異世界転生して三十年経ちますけど、英雄さん方?なんか状況悪化してません?〜前世より低スペックにされたのでやる気が起きない低級精霊マスターのお話。

屋代湊

醤油と味醂と酒があれば大体の料理は作れる。だから悲観するな。お前にだってそこそこの料理で食卓を賑わすことはできるのだから。

第1話 転生します

あらすじ読んでくれた?

だいたいそれ。

私はそもそも、異世界転生ものが嫌いだ。

なんか、現世で不遇だったり、頑張れなかった鬱憤を、異世界で晴らそうというその性根が気に食わない。どんなに不細工だろうが、運動ができなかろうが、勉強があれでも、小さな幸せを見つけることは誰にでもできる。

どうにもならない現実に目を逸らしてもいい、逃げてもいい、だが、諦めるのは違う。だって、一回しかねぇ人生なんだ、1つぐらい幸せを見つけてみろってんだ。


あ、私?

私はね、顔は普通だけど、勉強も運動も最初からできた。すまんね。親に感謝したい。友人に困ったこともなければ、恋愛の酸甘も体験した。

良い高校、良い大学を出て、国家公務員。

まぁ、省庁勤務はブラックだったが、妻も美人だし、子どももいて、なんとか頑張れた。子どもがちょっと大きくなったころには大学教員になって時間的余裕もできたし、順風満帆。

正直、もういつでも死んでいいやって思った。

妻も自立した立派な人だったし、こちらの収入がなくてもやっていける。

あれよあれよという間に子どもも就職して、初給料日には私の大好きな日本酒を奢ってくれた。人生の絶頂だった。


そして、死んだ。

享年四十七だった。


「なんだ、ここ」


形而上的なことは好きだし、人間の経験を超えた何かがあるということは信じてもいたが、逆に神は存在しないというスタンスを己の人生において貫いていた。

だが、まぁ、これは、そういう類か?


「え、、、誰、あんた?」


真っ白な空間に浮いたデスクのような場所。

そこにぐでれぇと突っ伏している、金色の髪の女。

ああ、見覚えがある。

国会対応中の職員が、よくああしてブラックアウトしていた。

その女が、潰れて黄身が垂れ流れた目玉焼きのような瞳でこちらを見ていた。


「田中太郎です」


「ぶっふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!逆に!?逆にだっ??」


「逆にってなんですか、まぁ、見当はつきますが」


「逆キラキラネームやん、ネグレクト?ネグレクト?」


「あの、そう簡単にネグレクトとか嬉々として言わない方がいいですよ、本当にそれで困っている人もいるので」


「ええぇえぇ、説教くさ、じょーだんじゃん、じょーだん」


「はぁ、、、で、ここは?」


「世界の狭間、魂の踊り場。レッツダンス!ウィズミー?」


「死後の世界ということですか」


「ちっ、なんだよノリ悪りぃなぁ」


ノリが悪いと言われると癪に障るので、私は血塗れのスーツを脱いで唐突に全裸になる。

日本のエリート公務員を舐めないで欲しい。

大蔵省の汚職事件知らない?ノーパンしゃぶしゃぶ。


「血税で出来たこの体をとくとご覧あれ!!そうだ、今後の日本の景気を占いましょうか。私のビックサンが上を向けば好景気!下を向けば失われた三十年、四十年、五十年、さぁ、運命は_______」


