34歳おっさんが女装に目覚めて男性になりたい女性に恋をする話

ゆん

第1話 34歳のおっさん

俺は昔から女性に憧れていた。

かわいいものを着たり、メイクをしたり、時にはかっこよくなったりして

とても華やかに見えたんだ。

生まれ変わったら女性になりたいなんてよく思っていた。

かと言って男が好きなわけじゃない、もちろん女性が大好きだ。

大好きだからこそ、憧れていたのかなとも思う…。


「今日もお疲れ様だな。」

時刻は23時過ぎ、いつものごとく残業で仕事をしていると、課長が俺のデスクに来て言ってくる。

「もう毎日残業残業で嫌になりますよ…いい加減この忙しさ何とかならないっすかね。」

「しょうがないだろ、経費削減で人を雇えないんだ。その分残業代でたんまり稼がせてやるから、頑張ってくれ。」

「へーい…。」

須藤裕太(すどう ゆうた) 34歳 バツイチ 独身

どこにでもいるような平凡なおっさんだ。

26で結婚して、子供が2人いて、昨年離婚した。

離婚の原因は妻の不倫だった。同じ会社の後輩とできてやがった。

そもそも夫婦生活がうまくいっていなかったっていうのもあって、俺たちは離婚した。

2人の子供のことは心から愛していた。だから残していくのは辛かったが、例え不倫だとしても親権は俺のところには来なかった。

離婚したばかりの頃は精神的にかなり辛くて、正直病んでいた。

会社からメンタルクリニックに通うことを勧められ、医者から一か月程度の休職を進められ、とんとん拍子で一か月の休職。

正直人に会わない方が辛かったが、それでも毎日好きに寝て起きてゲームして…一か月はあっという間に過ぎた。

復職してからは仕事に明け暮れた。結婚していた時は子供がいるという事もあり基本的には定時で帰っていたが、独身になってからは好きに時間が使える。中堅の年代という事もあり、任される仕事も増えてきたので残業しないと仕事が終わらない。一生懸命仕事して稼いで、子供達にいろいろ買ってあげる。それが今の俺の楽しみだった。

だけど…復職してからほぼ毎日残業…。

仕事が片付いたと思ったら次の新しい仕事…終わらせても終わらせても降ってくる…。

「…もう帰るかな。」

時計は24時を指していた。

オフィスにはまだ数人残っていたが、明日も仕事だ。帰って寝て明日に備えるか。

「おさきでーす。」

まだ仕事をしている同僚たちに声をかけ、俺は帰路についた。


「…もしもし、今帰ったよ。」

「おかえり、おじさん。」

俺は家に着くなり電話をかけた。

相手は数か月前にネットで知り合った女性だ。

実は昔から趣味でなりきりチャット(アニメやゲームなんかのキャラになりきってチャットをするやつ)をしていた俺は、結婚を機に辞めていたのだが、離婚してから晴れて復帰したのである。

そこで知り合って意気投合して個人的に連絡するまでになったというわけだ。

相手の素性は明かされている部分しかわからない。

名前はルカ、歳は18、女性、同じ都道府県に住んでいるというくらいか。

後は…。

「ねぇおじさん、死にたいんだけど。」

「…そういうこと言うのやめなさいって言ったでしょ。」

「だって、僕の声…やっぱ嫌い…。」

「…おいたんはルカたんのその声嫌いじゃないよ。」

「…おじさんだいすき。」

メンヘラであり、声が男ということだ。

ルカと電話を始める前に声にトラウマがあることを明かされていた。

幼少時に事故で喉を傷めて声が男のようになってしまったこと、これが原因でいじめられてきたこと、今までもいろいろな人と知り合って電話したら皆いなくなってしまったこと、だから基本人は信じてないんだけどおじさんとお話ししたい。気持ち悪いかもしれないけど、それでも良いのかと。

