最強親友と俺がスクールカーストをひっくり返す

ヒロイ

第1話

ガチャン―――。


鉄が軋む音とともに、視界が反転した。白い照明。冷たい空気。手足が拘束されている感覚。

視界の端で、一人の少年が立っているのが見える。

金髪。鋭い目。制服姿。だけど、顔はぼやけていてはっきりとは見えない。

僕の声が、無意識に漏れる。「お前だけは…頼む、■■―――」



――――

「嫌な夢だったな…」

転校初日の朝、僕は緊張気味に、学園の正門をくぐった。

私立鳳凰学園ー東京都郊外にある全国トップの進学校。その中身は、まるで軍隊かゲームのような評価制度で動く、完全管理化された学園と噂されている。


「認証完了。綾瀬透。2年A組。Eランク。評価点:5.2、前日比:±0.00」


耳元のイヤーデバイスが、無機質な声で僕を迎える。門柱に埋め込まれたレンズが虹彩と歩容を読み取り、ゲートが静かに開閉する。周囲では、同級生たちが同じ通知を当然のように受け取り、何事もなく歩き去っていく。


昨日のオリエンテーションで、ある程度制度の説明は受けている。

Eランク。つまり下から2番目。

鳳凰学園では、生徒全員が「秩序序列ポイント制度」と呼ばれるランク付けのもとで管理されている。ランクはAからFの6段階。


学力、授業態度、SNSでの影響力、果ては友人関係まで、あらゆる要素が「評価点」として数値化され、毎日更新される。ただし、加点の”内訳”は公開されていない。

生徒たちはお互いの様子を伺い、高ランクを目指しているようだ。

細かい内容は説明されなかったが、お互いのランクを賭けた勝負というのも行われている。


僕は玄関で靴を履き替えると、廊下の端を通り、エレベータに並ぶ。

競争を促す学校方針もあり、生徒数も多く、朝は混雑している。

長い行列に並び、眠い目をこする僕らの横を、明らかに自信に満ち溢れ、雰囲気が一段違う生徒たちが通り過ぎていく。

ランクによる優遇は細部にまで染み込んでおり、Aランクになると廊下の中央レーンが優先、専用エレベータの利用など学園生活のあらゆる面で優遇されている。

僕らEランクになると、利用できる教室にも限りがあり、備品の貸出しにも保証が必要など、普通に過ごすのも大変なのだ。


(だとしても、今はこれでいい。)

僕は転校初日ということもあり、自身のランクは合理的なものと言い聞かせる。

正門横の植え込み越しに、校舎が真新しいガラス面を光らせている。

巨大な吹き抜けのロビー、段差の少ない導線、何かの競技に使われるのであろう半屋外アリーナが見える。すべてが効率化や競争を煽るために設計されていた。


職員室で担任の東堂先生に挨拶をし、一緒に教室へ向かう。厳格な教師という印象の東堂先生は、低い声で返事をすると、言葉少なに歩き出す。

中央廊下には大きなモニタが設置されており、今朝の最新ランクが表示されている。

「神谷、またDなんだけど…なにこれ」「素行不良扱いされてるのかな…教師に楯突いたって噂もあるし」「ランクデュエルすればいいのに」

モニタ前の人だかりが結果を見て口々につぶやく。

「神谷とは誰ですか?」

僕は東堂先生に確認する。

「うちのクラスの生徒だ。Dランク上位、模試全国上位、武道大会優勝経験。文武両道」

先生は簡単にそう説明するが、それほどあってもランクはD止まり。実力はあっても評価されるとは限らない。それがこの学園の”現実”だった。


生徒たちは神谷がなぜ評価されていないかの噂を続けるが、どうも正しいとは思えない。

モニタ画面には”神谷蓮/評価点:8.1”の文字が冷たい光で点滅していた。


奥の方で掲示板から離れていく背中が見えた。

僕はその姿を、ほんの数秒だけ見つめた。(…彼が神谷蓮)

