-Wing Tale-

ののしのの

Prologue

P-1

「ネイデル、緊張してない?」

「してないです! お母様!」

 ネイデルと呼ばれた少女は少女の母に満面の笑みで返事をする。

 マナ測定の儀。その列に二人は並んでいた。

 儀式が執り行われる教会の入り口は込み入った人のせいで見えはしなかった。

「お母様! わたし、ロア家の顔に恥じないような結果を残してきます!」

「ふふ、そんなこと思わなくていいのよ? あなたはどれだけ平凡だろうと劣っていようと私たちの子供なんだから」

 ネイデルの意気込みに母は微笑みを浮かべながら少女の頭を撫でる。

 儀式の列はゆっくりと、しかし着実に進んでいく。気がつけばあと数人終わればというところまで来ていた。

 教会の中は阿鼻叫喚のようなものだった。

 マナに恵まれたものは喜んで親の元へと駆け寄り、あまり恵まれなかった貴族の子供は親から絶縁さえ言い渡されている。

 若いながら姉と両親の背中を見て育ったネイデルに恐怖と期待を同時に刻み込むには十分な材料であった。

 無意識にネイデルは母の手の握る力を強くする。そんな様子を見る母親はまた優しく頭を撫でる。

「緊張しないでいいのよ? いつも通り、リラックスして」

 母親に諭され、前に向き直る。前の子供が壇上からおり、ついにネイデルの順番が回ってきた。

「お母様、行ってきます!」

 ネイデルは少し足を震わせながら階段を一段一段登っていく。

 たった数段だというのに、ネイデルにとってはそれがあまりにも高い壁に見えて仕方がなかった。

 登り終えると神官がネイデルの手を持つ。

「ネイデル・ロアですね。こちらの水晶に触れてください」

「……はいっ」

 高価そうな布に包まれた水晶がネイデルの視線を集める。

 ネイデルが手を置いた途端、そこに第二の太陽が生まれる。

 刹那の閃光がその場の全員の目を貫いていく。

 光に驚いたネイデルが水晶から手を離すと、その極光は徐々に収まりを見せていく。

「な、なに……今の」

「ネイデル! 怪我はない? 具合は大丈夫?」

 ネイデルの母が駆け寄り彼女を抱き寄せる。

 そんなネイデルの元に神官が近寄って、告げる。

「──あなたには、類稀なるマナの才能がある。存分に誇りなさい」

 少女の耳に入ったその言葉は先の混乱のせいでまともに認識をし得なかった。


「──お邪魔しております。中央からやって参りました」

 測定の儀から少ししたある日のこと。ネイデルの屋敷には数人の格式ばった大人たちがやってきた。

「遠くからどうも。ネイデルのマナがどれほどなのか、ここではどうも調べられなくて」

「我々はそのような子供のために派遣されるのです。そこまで畏まらないで結構ですよ」

 母親の後ろに隠れて様子を見るネイデル。その元に一人の大人が近づく。

「お兄さんたちは君のマナがどれだけあるのか、確かめにきたんだ。協力してくれないかい?」

「……うん」

 ネイデルは渋々といった様子で首を縦に振る。

 調査員は馬車から巨大な測りを取り出してくる。

「やり方は測定の儀と同じです。ネイデルちゃんは上に乗って水晶に触って欲しいんだけど……」

「わかった!」

 ネイデルは母に持ち上げられ、秤の上に乗る。

 大人たちに言われた通り、水晶に触れると。

「わわっ、地面が下がる!?」

「マナの量に応じて水晶が重くなっていくものです。自分の限界だと思うところまでマナを注ぎ込んでもらえたら」

「う、うん」

 沈む床に少し辟易しながら徐々にマナを注いでいく。

 時間が少しずつ進むたび秤の針はどんどん一周しようと回り続ける。

 あと少しで一周というところでネイデルは崩れ落ちた。

「はぁ、はぁ……もう無理……」

「よく頑張ったわね、ネイデル……それで、これはどういうものなのでしょうか」

「そうですね……単刀直入にいうのならば、異常でしょうか」

「異常? その秤が壊れていた……ということでしょうか」

 ネイデルの母は調査員に疑問を投げかける。その疑問に調査員は首を横に振りつつ、言葉を紡ぐ。

「確かにあれが異常である可能性はない、とは言い切りませんが……それにしても結果が異常なのです。普通のティネリアでも四分の一進めば上澄みと言えるほどです。しかしネイデルさんに関して言えば……これですからね」

 調査員は秤の示す結果を見ながらそう呟いた。

 ネイデルはフラフラになりながらも父に抱き抱えられながら話を聞く。

「我々もこれほど進むものは見たことがありません。きっと、ネイデルさんの天賦の才というべきものと言っていいでしょう」

 そうして、調査員らは帰っていく。

 ネイデルは緊張から脱却したせいか、糸が切れるように眠りに落ちた。

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