第二波 馳走

 2階層から降りていく通路は直滑降。そして、高台がある溜まりやすい構造をしており、親切にも梯子が備え付けてある。


「何だ、ここ?」

「逃げやすか? 報告するのは十分ですぜ」

「足りますっ」


 目の前にあるのはダンジョンと銘打っている割に似合わない場所。重厚感のある濃い赤色に金具が打ち付けてある扉が見えた。


 それが梯子を超えて飛び降りた先に見えている。そこまで続く通路は燭台に近い照明があり、行かなくても違和感があるのは確かだ。


「行くだけ、行こう」

「戻りましょうっ」


 靴まで一体化した服装に肩あたりには布を羽織る。フードを被っていたり、ゴーグルを取り付けているのが差異だろうか。


「あの先が何かは知っておきたい」

「付き合いまっせ。もう今更なんすわ」


 サファイア色の瞳に黄土色の髪をしているジルが先導で扉に手をかける。重量があるのか、両手に持ち替えて全身の力で引くとゆっくりと光が漏れてきた。そして、何らかの音も。


「ようこそいらっしゃいました。挑みますか? 引き返すのも構いませんよ」


 出迎えてくれたのは強大な魔物でもなく、温和な人物だった。ウサギの頭をしているのは魔物らしい。それ以外は燕尾服を着込み、蝶ネクタイをかっちり締めた出立ちをしている。