名前を心のなかで転がすと、胸の鼓動がわずかに早くなる。僕は目線を元に戻し、先生と教室へ向かう。


「綾瀬透です。よろしくお願いします」

言葉少なに自己紹介を終え、僕は席につく。HRも簡単に終わり、何となく窓の外を眺める。


「綾瀬くんはどこの学校から来たの?」急に話しかけられ、僕は振り向く。

「あっと、別に都内の普通の高校だけど…佐原さん、ですよね?」

肩までの明るい茶色の髪を揺らし覗き込んでくきた隣の席の佐原さんは少し驚いた様子で続ける

「うん、もう名前覚えてくれたんだ、すごいね」

「進学校だから予習してきたんだよ」

軽く笑いながら他愛もない会話を続ける、佐原さんが笑うたびに大きな瞳と八重歯が一層人懐こさを際立たせる。ブレザー姿はきちんとしているのに、ネクタイはゆるく、どこか抜け感がある彼女の姿は緊張を解していく。

表情と言葉もやわらかく、平和に。それが、僕が今のところ取るべき態度だ。秩序序列ポイント制度Eランクにおいては無難に過ごすことが一番安全。


その時、ドアが開いて少人数の上位グループが入ってきた。中心で静かに微笑む女子の姿が、周囲の視線をさらっていく。


白石彩乃。彼女は整った所作で席に着き、タブレットを開く。

黒髪のストレートがサラリと肩を流れる。切れ長で涼やかな瞳で真剣にタブレットを見る姿は、まるでクラスの空気そのものを引き締めているようだった。


一部のクラスメイトが距離を図りながら挨拶をする。

彩乃はふっと笑みを浮かべた瞬間、知的な瞳は和らぎ、優しい色を帯びる。彼女は誰に対しても丁寧に、けれど一線を越えない様子で対応していた。

「彩乃さんは上位ランクだけど優しくてクラスでも人気なんだ」

佐原が説明をしてくれる。

「A、Bくらいまで行くと傲慢な人が多いんだよね。ランクに人間性って加味されないのかな」

彼女は口を尖らせながらつぶやく。制度に疑問を持つ生徒は多いらしい。

僕は白石彩乃を見つめる。

「やっぱり彩乃さんが気になる?」

佐原の軽口に曖昧に対応しながら僕はタブレットの通知を見る。本日のチャレンジデュエル、観戦希望者は事前登録―――そんな文面だった。


――――

放課後、校舎を横切る風は少し湿っていた。半屋外のアリーナは、観客用のベンチが幾重にも重なった円形の構造で、中央には透明素材のリングが敷かれている。リングの外縁には、緊急時の退避導線を示す黄色のストライプが走っていた。

