Thread 05|もう一人の私
デスクに戻り、午後の業務を開始する。
未だに整理が追い付かないメールの受信ボックスは、自分の知る内容と知らない内容のメールが混在している。
丁寧な文章で身に覚えのない依頼内容について問い合わせる返信文を作成していた時、飯田はふと手を止めた。
この仕事をしていた「飯田美香さん」はどこへ行ったのだろう?
まさか、という思いで、「飯田康子」──自分の名前──で社内データベースを検索してみる。
驚くべきことに、9階の営業部にその名前があった。
ステータス表示は、“オンライン(在席中)”。
好奇心と不安に駆られ、9階へ向かう。
13階とはまるで異なる、明るい空気の充満したフロア。
廊下を歩くと、「飯田さん」と呼ぶ声。
「はい」と返事した人物の姿を見て、飯田の足は止まる。
それは、さっきまで一緒にランチを食べていたあの女性──初日に13階まで案内してくれた、無表情な女性、その人だった。
しかし、ここでは笑顔を見せ、柔らかな雰囲気で話している。
その光景に、息をのむ。
自分のいる場所と、ここで働く“彼女”の存在。
混乱が胸を締めつける。
13階の席に戻り、状況を整理する。
自分が彼女の代わりになっているのか。
いや、彼女が自分の代わりに、本来自分が入るはずだった部署に収まっているというべきか。
手元のストラップを見る。
名前と所属しか書かれていないそれを、無意識に握りしめる。
冷たい金属の感触が、現実の重みを教えてくれる。
目の前の事実は、一つの謎を解いたようでいて、
同時に、さらに深い謎の入り口を開いてしまったように思えた。
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