「なんてもの見せんだこのヤロウっ!!!!」


スーパーヒーロー的なキックを顔面にお見舞いされてしまった。

ほう、パンツは桃色だ。


「なんですか、せっかくこれから日本の景気を上向かせようとしていたのに」


「それって弄るってことだろ?そうなんだろ?」


「馬鹿な、それなら占いになりません。私は人に見られているだけで海綿体に血液が____」


「黙れ」


すごくシンプルで落ち着いたビンタを喰らった。


「_____充血して、おっきくなるという性癖があります」


「黙れ」


なるほど。片方の頬を打たれればなんとか、ってやつだ。

そっち系の宗教の天国なのだろうか、ここは。


「ゆえに、私が服を脱ぎ去った時点で、日本の好景気は決まっていたようなものです、ほら、ご覧ください。ちなみに叩かれてもこうなります」


「ねぇなんで?先を言わせないようにぶっ叩いたのに、なんで?馬鹿なの?変態なの?」


「二十代までは純愛を誇り、三十代を超えたら変態をこそ尊ぶべきと、そう教わりました」


「誰に?ねぇ誰に?」


「アメフト部の先輩に」


「出たよ、お前、まさかヤバイ葉っぱとかやってないよね?アパートで育ててないよね?」


「低学歴アメフト部と一緒にしないでください。タックルしますよ。そのまま寝技に入って、一緒に汗を流してもいいんですよ?」


「裸で、タックルするよ、とか言わないで、気色悪い。それにアメフトに寝技とかあったっけ?ねぇ?」


「まぁ、くだらない会話はこれぐらいにして、これって転生ですよね?娘がよく、こういう死後に白い世界に来て、その後なんやかんやカタルシスを得て、世界を救う的なくだらないアニメ見てましたから。まぁ?うちの娘は優秀で美人なので、そういうアニメを片目に、デリダとか、カントとか、フッサールとか読んでましたが」


「うっぜぇ、なんか毒親臭すげぇんだけど、、、あれ、、、でも、、、あれ?おかしいな、、、あれれ?」


なんか急に焦り始めたぞ、この金髪女。


「あれぇ?おっかしぃなぁ」


「名探偵か、お前」


「いや、違うんですよ。そもそも転生を許されているのは、現世ですっごく苦労されたとか、虐げられたとか、そういう人に限ったものなんですが、、、あなたの幸福値、カンストしてますよ、カンスト」


「人の人生をカンストとか言わないで、なんか、恥ずかしい気持ちになるんだけど」


「あ、、、やばい、ヨダレでシステム故障してたわ、、、、、うっそぴょーん、なんでもないよ〜ん」


「おい聞こえたぞ、防水機能ないのか防水。それに誤魔化し方が80年代だぞ、いや、80年代か?」


「この度はご愁傷様でございました。あなたは現世で充実しすぎていたため、神の御心により、システム上、転生後は不遇にせざるを得ません。それでは、二度目の人生をより良いものに、そして、どうか世界をお救いください、英雄様」


「神の御心によるのか、システムによるのか、はっきりしてくんない?そして何いきなり仕切り直し的に切り口上してんの?誤魔化そうとしてない?」


そうは言っても、なんか涙目で焦ってらっしゃいますが大丈夫ですか?

思ったよりもこれ、大きいミスなんじゃない?

資料の数値を間違って、議員のクソどもに罵詈雑言浴びせられたときの冷や汗を思い出しちまうよ。


「ま、もうしょうがないし、いっか!ミスってさ、上司に報告するまではまだミスじゃないですよね?なんかちょっとあなた、その余裕がいけすかないし、森の中とか、片田舎とか、ダンジョンの地下とか、その辺でテキトーに過ごしててください、あ、ダンジョンはなかったわ、すまん」


「よくないです。普通に成仏って選択肢、ありません?」


「あ〜、成仏ねぇ、次ね、次、ごめんごめん。まじ慚愧。とりあえず寝とけばいいから、寝て食って、ぶくぶく太って、あーそろそろ生活習慣病にも気をつけないとなぁ、ってときぐらいには平和になるから、私、英雄っぽい人どんどん送り込むんで、どんっと、どかんっと、ドドドっと任せてください。そして、ぜっっったいに、目立たないでください、私のミスが上司にバレるんで、隠蔽って、大人の嗜みでしょ?」


「それって、なんか、連座制とかでバレたら私もなんか、みたいなことあります?」


「あぁ、ええぇと、、、」


「早く言え、このシゴデキナイ女神」


「えっと、そうですよね、フェアじゃないですよね。おそらくですが、、、あなたの奥様、娘様に、とてつもない災難が、、、そしてあなたは地獄行きです。地獄というか、地獄みたいな異世界行きです」


おいおい、嘘だろ。

それはちと、ふざけている場合ではない。

そして、本当に大丈夫か、こいつ。

なんか、データ的なものを弄る手が、アル中の人ぐらい震えてらっしゃいますが?


「とにかく、何もせず、それこそ異世界チート低俗ラノベ主人公の転生前のように、ニート!!ニート!!!とにかくニートで、お願いしまっす!」


女神がかたーんとエンターキー的なのを押す。

まぁ、寝て過ごせっていうならそれも悪くない。

それに、愛する妻と娘を守るためなら、なんだってしてやる。

前世では働きづめだったからな。あっちで得られなかった老後の余暇ってやつを、満喫しようかね。




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