「今日、神谷だって」「デュエル内容は格闘だと」「まじで勝てるの?」


観客席の一角、EとFクラスと思われる男子が固まっていた。目の下には薄い隈、袖口のふくらみ。互いに視線を合わせ、短い言葉を交わしている。

僕は、彼らに近づくと挨拶をする。

「こんにちは、本日転校してきた綾瀬透です」

「なんだお前、あっちいけ」

イライラしている彼らからあしらわれたため、僕はそのまま後ろの席に座る。

そのとき、持っていたペットボトルが落ち、彼らの座席の下へ転がる。

僕はそっと拾うと同時に、彼らの荷物に触れる。


中央で、神谷蓮が会場のざわめきなんて聞こえてないみたいにリングシューズの紐を締め直した。派手な金髪に琥珀色の瞳ーーその見た目の印象に反して落ち着いている。


チャレンジデュエル。この学園において手っ取り早くランクを上げるにはこれが一番いい。

今回の勝負は格闘勝負。ボクシングだ。


開始のブザー。相手の上級生が先制。踏み込みは早い。けれど神谷は、軸足を半身で引き、相手の打点を外してから反対の腕で払う。体制が崩れた一瞬に、ボディへの一撃。

圧倒的だ。だが、相手はニヤリと笑うと、蓮へ触れるように力のない拳を向ける。

その直後だった。


――耳の奥を叩くような爆音。

白い煙が、観客席の一角から噴き出した。視界が、瞬く間に曇る。きしむ悲鳴、椅子の倒れる音、誰かの足音が方向をなくしてぶつかり合う。


「おらああああっ!」「上位様はいいよなア!?ランクデュエルなんかやりやがってよお!」


武装した数人が、リングのバリケードを乗り越えてきた。

手にはスタンロッド、腰には電磁ジャマー。金属の匂いと焦げた匂いが混ざり、喉の奥がざらつく。

審判の声もかき消され、非常灯が赤く点滅する。天井の隅から飛び出した監視ドローンが、煙に視界を奪われて航路を乱した。


神谷は襲いくる集団に相対し、正面から一人を潰す。続けざまに背後の一人を肘で沈めた。重い音。だが数の利もあり、囲まれてしまう。

僕は神谷の戦いを見ていたかったが、混乱は無関係な生徒も巻き込み始めていた。


「限界だ!どいて!」

僕はベンチの間を滑り降り、煙の薄い箇所を縫ってリング脇に到達した。

逃げ遅れた女子生徒が、手すりにしがみついて咳き込んでいた。「こっち。段差、三つ。足上げて」


肩を貸し、退避導線に彼女を乗せようとする。瞬間。女子生徒が叫ぶ。

背後で、金属が空気を裂く音。振り返るより先に、腕が伸びてくる。僕は煙で周囲が覆われていることを確認すると、手首を捕まえ、捻り、床に押し付ける。肩の関節が外れる鈍い感触と共に、男の体から力が抜けた。


僕は女子生徒を引っ張り素早く離れる。誰にも見られてはいけない。

「綾瀬くん!何がどうなってるの!?」

女子生徒は佐原だった。

「わからない…多分下位ランクの反乱だと思うけど…」

そう言いつつ僕は確信を持ってリングを見る。

煙の向こうで、神谷が一瞬だけこちらを見る。距離はある。視線の交差は偶然に過ぎないけれど、目の奥がひりつく。

「邪魔すんな!下がれ!」

神谷の怒鳴り声が、混戦の中で鋭く通る。

その声をめがけて一人が彼に飛びかかる。同時に僕のすぐ脇を別の男が抜けようとした。

視界の端に、男の武器を見る。

僕は素早く足を掛けて男を倒す。

「何するんだ!」男が怒り、矛先を僕に向ける。

「綾瀬くん!危ない!」

佐原は叫ぶが、男は素早く持っていたロッド型のスタンガンを僕に振り下ろす。


――バチッという音とともに、男の腕に電流が走る。

「うわあああっ!」

「な…何があったの?」

男の叫びと混乱する佐原の声が交じる。

「たぶん故障かな、相手の方に電流が流れちゃったみたい」

僕は倒れ込む男を見下ろしながら、小さく息を吐いた。そのまま再び神谷の方を見る。彼は最後の一人を沈めていた。

「やっぱり、神谷は強いな」


沈静化のアナウンスが流れ、会場のざわめきが波のように消えていく。

誰かの泣き声や笑い声、興奮のままに語り尽くす声が聞こえる。

僕は群衆の流れに身を任せ、教室に向かっていた。

角を曲がったところで、正面から歩いてくる影と目が合う。


神谷蓮。

距離は近い、汗の匂い、微かな血の香り、制服の袖には灰色の粉が点々と付いている。

彼の視線が、一瞬だけ僕の制服を捉えた。すぐに目を見つめる。

「…お前が、綾瀬?」

「はい。今日転校してきました」

彼は僕を見続ける。

「…初対面か?」

「そうですね。たぶん」

彼は何かを言いかけるがやめ、そのまま通り過ぎる。背中の線は、迷いなくまっすぐだった。


校舎は、先程の喧騒が嘘のように静かだった。

端末には臨時の校内アナウンスが届く。



『本日のチャレンジデュエル中に発生した妨害行為について、関与者の特定と処分を進めています。安全確保のため、当面の間アリーナの利用規制を設けます―――』


評価点の画面を開く。当然何も変わっていない。クラスのチャット欄は本日の騒動についての断片的な感想や、犯人の処分についてが飛び交っていた。


僕は端末を閉じると、窓から夕焼けの空を見上げる。今日は蓮の強さを見ることができたし、人的被害もなくうまく終わらせられた。


――ぼくの物語は、まだ始まったばかりだ。










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