ハイライト

@MeiBen

ハイライト

エンドロールが終わった。

でも映画館はまだ暗いままだった。


初めのうちはオレ以外にも客が何人かいた。

けど今じゃ館内はオレだけだ。

みんな出て行った。


仕方ない。

クソみたいにくだらない映画だった。

さあ、オレもとっととここを出よう。

なんてことを口ずさんでみたが、出られるはずはないと分かっていた。

オレは真っ暗闇の中、真っ暗なスクリーンをただ眺めているしかなかった。


しばらくするとスクリーンがついた。

エンドロールが逆方向に流れていく。

どうやら映画を巻き戻しているみたいだ。

もう一度、映画を見せてくれるということらしい。

ずいぶんとお優しいことだ。


早巻きで映像が巻き戻っていく。

オレはただ巻き戻っていく映像を眺める。

ふと映像が止まり、再生が始まる。


学校のトイレが映し出されていた。

学生服を着た男がトイレの壁際へ押し込まれる。メガネをかけた背の低いチビ男で、イジメの格好の的という風体だった。

そして、その後に3人の男が画角に入ってきてメガネ男を囲む。

メガネ男は3人からできる限り離れようとトイレの壁に半身を押し付けている。両手を胸に当てて、怯え切った表情で男たちを見上げていた。嗜虐心を煽るいい表情だ。

左側に立っていた男が壁を勢いよく蹴る。

メガネ男はびくっと身体を震わせて更に縮こまる。

身体中が小刻みに震えてるのがよく見えた。

真ん中の男が右手でメガネ男の胸ぐらを掴む。少し手前に引いて勢いをつけてから、メガネ男の身体を壁に叩きつけた。メガネ男は小さな呻き声を漏らした。

男がメガネ男に顔を近づけて何かを言った。それに対してメガネ男は小刻みに首を振った。

次の瞬間、真ん中の男が右腕を大きく引いてメガネ男の腹を殴った。

メガネ男はまた呻き声を漏らす。そして力無くずり落ちてトイレの床にうずくまった。

殴った男がうずくまる男の頭を足で踏みつける。それを見て両脇の男が腹を抱えて笑っている。メガネ男はうずくまったまま身体を小刻みに震わせて声を噛み殺していた。声を上げたらまた殴られるからだ。

よく知ってるさ。




映像はそこで止まった。

ハイライト。

ここがこの映画のハイライトだ。

別に大したことじゃないだろ?

よくあることだ。

どこにだってあることだ。

そうだ。特別なんかじゃない。

そうだ。特別ですらない。






また早戻しになった。

どんどん映像が巻き戻る。高校生は中学生になり、そして小学生になった。そしてまた止まり再生開始。



家の中だ。

リビングで男と女が言い争っていた。

男は椅子に座って酒を飲んでいた。机の上には業務用の大きなペットボトルが置いてある。男はウイスキーを好んで飲んだ。毎日、毎日欠かすことなく酒を飲んだ。男が酔っていないところを見るのは珍しかった。

女は少し離れたところに立っていた。そして男を睨みつけて何かを話していた。

部屋の奥にある扉が薄く開いている。小学生くらいの男の子が部屋の様子を覗いていた。


言い争いが加速する。男がドンと机を叩く。空のコップが机から落ちてガシャンと音を立てて割れた。女はビクッと身体を震わせるが気丈に振る舞い男を睨みつける。そして男に何かを言い返した。

すると男は激昂し、立ち上がって女の顔を殴った。

女はよろけて床に倒れる。

男は倒れた女に覆いかぶさり、2発、3発と殴り続けた。

女が悲鳴をあげる。

すると部屋を覗いていた男の子が勢いよく扉を開けて部屋に駆け込み、叫び声を上げながら男の背中にすがりつく。

男は男の子を腕で思い切り払いのける。

男の子は真後ろに倒れ込んで頭を床に打った。

男が追撃を加えようと男の子に歩み寄る。

女が男の傍をくぐり男の子に覆いかぶさる。

女は男に何かを叫んでいる。

男は女の身体を抱え上げて横へ投げ飛ばす。女は椅子に身体を打つ。机がひっくり返って机の上にあったものが全部床に落ちた。

男は女に馬乗りになって顔を殴る。

女が悲鳴を上げる。

男の子は床に嘔吐した。








また映像が止まった。

またハイライトだ。

そうだ。お涙頂戴の名シーンだろ?

そうだ。可哀想だろ?

泣けよ。

いつもみたいに。

何もできずただ泣いてろよ。




おっと、今度は早送りになった。

ありがたいことにもう一度見せてくれるらしい。

親切なことだ。


画面の中の男の子は中学生になり、高校生になり、大学生になり、やがて社会人として働き始めた。


アメリカで暮らしたくて、頑張って英語を勉強したおかげでTOEICもTOEFLも点数が良かった。それで上手く外資系の会社に就職できたんだ。上司も同僚もみんな優しかった。給料も良かった。オレは何かを取り戻すように必死こいて働いた。3年ぐらい経ったある日の朝、頭痛で目覚めた。今までに感じたことないほどの痛みだった。そして耐えがたい吐き気。オレは必死で意識を保って救急車を呼んだ。救急車を呼ぶのは2度目だった。1度目は母が倒れた時だ。母はそのまま死んだ。


結局、診断は脳腫瘍だった。悪性腫瘍で一年以内の生存確率は10%以下だと言われた。会社は辞めた。


病院のベッドに横たわって、ただ黙って窓の外を眺めている男の映像がスクリーンに映る。

そこで映像は止まった。


どうやらこれがハイライトらしい。

ちなみにこの後は無い。

エンドロールだ。







ふと気づくと太ももの上に銃があった。

M1911。

思い出した。オレは銃が好きだった。小学生の頃だったか。映画の中で主役が悪役を銃で次々と撃ち殺していくのを見た。当然のごとく感化されて、母に銃を買ってもらった。

もちろんただのモデルガンだ。何もできやしない。それなのに学校に持っていったりしたっけな。


でも高校生の時に取られてそれっきりだった。別に悲しくはなかった。その頃には本物が欲しくなっていた。


オレは銃を手に取りスライドを撫でる。昔もよくこうしてた。愛おしくてたまらなかった。


マガジンを取り外し残弾を確認する。弾は1発。マガジンを挿入し、トリガーを引いて弾丸を充填する。


ヒーローみたいなもんだろ。

苦しい時に傍にいて救ってくれるんだ。


セーフティーを下ろして銃口をこめかみに当てる。

そしてオレはゆっくりと引き金に指をかけた。


誰もいない館内でオレは呟く。



「ほら、見ろよ。クソ映画のハイライトだ」

























終わり


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハイライト @MeiBen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