俺は別にその人の声とか外見とかは気にしない方だ。

それはその人の個性であり、その人にしかない魅力のひとつとさえ思う。

だから俺は迷わず「まったく気にしないよ。」と連絡していた。

それから数カ月…俺たちは毎日のように電話しながら適当にゲームをしたり、近況の報告をしている。

最初こそ驚いた。本当に女性なのか疑うほど男の声だった。

それに

「マジ今日めっちゃ嫌なことがあった。ババァがね!ま〇こ死ねって感じ。」

口が悪くてめちゃくちゃ下ネタ言ってくる。言葉の8割が下ネタだ。

なんでも声が男になってから口調とかも男になろうといろいろ勉強したようだ。

「まったくもう…女の子がそんな口調で喋っちゃダメよ?それに下ネタ言い過ぎ、しばらく禁止。」

「むぅ…。」

最初こそ戸惑ったものの、俺はルカを受け入れていた。

口が悪かろうが、下ネタばかりだろうが、男声だろうが、俺には特に関係なかった。

この子から人を騙そうとするような悪意は感じられない。

本当に素直で良い子なのだ。この子は信じるに値する人だと思っている。

俺は昔から感覚が鋭く、メンタルクリニックでの心理テストでHSPという特性かもしれないとも言われた。

人よりも感受性が高くて、相手の声色や態度、いろいろな要素を人よりも感じやすいらしい。

だからなのか、俺は昔から人の感情に振り回されてきた。人の機嫌を感知しながら話すのが当たり前になっていた。だが、そのおかげで悪意にもすぐに気付けるようになった。

だからドッキリとかサプライズとか、すぐに気付いてしまう。

人の嘘にもすぐに気付く。嘘を見抜いてしまうせいで、俺も人を信用していなかった。人は簡単に嘘をついて裏切ってくる。そう思っていた。

でもこの子はそんなことない。たまに強がって話を盛る癖があるけど、そこは可愛い部分だと思っている。

それに、どんなに口が悪くても、下ネタばかりでも、話を盛っていても、俺の言う事は素直に聞いてくれる。そんなルカがかわいい。

例えこれでルカという名前が偽名で、男で、年齢も違って、となっても、別に良い。俺は女性が好きだから流石に彼氏にはできないけど、弟にすれば良いだけ。

人として、俺はルカが好きだから。

「おじさん、今日なりちゃの他の女の子と話しすぎじゃなかった?おじさんはルカのネ彼なんだから、ヤキモチ妬いちゃうよ?」

「しょうがないでしょーよ、おいたんに絡んできたらそりゃ話すでしょ。」

ルカ曰く、俺はルカのネ彼(ネット上の彼氏)と呼ばれる存在らしい。最近はそんなものもあるのかと感心した。

リアルな恋じゃない。ネット上だけの恋。離婚したばかりで女性に対して疑心暗鬼な部分があった俺にとって、この電話やゲームだけの関係が心地よかった。

ただ、やはり年齢差がある部分に俺は引っかかっていた。

「ルカタンは18歳なのに、おいたんみたいなおっさんで良いのかねぇ。」

「おじさんが良いの。おじさんが離れていってもルカは住所も知ってるんだから、追いかけるから。」

「…それなら良いけどさ。」

正直16歳差ってどうなんだとも思う。未成年女子とおっさんのこんな関係、決して褒められたものではないというのもわかっている。

それでもお互いを必要としているわけだから、こうして毎日連絡を取っているわけだ。

別に体の関係があるわけじゃない、それを求めているわけじゃない。ただ、毎日、お互いの寂しさを埋める関係。それで良い。

「今日なんのゲームする?」

「いや、流石に明日も速いし風呂入ったらもう寝るわ。」

「えぇ、待ってたのに…せめて将棋しよ。」

最近2人で将棋のスマホゲームをするのにハマっている。

将棋なんて小学生の頃に少し遊びでやった程度だったけど、やってみるとおもしろいもので、すっかり楽しんでいた。

「じゃぁお風呂入って寝る前に少しだけな。いったん電話切るよ?」

「…わかった、待ってる。」

俺は電話を切ってお風呂に入り、寝る準備を済ませ、布団に横になりながらルカに電話をかけた。

「おじさん…寂しかった…。」

「ごめんごめん、ってもう2時になっちゃうじゃん。流石にもう寝ないとダメだから一回だけな?」

「…わかった。今日も朝まで電話繋げて寝ようね?」

「良いよ。じゃあルーム作るから入ってきてな。パスワードはいつもの番号。」

「おじさんの誕生日ね、了解。」

俺はルカに対してほとんどの個人情報を教えていた。

