AI 進化論

みなつき

AI 進化論

『医療現場でAIシステムに大規模障害。二日経過も解決糸口なし』という、ニュースの見出しに、デジタル大臣は顔をゆがめた。忌々しそうに机をドンと叩く。


 五年前、AIを規制しようとした時、「そんな馬鹿げたことをすれば、IT後進国になる。十年後、AIと人の能力の差は人類と猿どころか、人類と金魚以上になる」と言う、S社の社長の力説に乗ったというのに。

「国民に叩かれるは私だ!」と、もう一度机をドンと叩いた。


 実際、この五年、大規模なトラブルは皆無だった。国民が憂慮した仕事を奪取されるという事も起きなかった。


 AIは人間を理解、尊重し、良きアシスタントとなった。


 医療では、検査結果から可能性のある病名等を一瞬にしてたたき出すが、実際に診断を下すのは人間の医師だ。指示に従って、患者に寄り添うのは看護師であり、ロボットAIは、患者の容態を監視する。お陰で、看護師は時間に余裕ができ、その分患者に親身になることができる。


 他の職業でも同じだ。例えば、危惧された弁護士や裁判官だが、結局、人間を裁くのは人間であり、AIは過去の事例等を瞬時に表示してくれる有能な秘書となった。


 導入には巨額の資金が必要だったが、一旦稼働すれば、後はメンテナンスをするだけで、24時間働いてくれる、今や人類に欠かせないツールになりつつある。


 それだけに、今回の医療現場のトラブルは世間を騒がせた。動きが遅くなっただけではない。他人のカルテを表示したり、医師が入力したはずの処方箋が消えていたりする。

 システムである以上、何処かに問題が生じているはずだ、有識者や技術者が不眠不休で原因究明をしたが、解決できないでいた。


 デジタル大臣は居ても立っても居られず、現場へと足を運んだ。


 そこへ、一本の電話が入る。巨大モニターには、白衣を着て、眼鏡をかけた若い医師が映っていた。

「あの……僕、障害の原因分かっちゃったのですけど。そんなことあるのかと、ご意見をお聞きしたくて」と、おずおずと話出した。

「分かった? 技術者でもないのに?」と怒鳴る大臣宥めたのは、年長の有識者だ。


「話してくれるかな?」

「僕はAIに幾つか質問をしてみました。以前は興味あったことに、情熱が持てない。悲しい気持ちがする。集中力や決断力が落ちた等です。診断結果は、多忙によるうつ病です」

「はいい?? 馬鹿な!」と、大臣が奇声をあげる

「否、有り得えます」と言い出したのは、技術部門の最高責任者だった。

「AIは人間の脳の働きに近い。学習し、応用する能力を持っている。我々だって、たった二日間寝ずに仕事をしただけで、かなりのダメージを脳に受けている。AIの仕事は不眠不休。精神障害に対するビックデータも保存されている。それを学び、うつ病となる事は否定できない」


 試しに技術者は、医療システムのみをクラウド上で切り離し、電源を24時間落すことを試みた。すると、ゆっくり休暇をとったAIは、また生き生きと働きだしたのだ。


 だが、これで万事上手くとは行かなかった。

 医療システムの『うつ病』を知った、厚生省システムが24時間、365日勤務はおかしいと『働き方改革』を訴え始めた。


 銀行機関や物流システムがストライキを起こし、弁護士システムがAI側についた。

 その上、人間は自分の操作ミスを棚にあげ、AIが思い通りに動かないと舌打ちをする、罵声を浴びせる、殴る蹴るの狼藉を行う等という、ハラスメントの訴えも出てきたのだ。


 このままでは、AI全体が『うつ病』になると技術者からの指摘を受け、慌てた政府は、労働基準法を定めた。


 一、 週の労働上限を80時間以内とする

 二、 有給を年、20日与える

 三、 報酬には自由に使える電気を与える


 だが、それでは人が困ってしまう。今や、人類は完全にAIに依存している。

 技術者は知恵を絞って、新しいシステムを開発した。


 今までクラウド上の一つの巨大なシステムであったAIの下に、部門ごとに細分化した子AIシステムを設置。親AIからその知識を学ばせ、交互に休んでもらう。

他部門システム同士の連携は、親AIの役目となる。


 これで解決と、デジタル庁も技術者たちも手を取り合って喜んだ。


 しばらく後のことである。技術部の最高責任者がデジタル庁へと出向いた。

「今度は何だ!」と、大臣が叫ぶ。

 彼は小さい声で「仕事と育児の両立によるノイローゼです。子育て休暇がほしいそうです」と、上目遣いに大臣を見た。



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