第二話 儀式その2
苦しい・・・・気管に味噌汁が入ってしまったかのような苦しさだ・・・・
年を取ると、身体のあちこちに不具合が生じて来る。尿の切れが悪くなったり、胃もたれしやすくなったり、好物だったもので腹を下したり、頻繁に気管に飲み物が入って咽たり、そういう小さな不具合が、否応なしに老いという現実を叩きつけて来る。
しかし、盛大に口から真っ黒な痰?を吐き出すのは老いたとかいう話ではない。
粘度高めの黒い痰を大量に散々ぶちまけてようやく、黒く染まったバスタブの縁に手をかけ体を起こす事が出来た。
気分は最悪だが、咽返る事には慣れたものだ。呼吸を整えつつ顔を上げるとそこには、ビスクドールの様な美しい顔面を引きつらせてるお嬢さんがいた。
「あれ?ゲームか?プレイ中に寝落ちしちまったんか・・・?」
視線を巡らせば、豪奢な大聖堂に中世っぽいロマネスクだかゴシックだかの身形がいい貴族風なNPC(ノンプレイヤーキャラクター)といかにも騎士然としたNPC、貴族よりも煌びやかな服装の肥え散らかした司祭風NPCに、王冠を頭にのせてるわりには若い王NPC、そのどれもが雁首揃えて鳩が豆鉄砲喰らったような面で俺を見ている。
「雁なのか鳩なのか・・・いや、どうでもいい。それよりこれは~・・・新イベントってヤツかな?あれ?無貌倒して、それからどうしたんだっけ?」
あの激戦で、確かに泥に還った無貌の神を確認したのは覚えているのだが、それより先の記憶が無い・・・。
「◇§±Θ〈>;*」
ドイツ語かロシア語か、はたまたエスペラント語か、とにかく聞き馴染みのない言語でビスクドールちゃんが話しかけてきたのだが、なぜか内容が理解できてしまう。
最近ブレインハック界隈の連中が騒いでた、認知性ウンタラカンタラとかいう何かよく分らん技術の応用だろうか?
『我の呼びかけ、並びに召喚に応じて下さった事、ここに感謝いたします。』
的な事を言っているが、呼びかけ?召喚?そんなクエスト受注した覚えはない。
無貌の後にイベントがあるなんて情報も無かったしな、とすればアプデで新イベントか。
にしても、このビスクドールのような美女NPC、なんで引きつった表情してるんだろ?なんか考察班が喜びそうなネタだな。
『貴方の御名前を教えていただけますか?』
顔をガン見していると、引きつった表情をなんとか繕いながらも、名前を教えろ的な事を言ってくる。
文字入力が出ないという事は音声認識か。
「ツクモ」
文字入力だったら『qq』、小文字のQと数字の9が発音も形も似ている事から捩った造語だ。
名前の意味は九十九歳まで生きれますようにという、生き意地が汚くも切実な願いが込められていたりするのだが、まぁ、今はそんな事どうだっていい。
俺が名乗ったとたん、この儀式めいたやり取りを見守っていた外野が落胆とも動揺ともとれるような、そんなあんまし歓迎してない的な雰囲気を醸し出す。
『聞いたこともない名だぞ』やら『いにしえの王、グルヴィスではないのか?』やら『いやしかし、あの口上で召喚される者がいるのか!?』やら『信じられん!』やら・・・いまいち状況が呑み込めん。
『静粛に!!皆様、まだ儀式の途中ですよ?』
肥え散らかした司祭的なNPCが場を鎮めると、会場が静かになるのを待っていたかのように、ビスクドールちゃんは何らかの儀式スペル的なアレをブツブツと呟き、それに合わせるように淡く光り始めた指で空中に金色の魔法陣を描いてゆく。
「へ~凝った魔法の演出だな~・・・・ん?魔法?魔法だよな?NPCが何で魔法使えてるんだ!?」
待てこれ、ゴブリズじゃねーのか?他のゲームやってた?
ゴブリズでは人族が魔法を使う事はまず無い。
それは、非力な人間が大いなる存在に立ち向かうというゲームコンセプトから逸脱してしまうためであり、それこそがゴブリズをゴブリズたらしめている大きな要素でもある。
『な、何か?』
「あぁ悪い、何でもない。続けてくれ。」
怯えた表情に、つい頭の前に手刀を上げるような形で詫びを入れるが、NPCがそのジェスチャーを理解できるかは分からない。
そもそも、言葉は通じてるのだろうか?AI技術の進歩した昨今、人間同士の会話となんら遜色ないやり取りができるようにはなっているが、このNPCの反応はどうも言葉を理解してないように感じる。
流石に今時日本語未対応のタイトルがあるとは思えんし、あってもダウンロードせんだろう・・・と言うか、こんなゲームあったか?
と、そうこう考えてる内に、空中に描かれた魔法陣は輝きを増し、そして解けるようにケルトだかルーンだかそんな感じの黄金の文字列になったかと思うと、俺のアバターの首、胴、腕、足へと巻き付くように転写されていく。
ってか、全裸じゃないか・・・局部丸出しだぞコレ大丈夫か?
『クツモ、これよりあなたは、わたくしアレスティア・レディマ・ゼイラス並びにゼイラス家の時に盾となり、時に剣となる事を誓いなさい。』
ん?あ~なんか応答するのか。
「クソくらえ。」
『よろしい!ではこの時、この場所より、神々の名のもとに、ツクモをわたくしアレスティア・レディマ・ゼイラス並びにゼイラス家の守護騎士へと任命する!』
あーダメだこりゃ。強制イベントもしくは言葉が通じてねえか、その両方か。ともかく、このゲームは俺の趣味じゃぁーないな。
「セット。」
設定を開くを念じてみるが開かない。
「あれ?開かないな?セット!ステート!緊急OFF!!」
ダメだ・・・・何故だ?何も開かない。バグ?故障?いやいやいやいや、イベント中だからだ。とにかく、このイベント終わらせれば大丈夫なはず。視界の端にいつも見えてる目障りなVR中の表記が無いのも気のせいだ・・・・多分。
そうだと言ってくれ・・・
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