Thread 03|俺って、こんな声だったか?
昼過ぎ。
村瀬は会議室のガラスに映った自分の姿を、無言で見つめていた。
ネクタイの締め方。
髪型。
爪の長さ。
全部、自分なのに――“何かが違う”。
「村瀬さん、書類確認しましたよ。あれ、すごく丁寧でした」
経理の子が笑って言う。
「ほんと、ああいう細かいとこ、さすがだなって」
?……いやいや、俺、雑で有名だったろ。
人の名前も資料も、よく間違える、確認が甘いと上司に嫌みを言われていたくらいだ。
「俺って、そんなマメだったっけ?」と周囲の人に聞いてみた。
でも皆、なんとなく笑って流すだけ。
入社時からお世話になってる部長は首をかしげて「お前、冗談か? らしくないぞ」と笑った。
“らしくない”──どっちがだよ。
村瀬はトイレに駆け込み、水を何度も顔にかけた。
鏡の前で息を整えるが、違和感は拭えない。
自分の行動の記憶がないことがこんなにも不安になることだと初めて知った。
ふと、誰もいないはずの個室の奥から、微かに声がした。
「……たすけ……て……」
息を呑む。
この声、どこかで聞いたことがある。
いや、これは──俺の声だ。昔の、怒鳴る前の。
どくん、と胸が鳴る。
思い出せないのは記憶じゃない。
“今の自分”の方だ。
この体、この声、この性格が、自分のものだったのかが、曖昧になってきている。
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