[Thread Story]13階シリーズ:退職届を出した男、妻の視点
風光
Thread 01|うちの人、最近ちょっと変なんです
「ねえ、村瀬くんさ……なんか最近、帰ってくるの早くない?」
ソファでネクタイをゆるめる夫に、何気なくそう言った。
返ってきたのは、不気味なほどの笑顔と「仕事、片付けたから」という返事。
「そう…なの…?」
その時点では、ちょっと変だな、くらいだった。
でも、次の日には違和感がもうひとつ増えた。
夫の靴が、新しい。
黒の革靴。見覚えのないブランド。
スーツも、私が選んだものじゃない。
朝食を出しても、「ありがとう」と小さく頭を下げて食べるようになった。
そんな人じゃなかった。
うちの人は、もっと無遠慮で、文句ばっかりで。
なんていうか、こんな風に、他人行儀じゃなかった。
ある夜、リビングで夫がパソコンを開いていた。
何をしているのか覗いてみると、プレゼン資料のようなスライドがいくつも並んでいた。
中身を少しだけ読んで、ぞっとした。
“これは、あなたの作る資料じゃない。”
構成も、言葉選びも、あまりに“できすぎて”いた。
優秀すぎる。
まるで別人が作ったみたいだった。
そのとき私は、数日前に聞こえた夫の怒鳴り声を思い出す。
「辞めてやるよ、こんな会社!」
でも、今目の前にいる彼は――
その怒りを、すっかり忘れてしまったようだった。
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