第6話 パパに出会います

「おい、あれどうすんだよ、お前」


「う、、、わ、、、私がなんとかします、、、私のせいですから、、、」


朝の訪れ。

赤い髪のフーフェルと、舌を力なく垂らしているノフランが、部屋の扉を少しだけ開いて中をそっと覗く。

そこには昨晩、人売りの賊から助けた子どもが、ベッドの下の隙間に挟まっていた。サンドイッチのチーズくらい薄くなって。


「、、、僕はありがたく思うべきなんだ、この歳で真実を知れて幸運なんだ。無能だからって幸せになれないとは決まっていないんだ。仮に髭もじゃになって、体臭もキツくなって、ゴリラのDNAが濃くなって、誰も見向きをしなくなっても、独りでだって幸せにはなれるんだ。幸せの形は多様なんだから、、、でも、今だけは、少しだけ、こうしていたい______」


床とほとんど一体になり、むしろそのまま沈み込んでいきそうな感じで、そうぶつぶつ言っている。最早誰も近づけないぐらい、空気が張り詰めている。


「あそこだけ魔のオーラがすごいな」


「わ、、、私、、、行きます!可哀想で、、、もう、、、見てられないっ!」


「お前のせいだからな、ほとんど」


ノフランが決意して扉を大きく開こうとしたときだった。


「ぅおいおい!どうしたぁ?ハニーマスタードソースのように可愛らしい娘さん方。そんな焦げかけのソーセージが豚の腸詰のような顔してよぉ。おぉ分かったぞぉ、ああ、要するに神様のクソやろうが太陽との社交ダンスに夢中でこっちにケツを振ってくんねぇってことだな?」


一週間ぐらい溜め込んだ無精髭を撫でながら、M字にハゲた大男が二人の後ろだった。見かけは五十代くらいに見える。


「________くっさ」と、鼻をツマみながらフーフェル。

「うわっ汚ったね_____いえ、ドダイ様、おはようございます。今日もいい天気ですね」と、ノフラン。


「あれが昨日連れてきたって奴か?ドブネズミが汚水路を昼夜問わず走ってきたような陰鬱な野郎だ」


「そのままじゃねぇか」

「動くなよくっせぇな______えぇ、そうです。少し落ち込んでいるようで」

「ノフラン、フォローできてないぞ、それ」

「だってくっせぇんですもん、まじムリ」


言いたい放題の二人の声は聞こえていないようで、そのドダイと呼ばれた男がどかどかと部屋に押し入り、ベッドの下を覗き込む。


「男って何か知ってるか、坊主?」


唐突な質問に、顔だけがぐるりと、ねじ切れるような動きで床とベッドの狭い間で横を向く。


「男、、、それはこの無価値な存在。男、、、それはこの世のゴミ」


「ちげぇなぁ、男ってのは、女にち○こ付け足した奴のことだ」


「何言ってんの、あのジジイ」

「見た目だけじゃなくて、言葉も汚ったねぇとか、ほんと消えて欲しい______いえ、その、汚ったねぇです」

「お前せめて取り繕うことはやめるなよ」

「というか、なんであの人、朝なのにあんな身体中煤まみれなんでしょう?」


ドダイは床にあぐらをかいてどっしりと座る。


「ち○こ、取り戻したくねぇか?そのままだとよぉ、坊主、まるでトサカを失くした雄鶏のようだぜ」


「_____________なん______だって__________?」


子どもの瞳に、光が戻る。

まるで朝日がそこをめがけて差し込んだようだった。

トサカを失くした雄鶏、それはもはや雌鶏じゃないか!!


「え、何が響いたの?今の言葉で」

「知らないよ、フーフェル、帰ろうもう、これ以上汚染されたくないです」


ドダイは、ベッドの下に手を差し入れ、その子どもを引きずり出す。

その手が、救済の女神の招きのように感じる。


「でも、僕は無能の精霊使いで、何の才能もない、、、いずれ毛むくじゃらの、、、」


「待て待て待て、考えろぉ?!いいか?俺はママのおっぱいに吸い付いたようなガキを助けに来たんじゃないんだぜぇ?才能がない?ちくしょうめがっ!!だったら才能が入り混む余地がないほどの魅力が、すでにてめぇにパンパンに詰まってるってことだろうが!豚の腸詰のソーセージのように。ええ?やったなぁ?喜べよ」


