噂と影の名

低級ダンジョンから戻った翌日。

ギルドの受付は、ある噂でざわついていた。


「なぁ聞いたか? Eランクの討伐依頼を――たった一人で片付けた奴がいるって。」

「しかも、ロックリザードまで倒したって話だろ? ありえねぇよ。

あんなの、普通はCランクパーティでも危ねぇ相手だぞ。」

「でもよ、現場には確かにコアが提出されてるんだ。誰の仕業か……」


ざわめきの中心で、受付嬢は報告書を整理しながら首を傾げていた。

提出者の欄には――名前が記されていない。


「匿名で依頼を達成……そんなこと、ありえるのかしら。」


◇◆◇


一方その頃、学園の教室。

白峰亮真 (しらみね・りょうま) はふと背筋に冷たいものを感じていた。


「……おい聞いたか? 誰かがソロでリザードを倒したらしいぞ。」

「マジかよ……あれって、亮真たちですらギリだった相手じゃね?」

「いやいや、そんな奴、学園にいねぇだろ。」


仲間の噂話が耳に入る。

亮真の脳裏には、昨日目にした黒石蓮の瞳が蘇った。


「……まさか。」


自分たちが見捨てた“荷物持ち”が、そんな力を手にしているはずがない。

だが――もし。


胸の奥で、小さな焦燥が燃え始めていた。


◇◆◇


その夜。

蓮は再びギルドの掲示板に立っていた。


「……やはり騒ぎになってるな。」


横で依頼票を眺めていた冒険者たちが、こそこそと話す。


「匿名の討伐者、また依頼受けていくらしいぜ。」

「正体不明か……もしや《影の傭兵》とかそういうやつじゃねぇのか?」

「影……か。」


蓮は小さく笑う。

その呼び名は、皮肉にも自分の力にふさわしかった。


掲示板から新たな依頼を抜き取る。

影が淡く揺れ、虚無獣の声が響いた。


「――名が生まれつつあるな、我が主よ。」


「構わない。名前なんてどうでもいい。

俺にとって大事なのは……俺を切り捨てた奴らに、二度と笑わせないことだ。」


瞳に宿る冷たい決意。

黒石蓮は静かに歩き出した。


――“影喰 (かげぐら)”という名が、まだ知らぬ世界に広がり始めていた。

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