女はいつもの軽やかな口調で言った。バフ撒きを的確にこなし、味方のHPをぎりぎりで保ちながら、彼女の声はボス戦の喧騒に溶け込んでいる。
「妖精?」
「メルさん、また変な話してる」
「ちょっとちょっと、そんなこと言う前に回復してよ」
同じくボスに挑んでいる仲間たちからの疑問、からかい、そして悲痛な叫びを無視するように、彼女ーメルは続ける。
「いやさ、私たち会話はできるけどね。お互いがお互いの実在を証明する手段はない訳じゃん。最近はAIもすごくなってるし、SNSで上げてる写真も本当とは限らない。みんなの本名なんか知らないし、知ったところでそれを本当だって知るすべもない」
彼女は意味ありげな笑みを浮かべながら続ける。
「存在を証明できないけど、ずっと一緒に遊べて話もできる。それってさ、すごく妖精みたいじゃない?」
仲間たちが何か返事をするより前に、画面いっぱいに断末魔を上げる竜のムービーが入る。挑んでいたボスが斃れたのだ。お疲れ、最後のスキルミスっちゃった、メルさん変なこといって惑わさないでよw、などと口々に軽口を叩き、互いの健闘を称え合う仲間たち。
「それじゃ、私やりたいことあるからこの辺で。またちょっとしたら戻ってくるから、暇だったらレイド行っててね」
そう言って、彼女はボイスチャットから抜けた。
モニターの電源を一度落とし、こわばった体をほぐすために一度大きく伸びをする。
そして独り言でも言うかのように、視線を中空に向けたまま語りを続けた。
「私、知りたいんだよね。妖精さんたちのこと」
独り言にも似た声は、ログイン名でも、アイコンでもない“人”へ向けられている。
「私と仲良くお話して、遊んでくれる妖精さんたち。妖精さんたちのことが好きで好きでたまらないのに、それなのに大好きなみんなのこと何も知れないんだ。それってすごく悲しいじゃない?」
椅子から立ち上がり、ようやくメルはこちらに視線を向ける。自分に意識が向けられたことを自覚して、底冷えするような恐れの感情が五体を支配した。
「だから教えてよ、何が好きで、何が嫌いで、どんなことを楽しみに生きていて」
「どんなことをされたら泣くのか、笑うのか、怖がるのか」
体の震えが止まらない。これから起きることを想像してしまっているのか?あるいは四肢にかけられた拘束具の冷たさのせいかもしれない。
「ふふ。顔がこわばってるよ、妖精さん」
メルが目を細める。画面越しのそれとは違う笑顔を檻の中の私に向けながら、足取り軽く台所へと向かう。
「そうだなぁ……それじゃ今日のテーマはこうしよう」
「どんなことをされたらあなたは苦しむのか。知ることができたら、わたしきっとあなたともっと仲良くなれるもんね?」
彼女は包丁を手に取り、ゆっくりとこちらへ歩みを進めた。
電子の妖精 夢久 季良 @kiyoshi_yumeku
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