「______パ、、、パパ!!!」


「パパぁ?はははははは。俺はいつの間に女神様とやっちまたんだぁ?」


「僕は女神様の子どもじゃ___」


「しぃ_______黙ってついて来い。中庭でバーベキューとしゃれこもうじゃねぇか、お前の猛々しいソーセージ、見せてみろよ」


ドダイが子ども___テネーカトロの胸をとんっと叩き、その煤だらけの顔をくしゃりと笑顔にする。

これが男だ。

そうだ。才能がないのがなんだってんだ。

私は散々言ってきたじゃないか、どんなに不遇でも、少しの幸せを見つけるぐらいはできるって、そう豪語してきた。

やってやろう、この異世界で。

努力で私は自分の幸せを掴み取るんだ。


▲▽


「ほらほらほら、足が震えているぞ!!まるで生まれたての小鹿が生まれてすぐに立とうとしているみたいだなっ!」


ドダイは武人だと言う。

彼は訓練用の木剣で私を攻め立てた。

武人とは、通常の人間に比べてその身体能力に違いがあるとのことだった。

確かに、先ほどから全く隙がない。

体のどこに打ち込もうとも、私の剣は予測したように弾かれる。


「どうしたどうしたどうしたぁ??ここを紳士淑女が睦まじくダンスするダンスホールと間違えているのかぁ!!?」


中庭。

そこはフーフェルを首領とした義賊たちが住う古城のようなところだった。

その中庭にドダイの声が反響する。


「くそっ___僕だって____僕だって____」


「坊主、意気込むのはいいが、焦りは良くないぞ。それは焦っている証拠だ」


ドダイの木剣が脇腹に綺麗に決まり、私は呻きながら芝生を転げ回る。


「さぁ立て立て立て!おねんねの時間はまだまだだぜぇ!!?まるで夜にママの子守唄で眠る子どものように眠っているじゃないか!!」


そうして何十度と、私はドダイに吹き飛ばされ、斬られ、組み伏せられた。

だが、心は充実していた。

自分は弱い。

だが、その分、ここからもっともっと強くなれるんだ。

この人が与えてくれる試練に打ち勝てば、私は____。


▲▽


「た、、、食べても、、、お、怒りませんか、、、?僕なんかのような穀潰しがこんな豪勢な朝ごはんを食べても、、、いいんですか?叩かない?」


「きゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!きゅんきゅんきゅんきゅぅぅぅぅぅぅん!!」


フーフェルが顔を伏せて何事かを叫びながら震えているので、私はノフランにお伺いを立てる。


「うん!もちろんだよ?い〜っぱい食べてね、今日からとりあえずは、私たちザミヘル義賊団の仲間だから、ね?」


私は知っている。

この聖母のような柔和な表情と、慈母のような甘美な声が、今だけのものだということを。その証拠に「とりあえずは」って言った、「とりあえずは」って。

でも、それでも良い。この朝食を与えてくれたことには、心の底から感謝を申し上げたい。

こちらの世界にきてから、こんなにまともな食事は始めてだ。

そして、この世界の料理が前世とそんなに変わらないことを初めて知った。

最近は草しか食べてなかったが、ここで食べる草は一味違う。

ちゃんと味がついている。ドレッシングがかかっている。

それだけで涙が止まることを知らない。


「ありがとうございます、、、本当に、、、ありがとう、、、僕、、、生まれて初めて、幸せです、、、」


「いやぁああああああああ養いたいいぃいいいいいい____ぐふぅ!!!」


ノフランが素手で茹で卵を掴み、フーフェルの口に恐ろしい速さで突っ込んだ。

え、暗殺?

これ暗殺だよね?

なんで?

私も何か受け答えを間違ったら、茹で卵突っ込まれるの?

フーフェルの顔がどんどんドス紫になっている。

ああ、そっか。お正月に喉を詰まらせて死ぬ老人ってこうやって死ぬんだ。

あと、フーフェルからエゼとかいう女神と同じ濃厚な視線を感じるのも若干気になる。まだ実害が出ていないから、今のところはスルーしておこう。

そういえばあの女神、昨日は姿を表さなかったな、、、。


「あの、ママ、、、いや、ノフランさん」


「うん?な〜に?ママって呼んでもいいんだよ?」


ノフランの舌が犬の尻尾のようにユラユラと揺れる。

催眠にかかりそう、ママと呼びたくなるような催眠に!。

でも、ダメだ、だっていずれ捨てられてしまう運命なのだから!抗え!私!!

