江瀬さんはお嬢様なりや?
椿カルア
江瀬さんはお嬢様なりや?
私立明朗高校、その前庭にて。
始業式の翌日。散り際の桜が舞う晴天の下で、次々と生徒が校舎に向かう道中、誰もがある生徒に視線がくぎ付けになっていた。
視線の先にあるのは、女子生徒。
制服を一種のブランド物と勘違いしてしまいそうなほどに着こなし、たおやかなストレートロングの銀髪を揺らしている。
挨拶をされれば、いわゆる敬礼と呼ばれる三十度のお辞儀をして微笑む。時々歓声を上げるものがいたりするのはよくある事。
歩き方や動作の一つ一つまでが人々を魅了する。
彼女の名前は
雛子は周りの目を引いたまま、校舎に入り自身の所属する教室に向かう。
少し廊下を歩いて階段を登り、並んだ教室の奥から二番目、2-B教室のドアに手をかける。
カラカラと音を立てれば、その音を聞いたクラスメイトがちらほらドアの方を見る。
そして入ってきたのが雛子だと気づけば、教室の前の方で固まっていた男子達の雑談の内容が、ゲームの話題から雛子の話題に。
彼女の席である窓側の一番後ろの席に鞄を置けば、女子達がすぐさま話しかけに来た。
「おはよう江瀬さん!昨日あげたクッキー、味どうだった?」
「おはようございます由木さん。とても美味しかったですよ、流石です」
「江瀬さん、この前借りてた本すっごく面白かった!やっぱセンスいいね〜」
「お褒めにあずかり光栄ですわ、来月新刊が出るそうですのでそちらもお勧めしますわ」
「いや〜江瀬さんがクラスメイトだとなんだか私たちまでお嬢様なった感じすんね」
「あら、高橋さんならお嬢様らしい振る舞いを極めていけば、いずれ本当にお嬢様になるかもしれませんよ?」
感謝や冗談を交えながら、雛子は女子達と会話を弾ませる。
やがて予鈴が鳴って、女子達は各々席に戻っていった。
ふぅ、と一つ息をついて、彼女はふと隣からの視線に気づく。
視線を動かしてみれば、隣の席の男子生徒が一見すれば机に突っ伏して寝ていると思える姿勢で雛子の方を見ていた。
「朝から人気者だね、江瀬さん」
「そういう真寺くんは先程まで寝ていたようですね」
「うん、朝の空き時間は睡眠のためにあると思ってる」
雛子の言葉に冗談交じりで返して、
すると突然、目の前に何やら液体の入った紙コップが置かれた。
「江瀬さん、これは……?」
「ハーブティーです、眠気覚ましにどうぞ」
いつの間にか取り出していた紙コップと魔法瓶の水筒を見せながら話す雛子。
笑ってこそいたが、雛子がどこか含みのあるような顔だったのを感知した玄人は、彼女のとある秘密を思い出しながら紙コップを手に取る。
「そっか、じゃあお言葉に甘えて」
玄人は渇き始めた喉を潤すように紅茶を流し込む。
鼻腔には紅茶の香り広がって、ほっと息をつく。しかし、肝心要のハーブの香りがすることはなかった。
代わりに感じたのは、どこかで飲んだことのあるような甘めの味。
彼女について詳しくない人からすれば普通の紅茶とハーブティーをうっかり間違えたのだろうかということで済むだろうが、玄人はやっぱりなと脳内で呟く。
ふと、ズボンのポケットにしまったままにしていたスマホが震えて、手慣れた手つきで画面を開くとメールの所に一件の着信があった。
書かれていた差出人の名前は江瀬雛子。
画面を一回タップしてメールを開けば、内容欄にはこう書かれていた。
『ハーブティーというのは嘘でございますの。
そちら先日ドラッグストアで安売りしておりました「ごごっ茶」を温めて移し替えただけですわ!
おハーブの香りはしませんのでごめんあそばせ』
フィクションの悪役令嬢の様な形で綴られた文面。
それを見て思わず玄人は吹き出した。
本人と玄人のみが知る明朗高校の『令嬢』江瀬雛子の秘密。
それはまさしく、彼女が跡継ぎなどの本物のお嬢様ではなく極一般的な女子生徒であり、彼女の正体がエセお嬢様だということだった。
江瀬さんはお嬢様なりや? 椿カルア @karua0222
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