第17話 アニスの覚悟

(この人は、誠実な人だ)


 アニスは感心しつつ、これまで疑問に思っていたことを直接ぶつけてみることにした。


〇貴国の事情はよくわかった。しかし、それではなぜ私を嫁として迎えたのか?


 するとカリアスからは思いがけない返事が返ってきた。


〇自分は元より嫁をとるつもりはなかった。


〇もっとも、国内の貴族は、王位の継承のため、王妃を迎えるべきと考えていた。しかし、誰もが娘が殺される未来を恐れ、誰も花嫁として差し出そうとしなかった。


〇そんな時に、ウィストリアとの戦争があった。これも実は自分の本意ではなく、即位以来の外征同様、不足する国内の食料問題の解決や、隣国の富を獲得するために、宰相オドを中心とする大貴族たちが立案、実行したことである。


〇戦争の英雄となったアニスを王妃として要求したのは、国内や周辺国への見せしめとして国威発揚を狙うとともに、自分たちの娘を守るためであった。


〇もしアニス姫に男子が生まれれば、弟のヨハンが死んだ場合、その子がデュフルト侯爵家の跡を継ぐ。そうすれば血を流さずに、パトナの大いなる富を手に入れることができる。そしてそれを足がかりに、将来的にウィストリアの併呑を狙うこともできる。両国の行き来を自由にしたのも、諸々の工作をしやすくするため。


〇すべては大貴族たちの身勝手な思惑によってもたらされたものである。アニス姫にはいくら謝っても、謝りきれない。


 アニスは、ヨハンが出てきたくだりで、怒りのあまり、我を忘れそうになった。


 文脈からして、ヨハンが暗殺される恐れは十分ある。


 しかし、目の前のカリアスがあまりにも深々と頭を下げているので、なんとか感情の爆発を抑えることができた。


(本来は正義を知り、心根も優しいお方なのだろう)


 アニスは、飾り物の王であるカリアスが、なんだか気の毒に思えてきた。


 そのまま勢いにまかせ、目の前の紙にペンを走らせる。


〇私は元より、死ぬ覚悟でクルキアに嫁いで来ている。


〇政略結婚であるため、夫婦間の愛も、まったく期待していない。


〇しかし、かりそめにも神や皆の前で永遠を愛を誓ったのだから、互いに少しは歩み寄ることはできるはずだ。だから別居など、死んでもご免だ。


〇お前が死んだら、王子を産んだ場合、必ず殺されるので、すぐに後を追ってやる。私の子なら、母親なしでも、力強く生きていくことだろう。


〇しかるに、お前のその煮え切らない態度は何だ。


「王様なんだろ! あんまりうじうじするな。それに私を軽く見るな!」


「しっ、静かに。外に声が漏れる」


「うるさい。もういい!」


 アニスは両手を左右に大きく広げた。


「どんと来い!」


「何を言ってるのだ」


「抱きしめてやる。どんと来い! 私に恥をかかせるのか」


「しかし」


「どんと来い! 我らは夫婦なんだろ? だったら、生きるも死ぬも一緒だ」


 アニスは勢いよく立ち上がると、そのままカリアスに近づき、力強く抱きしめた。


 カリアスは少し驚いたようだったが、やがて小さく嗚咽のような声を出したかと思うと、アニスを抱きしめ返した。


 アニスはカリアスの耳元に口を近づけた。


「あと、ヨハンは絶対に殺させないからな」



 その晩、隣りの部屋にいた介添え役の王の伯母アンナは頬を伝う涙をぬぐおうともせず、ぼろぼろとこぼし続けた。


「姉様、やっと甥を、カリアスを愛してくれるひとが現れましたよ」

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