0001 0101:礎

「ああ、そうだ」


 少年から離れないと言ったタニアが残り、ゼッドとローセがこの施設を見回ろうと、部屋を出ていこうとする。

 ノアはKに小声で言う。


「ちょっとミカのメンテを見てもらえませんか、ボス」

「ミカ? もしかして」

「力を使ったんです。とりあえず俺とセレストが戻ったら、ミカをこちらに向かわせるので」

「分かった」


 Kは詳しく追及しようとせずに頷いた。それは状況を察したのか、あるいはノアへの信頼からなのか。


 一方、Kの研究室を出たゼッドの隣に歩くローセは、物珍しそうに施設の中を見回す。この水族館のような場所は広い上に、水族館でさえ見られない品種の魚類がいる。とても人工的なものだと思えない。


「すごい、保安局すごいですよ、ゼッド! ここまで海底を再現できるなんて!」

「ふむ、やはり気付いていないのか。普段ならば、水圧から陸上生物を守るための施設は、こんな透明なガラスであるはずがないものだ。ローセが気付かないのも無理はないだろう」

「と言いますと?」

「ここが海底……とまではないが、湖底ではあるだろう。地面より536メートルの地下だ」


 ええ、とローセが愕然とした声を上げる。そしてすぐに思い浮かぶ。何故秘密通路のような道を通るのか。ここはやはり拠点ではないのか?


「そしてこの施設の正体は……」とゼッドがシステム分析の情報を口にしようとする。

「そうだ」


 二人が振り返ると、彼らより遅く部屋を出たノアとセレスティーヌの姿が見える。


「ここは主に事件関連の研究所ラボだが、建物ではない。何しろこいつはボスのだからな」


 この大きな施設が人形だなんて、とローセは呆然とノアを眺める。


「ここがA‐I区保安局の〝裏〟だ。普段は情報収集もあって表で事件やらトラブルやら解決してるんだが、機密はこちらで行っている」

「情報収集というのは?」とゼッド。

「ああ。ボスの目的は五年前の事件を調べてるんだ。――AICDSバグの件だ」


 AICDSの人形が感情バグを持つようになり、犯罪率を逆に高めしつつある。政府の対策として、人形並の戦力を持つ〝保安局〟を各区に設けることだった。

 ――が、天才は対策で事件の終わりにしない。


「ぶっちゃけ、今のシステムの方がセキュリティいいし、人形の性能も高いから俺はあまりボスの考えに賛同してないがな」

「それでもKと協力関係にあるのは?」

「ん? ……いや、未解決事件ってのは胸糞悪いしな?」


 ゼッドの疑問に一瞬だけ彼に向けられる視線が冷たく感じたローセ。しかしそれは悪意のものではない。彼は一体何を想ってこの区域の司令塔に就いたのか、とふと思った。


「そういえばここがえと、所長……? 局長……? の人形ってことは、何かの生物に模してるということですか?」

「肩書き的には保安局局長だな。まあ、局長なんて硬いから気軽にドクターKって呼んであげた方が喜ぶよ。話を戻すとそう、この場所で多少察したと思うけど」と彼はチラッとゼッドを見る。「これはボスの人形で、巨大な亀だ」

「へえ、亀……カメ?」

「亀。ほら、よくおとぎ話にも登場するだろ、世界を支える亀とか。なんちゃって」


 コホン、とノアは咳を払う。


「とりあえず俺は表に戻る。お前たちは今夜はここで休んでおけ。今日はご苦労」

「あ……、いえ……。お、お疲れ様でした!」


 にっこりと作り笑顔でノアとその秘書の後ろ姿を見送ったローセは、また美しい海の風景に目を奪われる。


「……ノアさん、自分たちにこれ見て癒してほしいのですかね?」

「人間はそういうのもありえるのか。ふむ」

「ゼッドはキレイだと思いませんか?」

「キレイ……綺麗。戦闘において必要のないから、私にインストールされていないようだ」

「残念。ゼッドもたくさん知れればいいのに。戦闘の役に立てないし経験値にもならないでしょうけど、何も知らないのは寂しいですよ……」


 嘆くローセに、ゼッドは小首を傾げた。

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