安易に人の好意に甘えては、後々立ち上がれないほど傷つくのはこちらなのだ。


「ママぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「はい、ママです」


長期的な利益を考えることなど、5歳児にはできようもない。

だって、大人だって無理なんだから。

目先の餌に飛びついてこそ、人間というもの。


「あの、、、精霊使いには、位みたいなのってあるんですか?弱いなりに」


「位って、魔法みたいに?」


「そうですそうです」


「えっとね、どちらかというと、使役できる精霊の種類が、そのまま位みたいになるって、感じかなぁ?」


ノフランが言うには、人間以外の存在は、全て精霊というカテゴリーになるとのこと。つまり、大天使、天使、高級精霊、中級精霊、低級精霊、堕天使、魔物、悪魔、魔人。そして、例えば大天使を使役する精霊使いは、「大天使使い」「大天使マスター」などと呼ぶらしい。


「じゃぁ、魔人使いとかもいるの?」


「もちろんいますよ」


「それって悪者ってことだよね?」


なるほど、ストーリーが読めたぞ。

おそらくこれから魔物使いや悪魔使い、果ては魔人使いとの激しく、命をやり取りするような壮絶なバトルが私の異世界生活にやってくるのだ。

いや駄目だ、目立っちゃいけないんだった。そういう輩とはなるべく関わらないように隠遁生活を送らなければ、、、。

だが、私の発言にノフランの青い瞳が僅かに揺れ、徐々に暗い顔になる。

やばい!なんか発言間違った!?茹で卵ミサイルが私の領海という名の口内に飛んできちゃう?

私が急いで口を両手で塞いだときだった、


「そんなに怯えるな。まだ小さいんだからしょうがねぇ。大天使と魔人、どちらが良いとか悪いとかはないんだ。大天使にも悪者はいるし、魔人にも聖人のように良いやつもいる、人間と変わらない。ここにいるノフランも、人間と魔人のダブルだ」


フーフェルがノフランの代わりにそう説明する。

だが、その説明には引っ掛かることがある。


「そ、、、そうなんですか、、、ママ、ごめんなさい。僕、、、大天使に近いほど高潔だって教わったから」


「全然いいのよ、でも、いったい誰に教えてもらったの?このザミヘル共和国は天使・悪魔に中立な国だから、そういう差別的な意見は珍しいの」


「えっと、、、女神様、、、」


中立であるなら、彼女のことを言ってもそう問題にならないだろうと判断した。

だが、私がそう言うと、二人はきょとんとした顔をして、それから互いに見合う。


「女神様?本当に?」


「うん、、、えっと、、、ばん__らい?の女神のエゼって変態、、、いや、女神様」


なになになに。

なんかすごい不穏な雰囲気なんだけど。

私、何か変なこと言ってる?


「えっとね、、、えっと、、、どうしようかな、、、その、、、あ、その女神様のことは好き?」


ノフランが迷い迷った末、そんな意図は分からないが答えは明白な質問をしてきた。


「全然。全く。二度と会いたくない。気持ち悪い」


「そ、、、そんなになんだ??それなら、、、うん。あのね、まずテネーカトロ君は__」


「テネーちゃん」


「え?」


「テネーちゃん」


「う、、、うん、テネーちゃんは、おそらく低級精霊使いだと思うの。詳しくは学校に行かないと分からないけど、フーフェルの感じた力は低級精霊のものだった。そしてね、精霊たちは、精霊使いを介さないと、この世界に現れることも干渉することもできない。つまり、低級精霊使いのテネーカ__テネーちゃんには、女神様を見ることはできないはずなの」


ほう。

まず、テネーちゃん呼び、いいね。

それだけは一回言っておかないと気が済まない。

そして、問題は非常に簡単なことだった。テネーちゃん呼びの多幸感に比べたら、まるで大したことはない。


「ということは、あの人は嘘を吐いていた、ということですね。女神と騙る低級精霊だったと」


「そういうことになるの___なんでそんなに嬉しそうなのか、全く分からないけど、、、」


納得納得。

あんな醜悪な存在が女神であって良いはずがない。

お前の虚勢そっこーバレてんじゃねぇか。低級精霊のくせに、、、、、、いや、私も低級精霊使いだった。同族だ。

ごめんよ、エゼ。お前の気持ち悪さに寄りかかって、自分の矮小さを忘却しようとしていた。次会うようなことがあれば、少しは優しくしてあげよう。きっと、自分を大きく見せないと、潰れてしまいそうだったんだろう?


「あとね___」


ノフランが百面相する私の顔に若干怯えるようにしながら、言葉を継ぐ。

まだ何かあるのだろうか?


「えっと、その、うんと」


言いづらそうに長すぎる舌をチロチロと動かしている。

もう少し沈黙が長引けば、私は「乳首舐めるの上手そうですね」とかいう、非常に差別と偏見に満ちたことを言ってしまっていただろう。

だが、ノフランは、ギリギリのタイミングでその事実を開陳した。


「えっとね___________万籟の女神・エゼは、5年前に消滅が確認されているの。だから、やっぱり、テネーちゃんが会ったのは、違う、ちょっと悪い子の精霊ってことになります」

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