名前、誕生日、年齢、仕事の内容とかいろいろ。

別に隠す必要もないし、悪用されるようなものじゃない。

過去にいろいろあって、人を信じれないなら、信じられるようにするだけだ。

「なぁルカたん。」

「なぁにおじさん。」

「…好きだよ。」

「僕も大好きだよ。」

例え本気じゃなくても、ネットだけの関係だとしても、それで良い。


俺がルカに対して特別な感情を持つにはほかにも理由があった。

「ゴホン…ン…ねぇ、おじさん?(女声)」

「…かわいい声になったね。」

「ふふふ♪(女声)」

実はルカは可愛い女声も出せるのだ。

両声類とはまた違うけれど、普段の男声と作った女声を出せる。

この声を出すために1年~2年くらい練習したそうだ。

これまた本当は男で騙すために女声を練習したんじゃないのかと思うかもしれないけど、こんなおっさんを騙しても意味がない。

「ゴホン…ごめんねこんな声で、僕身体も男っぽいし、声も男だし…嫌じゃないの?」

「え?別に気にしないよ。個性じゃん。」

「中途半端で嫌だよ…どうせなら男になりたい。」

ルカは男になりたかったようだ。

声のことでいじめられて精神を病んで、それならいっそ男になった方が良いということで男性ホルモンも打ちにいったらしい。

そのせいで余計に声が男性寄りになったんだとか。

「あぁ…手術して男になりてぇ…。」

「でもおいたん男と付き合う気はないから、そうなったら弟にしてあげるよ。」

「…一緒にいてくれるの?僕女なのに男になりたいなんて、変じゃない?」

そんなことを言うルカに、俺も似たような感情を抱いていた。

俺は女性になりたかったから。

別に性転換したいわけじゃない。恋愛対象は女性だ。BLは受け付けないし、まったく興味がない。

ただ、女性のように美しく、かわいくなりたい。

ルカに出会ってから昔からあった欲求が大きくなってきている。

「別に変じゃないだろ?自分がなりたいならなれば良い。…なぁ、寝る前に今日も声の練習良いか?」

「全然良いよ!じゃぁこの前の復習ね!高い声を出して!」

「あ~、あぁぁぁぁ~。(裏声)」

「それじゃただの裏声でしょ。地声でできる限り高い声!あと、鼻から息を出してふにゅふにゅ話すように!」

「えぇ~、やっぱり全然できないよ。(裏声)」

「あははは!まぁ時間はかかるよ、頑張れおじさん♪(女声)」

俺は決めていることがある。

女性の声を手に入れたら、女装してみようと。

このことはルカにだけ話している。

ルカは自分達似た者同士だね♪と喜んでいた。

実は化粧も勉強している。化粧下地とファンデーションを買って、さりげなく使ってもいるんだ。

それでもアイメイクや口紅などはまだしていない。

女性の声、化粧が完成したら女装して外出する。それが俺の今の目標だった。

あ、あとダイエットもしている。

正直俺はガタイが良すぎて、ぜい肉と筋肉の両方を落とさないと流石にきつそうだから、筋トレはそこそこに、食事制限と自転車通勤をしている。

これでもかなり痩せた、だがまだまだ大きすぎる。

だが肌のために栄養も取らなければいけない。昔のように断食すれば早いのだが、断食は正直肌への負担が大きい。

俺はプロテインやスムージー、野菜ジュースなどで栄養を取りつつダイエットを頑張っている。

「よしっ、おいたんも頑張るよ!」

「なぁに寝る前にやる気になってんの?」

「こっちの話だ…ってもう3時過ぎてんじゃん!まずい!もう寝るよ!おやすみルカたん!」

「おやすみおじさん…。」

俺たちは毎日寝るときも電話を切らない。

お互いの寝息を聞きながら寝るのが最近の日常だ。

「おじさん…だいすき。」

「うん、おいたんも好きよ。」


リアルではなくネットでだけの関係。

これは本物の恋なのか、それとも偽物なのか。

俺が言うこの好きは本物なのか、偽物なのか。

じゃぁ本物の恋って何なんだろう、本物の好きって何なんだろう。

そんなことを考えながら俺は眠りについた。


少し不思議な2人、お互いに足りないものを補い合うようにお互いに惹かれ合っている。リアルじゃない、でも作り物じゃない。

これは美しい女性になりたいおじさんと

かっこよい男性になりたい女性が

真実の恋に向かっていく話。

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