「申し遅れました。この場の支配人をしております。入りになるのであれば、どうぞ」

「挑もう。ここはどんな場所なんだ?」


 複数の遊戯台とそこを取り仕切る人が複数人ずつ。頭がウサギなので異形なのは間違いないが、多数を占めるのはどちらか。


「夢のある場所、そうお答えしましょう。挑むための準備から始めましょうか」


 どうぞこちらへ、ふと現れたバニー型の存在が付き添い、カウンターまで案内される。支配人と名乗る人物はその場に止まり、手のひらを見せて紹介を始めた。


「最初に1人ずつ生命力をコインに変換してもらいます。そちらを賭けてお楽しみください。ただし、1度に賭けるコインは一年が限度です」

「生命力ってのは何だ?」

「お客様の活力とも言い換えましょう。共通して5年までの交換とさせていただきます」


 鼻をヒクヒクさせて支配人はそう話す。具体的に何であるかは明かさず、生命力5年を提示。まだ、相手に決定権を委ねている状態で次の施設の紹介に移った。


「飲食はこことは別のカウンターにてコインと交換してください。他にも色々とございますのでご確認くださいませ」


 ボトルの並んだ棚と丸い椅子と奥に伸びるカウンターの間に立つ者が一礼をしてくれた。会釈に過ぎないが、丁寧で気品の溢れる所作である。


「あそこか」

「メニューもございます。後でご覧ください」


 人とは異なる表情で消え入る雰囲気を持つ。無表情とも言い難いが、鼻以外の動きはない。


「信じてええんですかい?」

「怪しいですっ」

「これまでにもあったろ? 特殊な条件が必要なボス」


 例えるならば、必殺の一撃を2回同時に入れないと討伐できないだろうか。ジルは何を見抜いたのか2人をそれで説得しようとしている。


「今からでも出ましょうぜ」

「後ろの奴見てみろ」


 嫌味な笑顔を向けるのはウサギ顔の付き添い。ボディーラインに沿った光沢感と際どさのある衣装に身を包み、バニーを演じる。


 本来はあの場で逃げておくべきだった。ジルはここでそう言葉にする。今更とはいえ、その顔に冷や汗が浮かぶ。


「お話は終わりましたか?」

「すまないな」

「では、こちらの受付カウンターにて生命力とコインを交換してからご自由にお遊びください。ルールはそのテーブルでお教えします」

「ありがとう」


 もう何も言うまい。ジルは支配人の言葉に頷き、その場を円滑に進行していく。受付カウンターに立つ存在へ話しかけ、やり取りを始めた。


「5年ですか?」

「はい」

「少々お待ちください――。完了しました。お連れの方も同様でよろしいですか?」

「はい」


 向こうの処理業務を待ち、ジルはコインを六百枚受け取る。それがこの場における戦闘力であり、生命線。失えば、再度同じ処理を挟んでこの場に繰り出す。


「最後にこの場から出るには10年分のコインが必要となります」

「つまり、残りはこの場で稼いでこい、話か」

「はい。長居される場合を考え、日用品も扱っています。詳しくはこちらをご覧ください」


 そうして提示されたのはカタログだった。内容は言葉通りの下層に降りる鍵から日用品、衣服や靴、装飾品も掲載されている。


 薬品や化粧品、鏡も掲示されている辺り、品揃え豊富だろう。


「ありがとう。じゃあ、行ってくる」

「心ゆくまでお楽しみください」


 ジルは受付カウンターを離れ、遊戯台の近くを通った。1番近い場所にあるのは番号が割り振ってあるテーブルに回転する器具があるテーブルだ。


「遊ばれますか?」

「せっかくだ。そうする」


 ルールは簡単、回転する器具ルーレットを回して白球が入る数字を当てる。白球が外周を4回転するまでに賭ける場所を決めておく。


「では、参ります。ご準備はよろしいですか?」

「いいぞ」


 満足げにコインを黒に賭ける。この場合は安定して当たりやすいが、倍率は2倍。


 その後に2人がコインを置いていく。選択したのはその横にある数字を上中下で分けた倍率3倍の箇所。そして、縦列で区切った倍率6倍の箇所だ。


 仕切り役がルーレットに白球を投げ入れてから3回転、後は確定するまで待つ。構造として中心が回転しており、その周りは角度のついた囲いを持つ。そこには球の動きを阻害する金属の出っ張りがあり、不規則に軌道が変わる。


 そして極め付けに数字を決める囲いに当たると白球が跳ねてあらぬ方向へ向かうのだ。


「確定しました。20の黒――」

「なるほど。こうやって遊ぶのか」

「楽しいっ」

「運任せですぜ」


 最初だからか、賭けたコインは1枚。ゆえに2枚、3枚、6枚と目標となる10年分までは遠い。


「皆様、おめでとうございます。お次は数字に賭けてみるのもおすすめです」


 遊戯の清算を終えた仕切り役はふと参加している3人に語りかける。ジルはそれを体をそちらに向けて視線を向けて聞いた。


「どう違ってくるんだ?」

「はい。隣り合った数字をお選びになりますと9倍、数字1つに賭けると36倍となります」

「デケェですな」

「危険っ」


 どちらの言い分も正しい。なので、仕切り人はその辺も考えて判断を委ねる立ち位置を表明する。


 仕方ないだろう、仕切り役から指示するのは違う。だからと言って遊ぶ者に情報を与えないのもまた同じなのだ。


「では、参ります。ご準備はよろしいですか?」


 仕切り役は参加する3人に語りかけ、同意があるのを確認する。指先から白球を離して転がすと微かなルーレットの回る音の中に白球がどこかに当たる高い音がした。


 やがて回転と音が鳴る頻度の勢いが弱まる。


「確定しました――」


 そこから、ジルを含めた3人は平均して60枚を稼いだ。その最中、支配人が到着した者への案内をしていた。聞き覚えのある説明で、すぐに集中を回転する台に向ける。


「お前らか。天井から垂れていた縄を頼りにここまで来たぜ」

「鉤縄はどうした?」

「そのままだ」


 ジルはその言葉を信じ、カウンターへと向かった。ここら辺でカウンターにあるのが何か、今一度気になったのだろう。腹部を軽く擦りながら腹が減った、と語る。


「メニューを見せてくれ」

「こちらになります」


 その中にはそれこそ、いろんな食事が用意されていた。肉や魚、ご飯に麺。飲み物も知っている物から見覚えがない種類まで豊富だ。野菜やスイーツもあったり、と全てを網羅しているとしても過言でもないだろう。


「これを食べたい」

「同じのいいですかい?」

「はいっ、同じのください」


 ジルが選んだのは肉料理。あまりよく分からないが、シンプルで理解しやすい一品を選んだ。それに2人が乗っかった形だ。


「フィレステーキに赤ワインのソースを添えた一品でございます」


 白い丸皿に大きく載っている肉には黒に近い赤色のソースが掛かっている。付け合わせには人参とブロッコリー、ポテトがあり、少し豪華な感覚。


「食べるか」


 ジルが先陣を切り、ナイフで切り分けてフォークで食した後、黙って2口目に進む。そこからは3人は黙ってしまった。美味しいのか、話す気になれないのかそれはよく分からない。


 1つ言えるのは、その勢いで完食して目を丸くしている。ナイフとフォークを置き、グラスに口を付けて一息つく。


「美味いけど分からん」

「今までにない味だ!」

「気に入りやした」

「お気に召しましたか? ぜひとも、他の料理もお試しください」


 どこから出した、とか気になる点はあるが、場所が場所だ。ジルはその様子を見て何も言わない。


「そうする。お代わりをくれ」

「かしこまりました」


 芳醇な果物の香りがする飲み物カクテルを片手に少し遠くを見つめる。その先に映るのは楽しそうに遊戯をする仲間の姿あるいは自身の展望だろう。


 楽しむならば、とても過ごしやすい。しかし、徐々に蝕まれていく。

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